第17話 ただの門番、ホラーだと気づかない④

 仲間と別れた俺は、町でさっそく調査をはじめた。


「不思議な町に、ようこそ!」


 うっすらと霧のかかる通りで、俺の門番台詞が炸裂する。

 とても門番しがいのある町並みなのだが、通りを歩く人たちは「うーあー」とうめくだけで反応がよろしくない。


 やはりゾンビなのか…………?


 そんなことを一瞬でも考えてしまい、俺は首をふる。

 国際色豊かな時代だからこそ、一面にとらわれてはいけない。多様性の目で彼らを見るべきだ。あくまでゾンビっぽい人でゾンビではない。ハミィが噛まれてゾンビ化しなかったのがなによりの証拠だろう。……自分で試してみようとは思えないが。


 と、近くの元冒険者っぽい人が反応した。


「あ……うー……ようこそー……」

「⁉ そう! そうだよ! 不思議な町にようこそ!」

「ふしぎなまちに……ようこそー……」


 反応があった!

 なにかしらの古代遺産の機能が弱まったのか⁉

 日常の象徴であろう門番台詞を聞かせる作戦は効果があったみたいだ!


 俺が成果を喜んでいると、冷や水をぶっかけるような声がする。


「……それ、言われたことをそのまま反応しているわけですわ」


 ココリコだ。

 ミステリアスな雰囲気を取りもどした少女は、俺を呆れた目で見ていた。


「それでもいいさ。小さなことを積み重ねることで解決への道はひらかれるもんだ」

「彼らが死者だとわかるだけです……」

「まだ決めつけるには早い。彼らの瞳を見てごらん」

「光を失った、死者らしい瞳ではございませんか……?」

「空虚な瞳はいろんな夢で輝くこともできる。逆説的に、希望に満ちた生者の瞳と言える」


 言えません、と視線で強く否定された。


 ううむ……。

 なにかしらの古代遺産が、どうなにかしらかさえわかれば……。


「貴方の言うとおりだとしても、彼らの居場所はもうないでしょう……。数百年前の人間ですのよ……?」

「王都にかけあうよ。交通の便がよくなれば、この町もすぐに復興できるだろう」

「そこは真面目に考えていますのね……」


 いつも真面目なのだが。

 呆れ気味のココリコに、俺はたずねる。


「数百年前の町にしては状態がかなり良いけど?」

「休眠状態でしたしね……。魔術師たちの手で町ごと別空間に封印されていましたから……」

「町ごとってことは……君はずっとここに?」

「ええ、同じように休眠状態でしたわ……。まあ原因が滅んだことですし、いずれ塵となって消えるでしょう……」


 ココリコはやけにあっさりしていた。


「……この世に未練はないのか?」

「ありませんわ。朕も……死者たちも、静かに眠りたいだけ……。それだけが望みでございます……」


 そう言うが、ココリコはなんというか生にあふれている。

 ゾンビっぽい人たちに比べて、たしかな生命力を感じるのだが。


「で……ようやく、朕たちが死者と認めたようですね?」


 ココリコは勝ち誇ったように言うので、俺は反論した。


「まさか! すべてはなにかしらの古代遺産が原因だ!」

「町から出られないのも古代遺産のせいでございますか……? 便利ですことねー」


 ココリコはおーっほっほと高笑う。ぜったいこっちが素の性格だと思う。


 俺はムキにならず、論理的に説明してみる。


「町から出られないのは鏡のせいだよ」

「は……? か、鏡……?」

「実に簡単なことだよ、ココリコ。……そう、鏡を使った手品さ。王都で鏡を使った大迷宮で遊んだことがあるのだけど、敷地面積が狭いのに無限に広がっているようでさ。俺なんか何度も入り口に戻ったぐらいだ」

「……鏡があったら歩いたらぶつかりません?」

「ぶつかる瞬間、なにかしらの古代技術が働くわけだ」

「困ったら古代技術はずっこくありませんこと⁉」


 …………だよな。

 俺もちょっぴり無理があるかなーと思っていた。


 でも悪いほう悪いほうに考えるよりは建設的なはず。メメナも『ヴィゼオールという魔性の言葉。鵜呑みにせんほうがええぞ』と言っていたし。


 なーに調査ははじめたばかり、結論を急ぐ必要はないさ。


 と、なにかと悪いほうに考えがちなハミィがやってくる。


「せ、先輩……興味深いものを見つけたわ……」


 ハミィは大きなピアノを片手でかついできた。

 ハミィの力強い姿を、ココリコは凝視する。


「貴方……とっても力持ちなのね……」

「? そ、そう言われることもあるけれど……これは魔術よ」

「ま、魔術なんです? これが現代の魔術なのかしら……」


 戸惑っているココリコの前に、ハミィは大きなピアノをずずーんと置いた。

 物理(魔術)の調子は良さそうだ。


「ハミィ。ピアノを持ってきてどうしたんだ?」

「う、うん、ちょっと見ていて欲しいの」


 ハミィの言葉に従って、俺は黙ってピアノを見つめる。


 するとポロンパロンと、ピアノがひとりでに演奏をはじめた。

 突然の現象に、ココリコが不敵に笑う。


「ふふっ……これこそが町が死に侵された証……。怪奇『ピアノが勝手に演奏をはじめる』でございますわ……」

「先輩、古代の技術すごいわねー」

「なー。すごいなー」

「どうして貴方たちは、そう……! ちょっとピアノ! 舐められていますわよ⁉ もっと怪奇をひねりだして!」


 別に舐めているわけじゃないのだが。


 ココリコが不満げな顔で「ピアノの怪奇なところ見てみたいー」と言いながら両手を叩いていると、ピアノがガタコトとゆれはじめる。


 そして、大きなピアノは空中に浮かんだ。

 俺は珍しい光景に目を見張る。


「へー、空中で踏んばるピアノか」

「空中で踏んばるって言葉どこからでましたの⁉」


 どこからって、空中で踏んばるモンスターはたまにいる。

 王都の下水層では空を歩くゴーレムもいたぐらいだ。


 たとえ無機物のピアノでも勝手に動くのならば踏んばるぐらいできてもおかしくないのだが、ココリコがむきーっとした顔でいるのでなにも言えなかった。


「なんですのなんですの! 朕の常識が間違っていますの⁉⁉⁉」


 かける言葉を見つけられずにいると、突如、民家の窓がパリーンと割れる。


 つづけざまに、食器やら本やらがふよふよと飛んできた。

 ココリコはふうーと息を吐いて、落ち着きをとりもどす。


「さあさあ、またも怪奇現象がやってきましたわ……。今度はピアノとちがって足がないので踏んばれません……。どう説明してくれますの?」


 ココリコはうまいことを言ったみたいに微笑んだ。

 そんな少女にお皿が勢いよく飛んでいく。


「え……? きゃ⁉」

「せいっ!」


 俺は急ぎでロングソードを抜いて、飛ぶ斬撃で迎撃する。

 次々に飛来してきた食器群を、俺は撃ち落としていった。


「ハミィ! 古代技術が暴走しているみたいだ!」

「な、長年整備されていなかったからかな……!」

「おそらく! いや間違いない! 絶対そうだ! 迎撃できそうか⁉」

「だ、大丈夫……今日は調子がいい日だから……!」


 ハミィは脇をしめて、大きく踏みこむ。


 そして拳の連打を繰りだした。


風拳エアーフィストストーム!」


 ボッボッボッと、空気が弾ける音がする。

 数メートル先の空飛ぶピアノが、ガギョンガギョンと音を奏でながら壊れはじめた。ピアノにはハミィの拳の痕がくっきりとついている。


 なるほど、拳圧を連続で飛ばしたんだな!


「さすが稀代の魔術師ハミィ=ガイロード!」


 俺も飛ぶ斬撃で、なにかしらの古代遺産によって暴走した食器を壊していく。


「先輩の魔術も冴えわたっているわね!」

「ふふっ」

「えへへ」


 讃えあう俺たちに、ココリコがツッコミを入れてきた。


「それ本当に魔術なんですの⁉⁉⁉」


 違うっちゃー違うのだが、説明するとややこしくなるので黙っておこう。


 ココリコは頭が痛そうに眉間をおさえた。


「お、お二人がお強いのはわかりましたが……うう、頭がおかしくなりそう……。わけもわからず、このまま古代遺産をゴリ押しされそうですわ……。ええいっ」


 ココリコは両頬をパンパンと叩き、俺たちに向きあう。

 そして、ミステリアスな雰囲気をなんとか維持しながら告げてきた。


「仕方ありません……。朕の家にご招待いたしましょう……」

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