第13話 ただの門番、怪しい町にやってくる
「せ、先輩……誰かいた?」
「いや、こっちの家にも誰もいなかったよ」
俺とハミィは、奇妙な町を歩いていた。
うっすらと霧がかかるレンガ造りの町で、ちょっとした村よりは大きい。
もう昼だというのに霧はいっこうに晴れず、夜明けのようにうす暗い。通りはよく舗装されていて、街灯が等間隔に並べられていた。
奇妙なことに、人がどこにもいなかった。
「うーむ、廃墟ってわけでもなさそうだが……」
人がいなければ、町はゆるやかに滅びる。
しかし町の状態は悪くないのだ。
これだけ発展した町に誰もいないのはおかしすぎる。まるで時間だけが止まってしまい、人だけがごっそりと消えてしまったようだ。
しかもこの町、交通路もない草原にぽつんとあったのだから奇妙もいいところだ。
ちなみにスルから教えられてやってきている。
双子と別れた俺たちは道中、彼女にばったりと出くわしていた。
『悪魔族の情報網にひっかかりまして……』
なんでも今までなかった場所に町があらわれたのだとか。
そんなバカなと思ったが、この町の異様さを前には信じるしかないな。
スルもどこか強張った表情でいたが、この異様さを感じていたのだろうか。
「先輩……。この町、王都ぐらい発展しているわね……」
「だな。もしかしたら王都よりも……」
町は不気味なぐらい清廉されていた。
街灯一つとってもキッチリ測ったように並んでいる。通りの民家も色からデザインにいたるまで規格が統一されているようだし、同じ人間が創ったみたいだ。
なんというか箱庭だ。
とんでもなく几帳面か神経質な人間が、町のすべてを作ったかのような場所だった。
そのせいか人の温もりが感じられなくて、ゾクリと悪寒がはしる。
「せ、先輩……。ハ、ハミィ、子供の頃にある噂を聞いたことがあるわ……」
「噂?」
「う、うん……。その町はね、人間を捕まえちゃう町なの……」
ハミィの顔はいつになく青ざめている。
「人間が住むんじゃなくて、人間を捕まえる?」
「う、うん。町には意思が宿っていてね……。町を大きくするために人間を迷わせて、永久に閉じこめちゃうんだって……」
「その町に名前はあるのか?」
「え、えっと……迷い…………なんとかって町」
ハミィは肝心の名前が言えなくて申し訳なさそうにした。
子供をしつけるための怖い話ってわけでもなさそうだな。
まるで旅人に忠告するみたいな話だ。獣人の町は流れ者が多いし、ただの噂話と一笑しないほうがいいか。
肩をふるわせていたハミィに、俺は言う。
「噂が本当かはわからないけど、この町については説明できるよ」
「ほ、ほんと? 急にあらわれた理由も?」
「ああ、学術的にね」
学術的。
とっさに使った言葉だが、とても賢そうな言葉だ。
これから積極的に使っていこうと思いつつ、俺は説明する。
「この町は大戦時にできたものかもしれない」
「300年前の勇者と魔王の大戦時に???」
「ああ。高度に発展した古代文明があったのはハミィも知っているだろう?」
ちょっと前に遭遇したユーリカベーがよい例だ。
古代文明の遺産は、現代じゃ解析不可能な技術を持っていることが多い。なんでも機械文明だったとかなんとか。
よくわからないが、すごい文明なのだと思う。
「え、ええ……。ハミィの地元でも古代遺産が発掘されると、学者が集まるわ」
「大戦時には、その古代遺産がかなりのこっていたみたいなんだ」
「そ、そうなの? 初耳だわ」
兵士長から聞いたのもあるが、個人的に調べていたことなので俺はしたり顔で言う。
「原理はわからなくても、戦いには便利だろ? つまり――」
「つまり、大戦時に惜しみなく古代遺産を使ったわけね……。激闘のさなか遺産はほぼ失われてしまったけれど、その古代遺産を利用したものがある。この町がずっと隠れていたのは古代の技術が使われていたかもしれない……。そういうわけなのね! 先輩!」
「……ああ、学術的にね!」
ハミィは俺が丁寧に教えるまでもなく理解した。
魔術師(物理)であっても、勤勉だから知識は豊富なんだよな、ハミィ。
力の魔術師と言っても過言ではないぐらいだ。
「じゃ、じゃあ、
「だと思う」
正直、自信はない。ただハミィの不安がなくなったみたいだし、根本的な原因がわかるまでそういうことにしておこう。
まあ町が古代遺産ってのは、良い線いっているんじゃないかな。
町並みも古すぎず新しすぎって感じで本当に300年前のものみたいだ。大戦でかなり文化が後退したとも聞いているし、景観は今とそう変わりないだろう。
「先輩、どうしよう? まだ調査をつづける?」
「う、うーん……ぶっちゃけ、俺の手にあまる状況だしなあ。もう少し調査をしてから王都に連絡をいれるよ」
異変は異変だが、急にあらわれた町なんてどうすることもできない。
一旦メメナ・サクラノ組と合流するか。奇妙な気配を探るのが得意なメメナなら、なにか気づいているかもしれない。
俺はハミィにその旨を伝えようとしたが。
「――た、助けてください‼」
若い女が民家の扉を蹴破るようにあらわれる。
金髪の女は必死の形相で俺たちに駆けてきた。
「せ、先輩⁉」
「ハミィ! 周囲を警戒だ!」
俺たちは戦闘態勢を整える。
駆けてきた金髪の女は、俺にすがるよう手を伸ばしてきた。
「し、死者が! 死者がこの町を支配して……! 旅の人、どうかお助けください!」
俺はロングソードの切っ先を、金髪の女の鼻先に向ける。
「ひっ⁉ な、なにを⁉」
「お前は何者だ? よからな気配を感じるぞ」
なんてーか彼女から『邪悪な者ですよオーラ』を感じた。
気配探知の精度は優れているわけじゃないが、邪悪オーラまとった奴が訳アリな感じで近づいてくるのにはさすがに警戒する。
俺の真剣な表情から、ハミィも「いつもの勘違いじゃないのね……」と警戒した。
うん? いつもの勘違いってなんだ?
「そ、そんな! わ、私はただの町民です!」
「こんな怪しい町で『ただの』なんて自己紹介する奴なんて信用できない。猿芝居はやめて正体をあらわせ」
でなければ斬るぞと、にらみつける。
俺の剣呑な態度に、金髪の女は妖しげに笑った。
『ふひひ……』
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