第8話 ただの門番、双子に門番を見せる

「双子の家に、ようこそ!」


 双子家前で、俺はひさびさに門番台詞を炸裂させる。


 森に、世界に、この青空に、俺という存在が染みわたっていくようだ。

 くううっ、落ち着くなあ! 俺はいったい何者なのか、この『〇〇に、ようこそ!』にすべてが詰まっている。


 俺はただの門番、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 そんな俺の門番っぷりを、サクラノがじーっと見つめていた。


「師匠はなぜ門番を?」

「そこに人が住み、守る者あらば、俺は門番になる」

「師匠は真面目をとおりすぎて、たまに愉快な人になりますよね?」


 初めてうけたまわる評価だ。

 だいたい真面目か、モブっぽいだしな。まれに天然アホだが。


 別になにも突飛なことをしたかったわけじゃなく、意図があってのことだ。

 サクラノの隣にいたアリスが目を輝かせる。


「それが王都流の挨拶なんですね⁉」

「王都流かはわからないが、まあ、俺はこの台詞で飯を食っていたところはあるかな……?」


 俺はちょっと誇らしげに言った。


「すごいですー! すごいですー! 双子の家にようこそー! えへへー!!」


 アリスはキャーキャーと騒いだ。


 ……自尊心、満たされるなあ‼

 都会に憧れているアリスに、少しでも王都らしさを見せるための門番台詞だった。


 ここ数日、俺たちは双子の家でお世話になっている。空き部屋があったのと、しばらく旅つづきだったので一度休むことにした。


 もちろん家畜の世話や畑の手入れとか、家事諸々を手伝っている。

 姉のクリスも割りきったのか力仕事を任せてきたので、精一杯手伝わせてもらった。


 その合間、王都の話をしたりした。

 とはいっても王都での俺は地味もいいところだし、ちょっと変わった話も下水道でこつこつモンスターを狩っていたぐらい。


 なのでサクラノたちに故郷の話題をふったりした。

 そのたびにアリスは嬉しそうに話を聞いていたが。


『お姉ちゃんお姉ちゃん! 世界は私たちの知らないことでいっぱいだね!』

『……そーね』

『ねえお姉ちゃん! お姉ちゃんはどこに行ってみたい?』

『……別に、どこにも行きたくはないわ』


 そういうわりに、クリスの横顔は広い世界に興味を持っているようだった。

 本心がいまいちわかりにくいアリスに、俺は聞いてみる。


「アリスは王都に行きたいとは思わないのか?」

「…………そうですね。私なんかが王都に行ったら笑われちゃいそうですし、ここで慎ましく生活しているのが性に合っています」


 アリスはほんわかした笑顔で言った。

 返答するまでに少し間があったな。深く聞くべきか迷っていると、アリスが誤魔化すように話題を変える。


「サクラノさんは一人でずっと旅をしていたのですよね?」

「む? そうだな、わたしは武者修行をしていたからな」

「すごいなー。たった一人でなんて、憧れるなー」

「う、うむ……。わたしの場合は一族でも血の気が多くて……集団行動が苦手だったのもあるが……」


 アリスの純粋な瞳を前に、サクラノは言いよどんでいた。

 狡噛流は強者同士が交わりつづけた一族だ。サクラノは特に血が濃いらしく、同世代の友だちなんていなかったとも以前にこぼしていた。


 すると、とげとげしい声が俺たちに投げかけられる。


「――なにサボっているのよ」


 クリスだ。

 今日もつんつんオーラを放っているが、これでも態度は軟化している。俺たちが無害だとわかったのか、こき使いはじめていた。


 今日はハミィを連れて、森に伐採へ行っていたようだ。


「アンタたちもハミィを見習いなさい。か弱き乙女が一生懸命に働いているのよ」

「ク、クリスちゃん……。ハミィにはこれぐらいなんでもないから……」


 ハミィは大木を肩で担ぎ、ノッシノッシとやってきた。

 最初クリスは彼女を頼りなさそうに思っていたようだが、存外にパワー型(魔術)だとわかったようで力仕事を任せている。


 ハミィが大木をずずーんと置くと、クリスは感心したようにつぶやく。


「ハミィの魔術は本当にすごいわね。こんなの本で読んだことないわ」

「ハ、ハミィの魔術は独特だから……。そうそうお見かけしないかも」

「ふーん、世界には色んな魔術があるのね……」


 クリスは魔術に興味があるのか、ハミィとよくしゃべっている。ハミィの魔術は魔術(物理)なのだが、なんだかんだ本人の魔術造詣が深いので勘違いに気づいていないようだ。


 アリスもクリスも世間知らずだ。

 もしかすればド田舎出身だった俺よりも。


 あまりに世界を知らない二人は、どうして辺鄙な場所に住みつづけているんだろう?

 俺が考えこんでいると、ハミィが大木の一部を素手でもぎとり、サクラノに放り投げようとする。


「サクラノちゃんー、いくよー」

「任されましたー」


 ぽーいと投げられた木片が、サクラノの剣技によって斬りきざまれる。

 バラバラになった木片は、よい感じの薪となって地面に落ちた。


「すごいです……! お二人ともかっこいいです!」


 アリスは尊敬のまなざしを二人に送る。

 そして無垢すぎる瞳のまま、場の空気を凍らせた。


「サクラノさんとハミィさん、お二人はどちらが強いのですか?」


 アリス……⁉ まあまあ危険な発言を!

 俺の見立てでは技がサクラノ、力がハミィ、魔はメメナが優れている。得意不得意や相性もあるので誰が強いかなんて一概に決めることはできないが。


 やはりというか、サクラノが戦う気になっていた。


「ハミィ! では勝負です‼」

「で、では……⁉ な、なんでサクラノちゃん……⁉」

「仕合を求められたらのならば応える! それが武人です!」

「ハ、ハミィは魔術師だから……。そ、それに、ハミィなんかがサクラノちゃんにかなうわけないわ……」


 さっきまで勇ましく大木を担いでいたのに、ハミィはしなしなになる。

 ハミィの態度に、サクラノは歯がゆそうに口をもごもごしていた。狡嚙流の同胞でもなく、敵でもない。そんな相手とどう接すればいいかわからないという表情だ。


 ハミィもハミィで同世代の友人は少なかったと言っていたしな……。

 ここは俺がお茶を濁しておくか。


「二人には二人の強さと良さがあるよ、アリス」

「す、すみません……。私、なんだか余計なことを言ったみたいで……」

「代わりといってはなんだけど、俺が出し物をしようか」


 首をかたげたアリスに、俺は優しく微笑む。


 それから俺は大木に向かい、両手をかざす。

 いかにもなにかしらの力を送っているかのようにムムムーと念じた。

 そうして、みんなの注目を集めたところで叫ぶ。


「はい! 斬れました‼‼‼」


 パカリと、大木が綺麗に割れる。

 割れた大木は薪サイズで細切れになり、地面に散らばった。


 手も触れずに大木を斬った俺に、アリスは「すごいです! すごいです! すごいです!」と大ハシャギ。クリスも驚いたようで素直に拍手している。ハミィは「先輩の新しい魔術!」と喜んでいた。


 よかったあ。ウケたあ。

 胸をなで下ろしていた俺に、サクラノがつついと近寄る。


(師匠師匠。い、今のはいったい?)

(今のはな。殺気みたいなのを飛ばしたんだよ)

(殺気みたいなの……ですか? 達人が剣気を飛ばすみたいな?)

(いやいや、そんな上等なやつじゃないぞ。大木に向かって『これから斬るぞ。これから斬るぞ』と念じるだけだって。うまーく念じることができれば大木が斬られたと思いこんで、バラバラになるんだよ。種さえわかれば、あとは慣れるだけだぞ)

(手品みたく言わないでください)


 サクラノは困惑していた。


 武芸者のサクラノにはウケが悪かったかな?

 実際、手品のようなものだ。同僚との宴会でコップに向かってやったときはウケがわるかったんだよなあ。ちょっとした大道芸と思われただけだし。


 まー、双子が喜んでくれたのならよかったか。

 俺が姉妹を見つめていると、森から鳥が羽ばたいてきた。


 大空を軽やかに飛ぶ赤い鳥に、アリスは顔を曇らせる。


「……赤い、鳥」


 クリスも心苦しそうに顔をそむけた。

 いつもほがらかなアリスの暗い表情から、察しがよい俺は双子姉妹の隠しごとに気づいてしまう。


 アリスとクリスはきっと……赤い鳥が苦手なんだな……。

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