第18話 ただの門番、ホラーだと気づかない⑤

 俺たちはココリコに導かれて、町のはずれまでやってくる。


 そこには三階建ての民家があった。

 他の家とは趣がちがって年期を感じる。特別な家みたいだ。


「朕の生家でございます……。といっても育てられた家でございますが……」


 ココリコはしずしずと家に入っていくので、俺とハミィは大人しくついていった。


 町の民家とはちがい、室内は生活感がある。

 柱には誰かが身長を測ったあとがあった。壁はうっすらと黄ばんでいて傷も目立つ。二階へとあがるには子供の落書きもあった。


 あと、教会のペンダントが飾られている。

 大昔のデザインなのか形が少し違った。聖職者の家みたいだが。


「孤児だった朕は、司祭さまと共に他の孤児と暮らしておりました……。ふふ、耳をすませば幼き朕の声が聞こえるようです……。今はもう遠い昔の話でございますが……」


 ココリコはまたもミステリアスな雰囲気をかもしていた。


 わざとらしいぐらい芝居がかった足取りで俺たちを案内していき、よく整頓された部屋まで連れてくる。

 私物らしき本や服が置いてあった。彼女の部屋だろうか。

 ココリコは儚げっぽい表情で円テーブルを指でつつーと触れた。


「古代遺産……本当にそうでしたらどれだけ良かったことか……。朕たちはしょせん死を奪われた儚き存在でございますわ……」


 ココリコは本棚まで歩いて行き、一冊の本を持ってくる。

 そして俺に手渡してきた。


「こちらを……」

「これは?」

「朕めがこの町に囚われてからの暗黒の手記でございます……。ヴィゼオールがいかに死を操り、死者を辱めてきたか書き留めたものです……」


 ココリコは今にも消えゆく感じの笑みを作った。

 俺とハミィは目を合わせてから、しずしずと日記を読んでみる。



 〇月×日

 黒。黒がいい。やっぱり服もアクセサリーも黒で統一すべきね

 暗黒のような黒髪、闇のような黒い服

 わたしみたいな儚げな女の子にはピッタリだわ!

 司祭さまに今度お願いしよー



 〇月△日

 チビたちの元気がありすぎて今日もお世話で大変だった

 儚げなわたしとしては「一人で物思いにふけたい」と言っても、「お姉ちゃんが変なこと言いはじめた」だの「お姉ちゃんがまたこじらせた」だの騒がしいったらありゃしない

 さみしくないからいいけどね!



 〇月◇日

 今日からわたしの一人称は朕で決定!

 なにせ儚いから! 儚げだから!

 儚げで可憐な女の子の立ち居振る舞いをもっと磨かないとなー



 俺とハミィはふたたび目を合わせる。


「これさ、ココリコの暗黒日記では?」

「お、同じ背表紙の本があるから……間違えたみたいね……」


 と、ごにょごにょしゃべる。

 ココリコはそんなことも気づかずに、ミステリアスたっぷりに語りつづける。


「死者がつどい、死者が彷徨う、恐るべき町……! 死に憑かれたものはこの町から絶対に逃げられることはできないのです……!」


 ココリコはふっと笑う。


「朕も……大病にさえかからなければ……」



 △月◇日

 司祭さまは。朕には神聖術の素質があるとおっしゃってくれた

 うーん、朕的には黒魔術のほうがいいんだけどなー

 黒に染まる黒魔術の使い手。ふふ、はかない



 △月□日

 九死に一生を得ると力が目覚めることがあるらしい

 死に触れることで人間の本能が呼び起こされて、とにかくすごい力を得るらしい。試してみようかしら

 とりあえず毎朝、井戸で冷水を浴びることからはじめてみる

 司祭さまたちには『健康のため』と言っておこう



 △日×日

 風邪をひいた



 俺とハミィはまた目を合わせる。


『大病……?』

『大病……?』


 疑問に思ったことは一緒だったようで、ハミィの内面の声が伝わってきた。

 ココリコは熱が入りはじめたのか、おおげさに語っている。


「病に倒れた朕は……! そうして長く苦しい日々を送ることになったのです……‼」



 □日×日

 我ながら自分のおバカさに呆れる

 司祭さまには説教されるし、チビたちにはバカにされるし

 あーもー。熱があってもお腹が減るものねー。おかゆがおいしい

 力なんか目覚めなかったしこうなったやけ食いよ。いっぱい食べちゃおう

 かゆうまい。おいしい。かゆうまい



 □日〇日

 お腹が痛い。苦しい。食べすぎた

 熱があるのに無理しすぎた。つらい。しんどい

 うおのぇー、こんなことで死んでなるものか

 がんばれ朕ー。いけるいけるー

 あともう一杯



「病に侵された朕めは死の淵をさまよいつづけ……、この町に囚われることになったのです……! ああっ、おそろしき死を司る魔性ヴィゼオール! か弱き朕を、死出の旅先案内人に仕立てあげたのでございます……!」



 ×月□日

 死んだと思ったら変な町で目覚める

 司祭さまもチビたちもいない

 突然あらわれたヴィゼオールとかいうモンスターが『お前、人より図太いみたいだから死者の案内人をしやがれ』と命令してきた

 なにさまだコイツ。モンスターか

 まわりは死人ばかりだし、死を司る魔性ってのも本当っぽい

 風邪と食いすぎで死んだと思ったら厄介なことに巻きこまれたなー

 まー、なんとかなるでしょ!

 なるなるー。がんばれ、朕ー



「奴の凶行は、その日記に書かれていたとおりでございます……! 朕めがつづった日々はけっして古代遺産なにがしではございません……!」


 そう言いきったココリコは、悲劇のヒロインオーラをこれでもかとあふれさせた。


 ……タフだなあ。強いなあ。

 感心はしたのだが、それはそれとして読んでいた日記を彼女に向ける。


「はぎゃぱ⁉⁉⁉」


 ココリコは儚くて可憐からは遠すぎる声をだした。

 死に囚われた町についてはよくわからなかったが、ココリコがやっぱり根が明るい子なのはわかった。

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