第12話 ただの門番、双子をみちびく

『神獣カムンクルス! 尊い絆を壊すのならば、俺はお前をぜったいに許さない!』


 と啖呵をきったはいいが、俺はただの元兵士。

 伝承にのこる神獣と戦えるとは思えないし、王都に援軍を頼もうとした。

 数百年も経てば人類も成長する。神獣に勝てる見込みがあるのではと考えたからだ。


 だが手紙を書いていた俺を、メメナが止めた。


『本当に復活するのか確認してはどうじゃ? 案外滅んでいるかもしれんぞ』


 いやいや、さすがにそれは。

 シーサーペントはまだしも、神獣と呼べる存在が勝手に滅ぶなんて、そう思っていた。


 しかし、確認しに行った双子が恥ずかしそうに帰ってきた。


『あ、あの……みなさん……。神獣カムンクルスは滅んでいました……。私たちとの繋がりもなくなっていて……。世界から完全に消滅したみたいです……』


 アリスはすごく申し訳なさそうに言った。


『え、えっと、みんな……お騒がせしたわね。いろいろと、本当にありがとう……』


 クリスはそう言い、深々とお辞儀をした。

 すごく居たたまれなさそうにしていたが、二人の晴れやかな表情を見られたのならば、多少の勘違いなんて笑い話だろう。


 けれど神獣カムンクルス。

 復活するための生命力が尽きたのだろうか?


 あり余る生命力で大地に恵みと災厄をあたえる魔物とのことだが、無限のエネルギーは存在しないのかもしれない。

 だからこそ、古代人はユーリ波動を求めたわけだし。


 外的要因で滅んだ可能性も考えていると、メメナがこう告げた。


『ようやく使命から解放されたんじゃ。勝手に滅んだが一番じゃろう』


 贄になろうと覚悟を決めていた少女の言葉に、俺はしたがった。


 こうして双子は自由の身となる。


 ただ、この地でこのまま静かに暮らすわけにはいかなくなった。

 神獣カムンクルスが消滅したことで、モンスターが寄ってくる可能性があるとのこと。ユーリカベー襲来もそのあたりが原因らしい。


 双子はこの地を去るしかなかった。


 そんなわけで畑は収穫できる分は収穫して、家畜は野に放っておく。お世話になった双子の家は、全員ですみずみまで掃除した。


 掃除中、サクラノとハミィが仲良く声かけしているのを耳にする。


『ハミィー、魔術で破壊してもらいたい場所があるのですがー』

『う、うんー。サ、サクラノちゃんにも手伝ってもらいたい場所があるのー』

『任された!』


 二人のあいだに流れる空気はずいぶんと自然になっていた。


 そんなこんなで旅立ちの準備が終わる。

 双子は大きなリュックを背負い、神獣カムンクルス封印の地を去ることになった。


 途中、彼女たちは何度も立ち止まった。

 何度も何度も家のあった方角をふりかえり、さみしそうな表情をした。


 使命に縛られていたとはいえ、彼女たちはこの地で育ってきた。生まれ故郷ではないかもしれないが、彼女たちの思い出がつまっている。辛いばかりの記憶じゃないはずだ。


 双子の強い絆がそうだと俺に教えてくれていた。


「二人が大人になったらさ。ここに村を作るのもいいかもしれないね」


 俺がそう言うと、アリスとクリスは明るい表情で「そのときは門番をお願いします」と冗談をかえしてきた。

 未来の就職先が決まったかもしれない。



 二日ぐらい歩いたあと、俺たちは小さなキャラバン商隊に合流する。


 だったぴろい平野。昼間から騒がしい集団がいたので、もしやと思い、俺たちは顔をのぞかせる。

 悪魔族がどんちゃか騒いでいて、そこにスルがいた。


「だ、旦那……⁉ 久々だねぇ……!」


 スルは俺たちを見るなり、ひきつった顔になる。

 なんだ? 俺たちが生きているのがありえないって顔だな。

 あー……怪しげな場所を教えたわけなんだし、心配していたのか?


 彼女を安心させるために、これまでの経緯を話しておく。


「――し、神獣カムンクルスが滅んでいた?」


 俺の説明に、スルが口をあんぐりとあけていた。

 なかなか話を呑めこめないのか、何度もまばたきしている。


「ああ、神獣の巫女が封印するまでもなく滅んでいた」

「巫女ってまだいたんだね……。い、いや、それよりも! なんで滅んでいたの⁉」

「勝手に?」

「勝手にって……」

「それとさ。神獣が消滅したことでモンスターが寄りやすい場所になったから、気をつけたほうがいい。ユーリ波動を求めてさまよう、ユーリカベーって古代ゴーレムがあらわれてさ。大変だったよ」


 スルはとても理解に苦しむ顔をした。

 ユーリカベーもユーリ波動も冗談みたいだよな。そんな顔をしたくなろう。


「ってわけで、俺たちは一度王都に戻るよ」

「旦那たち、王都に帰っちゃうの⁉」


 スルは心底驚いていた。


「一時的にだけれど……ど、どうしたんだ?」

「え⁉ えーっと……だ、旦那たち、使命を背負っているみたいだったから! まさか王都に帰るなんて思わなかったよ!」

「双子の行き先がまだ決まってなくてさ」


 使命も大事だが、二人のこれからも大事だと俺は思う。


 そのアリスとクリスだが、悪魔族の調合を興味津々で観察している。流浪の一族相手でも苦手意識はないようで、サクラノたちと交えて仲良く会話していた。


 当初は、教会を訪ねるつもりでいた。

 俺たちの旅に付き合わせるわけにもいかないし、二人だけで旅をさせるにも不安がある。だから教会でしばらく過ごすのが一番だと思ったのだ。


 クリスもそれで納得していた。


『そうね……。教会でお世話になるのが一番だと思う』

『……お姉ちゃん。私、このまま旅をしたい』

『アリス。アンタ、なにワガママを言っているのよ』

『ワガママだとわかっている。でも……』


 教会で暮らすと、教会のしきたりに縛られてしまう。

 それだと前と変わりない。今までぜんぶ諦めてきたことが目の前でひらけたのなら、進みたくなったのだ。


 けっきょくのところ、アリスが一番外の世界を夢みていたわけだ。


「生まれてから使わけだし、殉ずるつもりでもいたんだ。二人の意思は尊重したい」


 関わったからには、俺もとことん付き合うつもりだ。

 ひとまず王都に戻り、俺の知り合いにでも相談してみる。


 と、黙っていたスルが頭をがしがしと掻いた。難しそうに眉をひそめて、言い出すべきか迷っている、そんな表情でいた。


「……旦那、二人とちょっと話をさせてもらっていいかな?」


 なにかを決断した彼女に、俺は静かにうなずく。

 スルは双子のもとまで歩いていき、明るく言った。


「やあやあ双子ちゃん! うちは悪魔族のスルだよー!」

「……クリスよ」「アリスです」


 急に話しかけてきたスルを、双子は真ん丸とした目で見つめた。


「旦那からだいたいの事情は聞いたよー、大変だったんだねー。けどさ。二人だけの旅をするにも、今すぐは無理があるんじゃないかなー?」

「わ、私もお姉ちゃんも魔術を学んでいます!」

「君たち世間慣れしてないでしょ? 世界にいる敵はモンスターだけじゃないんだよ?」


 正論を返されて、アリスは黙ってしまう。

 スルはニコニコと笑っていたが、真面目な表情になる。


「君たちだけで旅をしてどうするの? 一族を探すつもり?」

「……一族とアタシたちはもう関係ないわ」


 クリスはきっぱりと言った。


「ふーん? 君たちの気持ちもわかるけどねー。大人になってからでもいいんじゃない? 世界はどこにも逃げないし、なんだったら危険なことはもうしなくてもいいんだよ?」

「「それでも、自分たちの目で世界を見たい」」


 双子はこれが正真正銘、素直な気持ちだとハッキリと告げた。

 その答えに、スルは優しい笑みを浮かべる。


「ね。うちら……悪魔族についてくる?」


 キョトンとした双子に、スルは悪そうに笑った。


「悪魔族は流浪の一族。常に旅をしなきゃいけないわけだけど……逆に言えば、いろんなところを旅できるわけ」


 スルは双子の意思をたしかめるように聞いた。


「自分のことができるなら……。ま、うちらについてくるのもありじゃない?」


 スルの笑みは『答えなんてわかりきっているけどさ』と語っていた。

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