第7話 ただの門番、双子に出会う

 近くに古い民家があり、俺たちはそこにお呼ばれする。

 双子の女の子はここで生活しているようで、室内には生活のあとがあった。


 木の棚には漬けた果物やら作りかけの矢やらが、無造作に置かれている。壁には魔方陣が描かれた羊皮紙が貼られているが、魔術の勉強でもしているのだろうか。


 どうも、双子以外の人間はいないようだ。

 当の双子は大きめのテーブル前にいる。おっとりした子が笑顔で椅子を持ってきて、座るようにうながした。


 俺たちが座りながら自己紹介すると、気の強い子が憮然と返事する。


「……アタシはクリスよ」

「私はアリスです。みなさん、初めまして。先ほどは失礼しました」


 気の強い子がクリスで、おっとりした子がアリスという名らしい。

 俺が「こっちこそ、誤解を与える真似して悪かったね」と返すと、アリスはほがらかに微笑んでくれた。クリスは警戒したままだが。


「ふふ、お客さまは嬉しいね。クリスお姉ちゃん」

「別に。厄介者でしかないわ」


 クリスが姉。アリスが妹のようだ。

 クリスは会話する気がないようで、代わりにアリスがたずねてくる。


「みなさんは冒険者なんですか?」

「一応、そうなるかな」

「お強いんですね。私、驚いちゃいました」

「俺は元々王都の兵士だったからね。あれぐらい造作もないよ」


 王都の兵士は手練ればかりだ。

 なにせモンスターがめちゃ湧く下水道を管理していたぐらいだし。


「王都の兵士⁉ クリスお姉ちゃん! 都会の人! 都会の人だよ!」

「や、やめなさいっ、恥ずかしい!」


 クリスは妹をいさめるも、アリスはにへーと笑っていた。


 仲の良い姉妹みたいだ。

 にしても都会の人か。いいなあ、都会の人扱い。生まれ故郷はド田舎だし王都にも数年しか住んでなかったし、なんならモブ扱いだったが都会の人。ふふっ。


 俺が内心喜んでいると、ハミィが小さな声でたずねた。


「あ、あのね。二人は、ど、どうしてこんなところに住んでいるの……?」


 ハミィの中では疑惑が晴れていないらしい。


 たしかに不自然ではある。人の住みつかない土地で二人きりの生活みたいだし、彼女が勘繰るのも仕方ない。

 いやサクラノもけっこー警戒しているみたいだ。


 疑われたからか、クリスが苛立ったように言う。


「なんでもいいでしょう! アンタたちに答える義務がある?」

「ク、クリスお姉ちゃん……」


 クリスのつっけんどんな態度に、アリスは困ったようにあたわたした。


 さっきはメメナがうまーくとりなしてくれたおかげで畑泥棒の誤解は解けたが、俺たちが怪しいのは変わりないか。


 やっぱりなにか隠しているみたいだな。

 大きな鳥がいた神殿とはそこまで離れていないし、関係あるのだろうか。


 俺が考えこんでいると、クリスが冷笑する。


「ふんっ……アンタたちさ。


 恐ろしい災厄がこの地にひそんでいる。そうクリスの瞳に書いていた。


 うん? だったら鳥は関係ないのか?

 あれはただの食料なわけだし。


 俺が眉をひそめていると、アリスが慌てて説明する。


「わ、私たちにはこの土地を離れられない理由があるんです。お話しすることはできませんが……決して呪われるようなことは……。み、みなさんはどうしてここに?」


 アリスは強引に話題を変えてきた。話したくないのなら無理には聞かないが。


 ただ俺たちの旅も説明し辛いんだよなあ。なにせ真の魔王の痕跡をさがす旅だ。悪戯に不安にはさせたくない。


 告げるべきか迷った俺は視線を横にやる。

 メメナはこくんとうなずいた。


「ワシらはな、とある使命を背負って旅をしておる。長い旅になるかは……まあ兄様次第なんじゃが。お主らと同じように他言できるものではないのう」


 メメナはある程度、事情を打ち明けた。俺次第ってなんだろう。

 その柔らかい物腰に、アリスは安心したように肩の力を抜く。


「そうですか……」


 悪いことをしているわけじゃないとは伝わったようだ。

 メメナの人柄なのか事情を話さなくても信頼させるあたり、さすが元族長だ。


 あとは俺が言い出しにくいことを切りだすか。


「それでなんだけどさ……食料をわけてくれないかな?」

「え?」

「代金は払うし、なんだったら物々交換でもいい」


 アリスは返答に迷って、姉に視線をおくる。

 クリスは鼻息を漏らした。


「ふんっ、なんだってアンタたちに食料をわけなきゃいけないのよ」

「もちろん、お金はたくさん払うよ」

「……お金なんかあっても仕方ないし、物々交換で欲しいものがあるわけでもないし。アタシたちにはもう必要ないもの」

「もう必要ない?」


 クリスのひっかかる言い方に俺が眉をひそめる。

 彼女も失言だったことに気づいたのか、気まずそうに目をそらした。


「なんでもない。わかったわよ。好きな食料をもっていけばいいじゃ――」

「そうだ、お姉ちゃん! みなさんにお手伝いしてもらいましょうよ!」


 アリスの突然の申し出に、クリスがひどく驚いた表情を見せた。


「ちょ、ちょっとアリス! アンタなにを言って……!」

「家の修繕とか、畑いじりとか! 私たちだけじゃ大変だったことをお願いしましょう!」

「お願いもなにも……」


 クリスは口をもごもごと動かしていたが、アリスのほんわかな笑顔に押しきられる。

 それを承諾と受けとったか、アリスは笑顔を俺にも向けてきた。


「ダメ、でしょうか?」

「えーっと……」


 俺は仲間の様子をうかがう。

 特にサクラノとハミィには『大丈夫か?』と瞳で告げる。さすがにアリスは悪い子じゃないとはわかったのか、二人は無言でうなずいた。


「うん。力仕事でよければ、俺がいくらでも手伝うよ」

「ありがとうございます!」


 アリスは嬉しそうに笑い。

 反して、クリスは目を閉じて感情を殺すように黙っていた。

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