第16話 ただの門番、ホラーだと気づかない③

「――クスクス。可哀そうに、貴方たちもう死んでいますわよ?」


 突如あらわれたミステリアスな少女。

 髪も服も真っ黒い少女は、俺たちを憐れむように見つめていた。


が騒がしいと思ったら、お客さまが迷いこんでいたのね……。何年ぶりかしら? 一年、十年、もしかしたら数百年……? 死者の眠る町が、ふたたび目覚めるなんてね……」


 少女はもったいぶった口調で言った。

 そして席を立ちあがり、スカートの端をつまみながらお辞儀する。


ちんめは、死出の旅先案内人ココリコ……以後お見知りおきくださいませ……」


 ココリコと名乗った少女から邪悪な気配は感じない。

 昨日みたいにモンスターが化けている、ということはなさそうだ。


 俺が会話するよと仲間に視線をやり、それからココリコにたずねる。


「この町に詳しいみたいだけど、えっと死出の旅先案内人?」

「ええ……。死者がとらわれ、死が拒絶される……哀れな町の案内人ですわ……」


 仰々しい物言いだが、勘違いしているのはわかった。


「俺たちは死んでないぞ」

「ふふ……みなさま最初はそう言うのでございます……。大丈夫でございます……。朕が町の過ごし方を教えてあげましょう……」

「俺たちは別に死んでないぞ」

「……胸に手を当ててくださいませ。……ほら、死んだときの記憶がよみがえって」

「よみがえってこないんだが」


 俺があんまりにもキッパリ言ったので、ココリコは目を細めた。


「……なかなか、かたくな人ね」


 俺たちが死んでいて欲しいのだろうか。

 でも本当に死後の記憶なんてないしな。


「そう……。あまりにも恐ろしい死の記憶で思い出せないのね……」

「この町には普通にやってきたぞ」

「生者が迷いこんだとしても……あの者が許しません……。例外なく、死にとらわれてしまうわ……」

「あの者ってのは?」


 ココリコは恐怖におびえる瞳をした。

 口に出すにも恐ろしい、そんなふうにして少女は語る。


「この町は死を司る魔性が支配しております……。町を見ましたわよね……? 冷たき死をうばわれた者たち……。彼らが貴方たちの末路なのでございます……」

「……君は大丈夫そうだけど?」

「死を司る魔性に、案内人として意識を保たれているのですわ……。あの者は死した者が死を受けいれるまでの時間を楽しむのございます……。朕は、あの者に命じられるまま死者を見守ってきました……」


 物憂げなココリコに、俺は頭をかきながら告げた。


「ヴィゼオールとかいう奴だろ? 倒したよ」

「そう口に出すのも恐ろしき魔性……その名はヴィゼ……ヴィゼ……オール? ……え? 倒した?」


 ココリコは視線を何度も上下にうごかした。


「倒したよ」

「うそんー」

「嘘じゃない。紫のガスっぽい奴だろ?」

「ええー……。で、でもだって! ガスに攻撃がつうじるわけないじゃない⁉⁉⁉」


 ココリコはミステリアスな雰囲気をとっぱらって叫んだ。


 えらい印象が変わったな……根は明るい子なのだろうか。


「無形系の倒し方にはコツがあるんだ。仲間のサクラノだってカタナで斬れる」


 サクラノは自慢げにうなずいた。


 俺の言葉に、ココリコは「うそんうそん」と繰り返しつぶやいている。


 ……無形斬りは慣れが必要かもしれないが、そうじゃなくてもヴィゼオールは弱かった。元兵士、それもただの門番にあっさりやられるぐらいに。

 死を司る魔性なんてたいそうな存在ではなかったぞ。


 この子、もしかして……。


「君さ……騙されていたんじゃないかな」


 ショックを与えないよう、やんわりと言った。

 ココリコは瞳をまばたかせたあと、ミステリアな笑みをひきつかせる。


「ち、朕が騙されていたですって……?」

「死を司る魔性なんて嘘っぱちだよ。すごく弱かったし」

「そ、それは貴方が強すぎたのではなくて……?」

「俺は元兵士、ただの門番。それも下っ端だったよ」

「た、たしかに、モ、モブっぽいですけどぅ……」


 ココリコは俺の仲間にすがるような視線をおくる。


 みんなしばらく考えるような表情でいたあと、メメナが「…………嘘は言っておらんな。嘘は」と答えた。

 ココリコは動揺したのか、口をあわあわと動かす。


「だってそんな! 朕! 死出の旅先案内人だなんて、いかにも謎に満ちた少女っぽく登場したのに……! バカっぽくなるじゃない!」


 多少なりとも意識していたのか。


「奴は町の古代遺産を利用していただけで、ただの雑魚モンスターだよ」

「ま、待って! それじゃあ町のみんな……死者ぞんびたちは⁉」

「ゾンビっぽいだけでゾンビじゃない」

「それはゾンビではなくて⁉⁉⁉」


 かなり動揺しているようだ。

 今まで信じていたことが根底から崩されたんだ。無理もないか……。


 ヴィゼオールがなにかしらの古代遺産で強敵っぽく見せていたことを、学術的に筋道を立てて説明しよう。


「まず前提として奴はひどい噓つきだった。口からでまかせばかりで信用に足らない。ゾンビゾンビだと言いはっていたが、まったくもって信用できない。恐怖を煽ろうとしていた点も見過ごせないな。奴は古代遺産を恐怖っぽく見せつけていただけなんだよ」

「本物のゾンビですってば」

「仲間のハミィが噛まれてもゾンビ化しなかったんだ」


 俺が視線をやると、ハミィはピースサインした。


「ココリコちゃん。あのね、ゾンビは空想上のモンスターなんだよ」


 思いこみの強いハミィだが、さすがに思いこみでゾンビ化を防いだなんでありえない……ありえないよな? 

 うん、ありえないと思う。さすがに。


 釈然としていないココリコに、俺は言う。


「町の人たちの症状は、つまりなにかしらの古代遺産が使われたんだ」

「推論が飛んでいませんこと?」

「古代の技術はすごいからね。なんでも説明できる」


 古代ゴーレム『ユーリカベー』を創るぐらいだ。

 大昔の人は魔術のような技術をたくさん持っていたにちがいない。


「あのですね! 論理がやわやわすぎませんこと⁉ この町の怪奇現象は??? 死に侵されたとしか説明できませんわ!」

「古代技術だ」

「……ゾンビもです! 食事なしに動けるのですよ⁉ 歳もとりませんし!」

「なにかしらの古代遺産だ」

「古代遺産を便利に使いすぎですわ‼‼‼」


 ココリコは『古代遺産』という強大な壁にぶちあたり、ぜーはーと息を乱した。

 古代の技術はすごいな。なにせ相手を強引に納得させる。


「ココリコ……すべては学術的に証明できるんだ」


 俺は諭すように言った。

 ココリコはしばらく沈黙していたが、感情を吐きだすように叫ぶ。


「ヴィゼオールを倒した貴方たちにお礼を言うべきなのでしょう……! ありがとうございます……! ですが勘違いされたままなのは納得できません……!」

「ずっと騙されていたなんて思いたくない気持ちはわかるよ……」

「勝手に共感しないでくれません⁉」


 自分の信じていたことが勘違いだったなんて、俺でも受け入れがたいだろう。

 すぐに納得してもらえるとは思っていなかった。


「ヴィゼオールが言葉巧みに君を操りすぎたんだ……」

「……ええいっ、このすっとこどっこい!」


 すっとこどっこい?

 目が点になった俺に、ココリコは人差し指をつきさす。


「貴方の勘違い、朕めが正してさしあげますわ!」


 ううん……町の謎を解明するためにも、彼女の理解は必要なことか。

 俺は仲間の意思をたしかめるために視線をうつう。


「そうじゃなー……。陰気に囚われるのもよくないしのぅ」とメメナが神妙そうに。

「わたしは流れに身を任せます」とサクラノは慣れきった様子で。

「魔術師として、知恵でみんなを支えるね!」とハミィははりきっていた。


 ならば俺のできることは決まっている。


「わかった、君が納得できるまでとことん付き合うよ」

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