第11話 ただの門番、ユーリ波動を感じる

 夜の森に静寂がおとずれる。

 異様な気配に虫すらも警戒したのか、耳が痛くなるほどの静けさだった。


 そんな中、サクラノとハミィは両手をつないで見つめ合っている。


「サ、サクラノちゃん……痛くない……?」

「べ、別に痛くはありませんよ。気にするほどでは」

「ハ、ハミィは魔術師だけど、力が強いってよく言われるから……」

「それはよく言われるでしょうね」


 二人はためらいがちに手をニギニギしていた。

 ぎこちない二人を、俺とメメナは少し離れた場所で見守っている。周囲を警戒しながら、索敵に強い少女にたずねた。


「メメナ、ゴーレムの気配は感じるか?」

「……かすかに。この場からまだ去っておらんな」

「サクラノたちを監視対象にしたか」

「罠だとわかっていても、定められた命令には抗えんようじゃ」


 目論見どおりになったわけか。


 暴走したゴーレムとはいえユーリ波動の監視者ならば、乙女たちの絆を前にむざむざ立ち去りはしまい。もっともゴーレムも罠とわかっているだろう。だからこそ、様子見しているようだ。


 ちなみになぜ二人なのかといえば。


「サ、サクラノちゃん……。ハミィが相手でごめんね……」

「謝る必要は……」


 すこし壁のある二人だからこそ、より効果があると思ったのだ。


 メメナ相手だと仲の良い姉妹感がでてしまうだろう。女の子同士の絆はどこか壁があっても乗りこえることで美しく輝くものだと、兵士長から教わっている。


 二人とも、信じているぞ!

 俺からの信頼を感じたのか、サクラノは意を決したように口をひらく。


「ハ、ハミィはわたしを仲間だと思っていませんよね」

「え……? そ、そんなことはないわ……」

「しかし、わたしによく遠慮します。自分への助けは拒むのに……わたしを助けたりも」

「ち、ちがうの……ハミィは、ハミィは……」


 ハミィが困ったように首をふる。

 言い争いになるのではと危惧したが、メメナが俺の背中にそっと触れた。見守って欲しいらしい。


 と、今度はサクラノがゆっくりと首をふる。


「いえ……それがハミィの性格だとわかっているのです」

「サクラノちゃん……?」

「ハミィ、わたしの故郷に同胞はいましたが、背中を預ける仲間はいません。技を高めるために、必要とあれば殺し合いもしましょう。それを否定するわけではありません。ただ……その……」


 サクラノは顔を伏せて、珍しく自信なさげな顔をした。

 そして不安そうに顔をあげると、勇気をふりしぼるように声をだす。


「……お友だちとの距離感がわからないのです」

「サクラノちゃん……」


 ハミィの頬がほんのりと赤くなる。


「だから遠慮されると、不安になるのです。心配するのです。どうすればいいのかわからないのです」


 サクラノのさみしげな微笑みに、ハミィはせつなそうな顔になる。


「ハ、ハミィもなの……! ハ、ハミィもお友だちが全然いなくて……! だから嫌われたくなくて……!」

「わたしが嫌うなんて……」

「だって、サクラノちゃんはとってもかっこよくて可愛い子だもの!」


 今度はサクラノが頬を赤く染めた。


「わ、わたしが可愛いですか?」

「強くてかっこよくて、内面はとっても女の子らしくて可愛いわ! だ、だから嫌われたくなくて! な、仲良くなりたいのに……ハミィってば臆病で……!」


 ハミィは一生懸命に自分の気持ちを伝えようとしている。

 たどたどしくてもしっかりと通じたようで、二人は優しく微笑んだ。


「ハミィ……」「サクラノちゃん……」


 俺は胸をぐぐっと押さえた。

 柔らかな羽毛に包まったような、優しい気持ちが全身に広がっていくのを感じる。


 これがユーリ波動と呼ぶものなのか?

 旅の疲れが癒されていく……たしかに、万病に効くかもしれない!


 俺はメメナに『どうだ?』と視線をおくる。

 すると少女は妖艶に微笑み、二人に呼びかける。


「二人共、抱き合うんじゃー」


 サクラノとハミィは恥ずかしそうに見つめ合い、儚くてすぐに壊れてしまいそうなものでも触るように近づいていく。

 そうして、優しく抱きしめ合った。


「サクラノちゃん……あたたかい……」

「ハミィ……恥ずかしいですよ……」


 花も恥じらう乙女が二人。


 これがユーリ波動なるもの‼‼‼

 古代人が探究していたもの、心より理解できましたっ!


 新しい知見を得ていると、メメナがこしょりと告げてくる。


「兄様、精神を研ぎ澄ませるんじゃ」


 俺は無言でうなずいて、精神を集中させる。

 俺の心象をとおして、世界はユーリ波動に満ちあふれた。


 キャッキャウフフ。キャッキャアハハ。キャッキャエヘヘ。そこには無垢な乙女しか存在せず、俺という認知外の存在は壁となって見守る――


「ユーリカベーの気配を感じるじゃろ?」


 もちろん、俺はユーリカベーの気配を探っていた。

 すぐに存在を感知することができた。


 どの場所で壁となれば二人を邪魔せずに観察できるのか、新たな意識を拡張できた今の俺には手に取るようにわかったからだ。

 ロングソードをかまえて、姿を消したゴーレムに急接近する。


〈ユーリいい……ユーリいい……。ハッ⁉〉


 ユーリカベーは二人を見守る壁となり、ぶつぶつとつぶやいていた。

 闇夜に俺のロングソードがきらめく。


「せやああああああああっ!」


 姿なきユーリカベーの手足を正確に両断する。ダメージを負いすぎて機能不全になったのか、鉛色のゴーレムがあらわれた。


 仲間たちと力を合わせることで勝機がみえた!

 これが、これこそが……みんなとの……………………。

 ……絆の力のハズだあああああああああああ!


〈ユーリ、よかった……?〉


 空中で胴体だけになったユーリカベーがたずねてくる。

 よかったよ、だが命令に忠実になりすぎて――


「お前自身が! ユーリのお邪魔虫となってしまったんだ‼」


 こんな出会いじゃなければ……機能が暴走していなければ、俺たちはよき理解者になっていたのかもしれない。


 俺はユーリカベーに手をかざす。


「はい! 斬れちゃいました‼」


 ゴーレムの装甲が一瞬でバラバラになる。

 アリスとクリスが飛び出てきて、二人はぽすんと地面に直地した。


 あまりの出来事に二人はなにがあったのかわからない表情でいたが、自分たちが助かったことがわかると両手をからめて、額をこつんと当てていた。


「……怖かったね、お姉ちゃん」

「……うん、怖かったわ」

「……でもね、お姉ちゃんが側にいるから大丈夫だって思えたよ」

「……そうね、あたしたちは二人で一人。二人でならさ、なんだってがんばれるわ」


 そうしてアリスとクリスは泣き顔で笑いあう。

 なにものにも変えられない、尊い絆がここにある。古代人が時を超えて守りたかったものがそこにあった。


 ユーリ波動の前に散った古代ゴーレム。

 泣き笑う双子。

 恥ずかしそうにしているサクラノとハミィ。

 ちょっとモヤモヤした場の空気。


 俺はいろんなものを呑みこんでから、月に向かって吠えた。


「神獣カムンクルス! 尊い絆を壊すのならば、俺はお前をぜったいに許さない!」

「さすが兄様じゃ、強引に話をまとめおったなー」


 と、メメナは呑気そうに言った。

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