第6話 ただの門番、畑を見つける

 神殿をあとにした俺は、落ちあい場所でみんなと合流する。

 それぞれで山菜などを見つけてきたが、旅をつづけるには心もとない量。ということで一度補給するためにも主要路に戻ることにした。


「兄様たちー、こっちの道なら歩きやすいぞー」


 森歩きに慣れているメメナ先導のもとで歩いていく。

 今日中に森を抜けることができればよいのだが、ここに来るまで数日は使っている。今夜も野宿かなとは覚悟した。


「ふむ? 水の匂いがするのう」


 メメナが聞き耳を立てていた。

 なんでも小川の流れる音がしたらしい。水呑みにきた動物の足跡をたどれるやもしれぬと、森のエルフらしい提案で向かうことにした。


 そして小川にたどりつき、俺は思わず叫ぶ。


「――は、畑だ! 畑があるぞ‼」


 みずみずしい野菜が小川の近くで生えていた。


 立派に育った葉は栄養たっぷりですとアピールしている。

 真っ赤な実がぶらんぶらんとゆれていて、もぎとってくださいと自己主張が激しすぎだ。


「兄様、これは……」

「ああ! 野菜がこんなところで自生しているなんてな!」

「兄様?」


 メメナに見つめられて、俺は両頬をバシバシと叩く。仮にも王都の平和を守っていた兵士が、お腹が空いたからって都合よく解釈しすぎだろう。


 俺は大人、常識的で理性のある大人と言い聞かせる。


「は、畑があるってことは人が近くに住んでいるのかも。物々交換で食料を分けてもらおう……って、サクラノ」

「なんでしょう? 師匠」

「……どうしてカタナを抜いている?」


 サクラノはカタナを抜き、小さく唸っていた。

 いつもの警戒状態だ。


「武装した農民が潜んでいるやもしれません」

「なんで⁉」

「戦火で失われぬよう、彼らはこうして人の目につかぬ畑を作るのです。彼らは怪しい者に容赦はしません」


 サクラノはいたって真面目な表情だ。


 倭族は女子供も武装しているって話、もしや自衛意識が強すぎるからなんじゃ……。

 俺が口だす前に、ハミィが口をあける。


「ダ、ダメよ、サクラノちゃん……。カタナを抜いていた人がいたら、畑の持ち主がきたらびっくりしちゃうわ……」

「ハミィ、しかしですね」

「人が立ち寄らない場所に畑なんて、きっと理由が……理由が……」


 サクラノをいさめるかと思いきや、ハミィは考えこむ。

 そして青ざめた表情でつぶやいた。


「たしかに……すごく、怪しいかも」

「そうでしょうそうでしょう!」


 いかん! ハミィも独自の世界に迷いこみはじめている!

 正反対の二人だが案外同じ方角を見るというか、仲はぜんぜん悪くないんだけども!


 ハミィは息を整えて、畑におそるおそる入る。

 そして、地面をくまなく調べはじめた。


「わ、罠が仕掛けられているかも……」


 と言った側から、ぶつんと糸が切れたような音がする。

 瞬間、ハミィはロープで逆さ吊りになった。


「ひゃわ⁉」


 逆さ吊りになったハミィの爆乳がゆれる。


 ぷるんぷるん上下に大きく弾む、ゆれる。

 ぷるんぷるん。ぷるんぷるん。ぷるんぷるん。


 仲間を助けなければという意識が乳で上書きされていく……。


「⁉ いや、そんな場合じゃないぞ! ハミィ、すぐ助ける!」

「ま、待って先輩! もしかしてハミィの魔術を逆利用した罠なのかも! せ、先輩は、ハミィのハミィの……む、胸に釘付けでしょう⁉」

「なっ⁉ そうなのか⁉」


 だったらガン見してもおかしくないのか⁉⁉⁉


「……師匠?」


 サクラノのひんやりとした声に俺はどうにか正気にもどった。


 ハミィは低身長爆乳と、ものすごく目をひく子だ。なにかと視線を集めるが、彼女はそれを補助魔術が勝手に発動していると思っている。


 訂正すべきかなとも思う。

 しかしコンプレックスになっていたし、事実魔術みたいなものだし……ぷるんっ!


 幻惑魔術にかかってしまったような俺に、サクラノが嘆息吐く。


「ハミィ、すぐに助けますね」

「だ、大丈夫。みんなの足はひっぱらないから……」

「その体勢ではロープをほどきにくいでしょう。カタナで斬りますよ」

「ハ、ハミィ……がんばれるから……」 


 遠慮したハミィに、サクラノはどうすればいいかわからない顔でいた。

 俺としても二人の仲はとりもちたい。だが、どうしてもぷるんに意識が奪われる。


 そんな俺たちに、メメナは苦笑していた。


「三人ともー、そろそろええかー。……むっ?」


 メメナが腰の魔導弓をひきぬいた同時に、どこからか矢が飛んでくる。

 矢はカタナをかまえていたサクラノに向かっていくが。


石礫ストーンショット!」


 ハミィが隠し持っていた石を指ではじき、矢を迎撃した。

 安堵したハミィに、サクラノはちょっと頬をふくらませる。


 二人の関係も気になるが、それよりも矢を放った相手だ!


 ガサコソと茂みが動いている。

 赤い髪と、まっ白い服がチラリと見えた。

 ……女の子か?


「待ってくれ! 俺たちは怪しいものじゃない!」


 俺が呼びかけると、茂みから気の強そうな声がする。


〈――武器をかまえていてなによ! 怪しさ全開じゃない!〉


 そうだね!

 俺はロングソードを抜こうとしたが、やめた。


 敵意は感じるが、悪い気配は感じない。

 俺が武装解除すると仲間も従ってくれた。いやサクラノは低く唸ったままだが。


「ひとまず俺の話を聞いて欲しい!」

〈黙れ! お前みたいな、いかにもモブっぽい人間は信用できない!〉

「モブっぽいけれど、だからこそだろう⁉」

〈なにがだからこそよ⁉〉


 俺、ホントどこでもモブ扱いされるなあ。

 ちょっと頬をかいていると、茂みの気配が消える。


 すぐに真横から矢が飛んできたので、とりあえず素手でつかんでおく。


「俺をよーーーく見てくれ! なんの変哲もない、普通の人間だろう⁉」 

〈え? ウ、ウソ???〉


 茂みの気配がまた消えて、すぐに斜め向こうから矢が飛んでくる。

 パシッ、と矢をつかんで無害の人間アピールだ。


「俺は本当に危害を加えるつもりなんてないんだ!」

〈な、なにあいつ⁉ なにあいつ⁉〉


 また気配が消えた。それなりに鍛錬している子みたいだ。


 すぐに別方向から矢が飛んでくる。

 もしかして二人いるのか?

 それにしては気配が似ているが……とりあえず矢はつかんでおこう。


「見てくれ! 俺には攻撃の意思なんてない!」

〈な、なにあの人⁉ なにあの人⁉〉


 俺はにっこりと微笑みながら茂みに近づいていく。

 いたるところから矢がひゅんひゅんと飛んでくるが、俺はパシパシパシッと矢をつかむ。

 もうこうなったら、とことん無害アピールだ。


「俺はなんでもない普通の人間なんだああああ‼」


 と主張しても、俺を怖れるような悲鳴が漏れてきた。

 なにが悪いのだろうと首をかしげた俺に、メメナが穏やかに告げる。


「兄様ー、笑いながら矢をつかむ男が近づいてきたら怖いと思うのじゃー」


 なるほど。それならまあ、この矢は投げ捨てておくか。

 俺は矢の束を遠投し、木にガガガッと突き刺しておく。


〈ひいいいいいい⁉⁉⁉ 本当になんなのあいつ⁉ に、人間なの⁉ に、逃げるわよ……って、こ、腰がぬけて……!〉


 近くの茂みから声がした。

 なんだか余計に怖がらせたみたいだ。盛大に勘違いされているみたいだし、俺は驚かせないように近づいていく。


「あのさ、本当に脅かすつもりはなくて……大丈夫か?」


 怖がらせないようにゆーっくりと茂みをかきわける。

 それが余計に怖かったのか、気の強そうな赤毛の女の子が尻もちをついていた。


「こ、こないで! 近づいたら殺すからっ!」

「いや……本当に俺はなにもするもりは……」

「い、いやあああ!」


 赤毛の女の子は涙目になって、後ろに下がっていく。

 どうしたものか困っていると、影がサッと立ちふさがった。


「お、お姉ちゃんになにかするつもりなら! わ、私に……!」


 おっとりとした、でも芯の強そうな瞳の子が俺をにらんでくる。

 二人は、同じ顔をしていた。


「双子の女の子……?」

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