第5話 ただの門番、神獣カムンクルスと気づかない

 卵がピキピキと割れていき、俺は慌てて距離をとる。

 亀裂からまばゆい光が漏れだして、大広間が太陽のようなまばゆい光に照らされた。


 手でおおって見守っていた俺は、光の中で蠢く影に気づく。


「――ピューーーーーーーーイッ!」


 炎が形になったかのような大きな鳥だった。

 全長十数メートルほど。ひな鳥ではなくて、成長した姿なのはやはりモンスターだからか。その佇まいには神々しさを感じる。


 食べようとしていた自分がちょっと恥ずかしくなってきたな……。


「ピュルルルルルルルル……」


 大きな鳥は優しく鳴き、俺を見つめてくる。

 こっちにおいでこっちにおいでと、訴えるような瞳だ。


 もしや、すりこみ効果で俺を親だと思っているのか?

 まいったな……食材を探しにきたら新しい仲間を見つけることになるとは。大きな鳥の背中に乗っての旅かあ。うーん、浪漫たっぷり大冒険。


「大丈夫、俺は君に危害を加えるつもりないよ」


 俺はさわやかに微笑みながら大きな鳥に歩んでいく。


 そのときだ。

 笑うはずのない鳥が、ニタリと不気味に笑った気がした。


「ピュイ‼‼‼」

「うわっと⁉」


 大きな鳥が翼を広げたかと思うと、羽根が矢のように飛んでくる。

 俺は真横に避けたが、床に突き刺さった羽がメラメラと燃えていた。


「な、なにをするんだ⁉」

「ピュピューイ! ピュピューイ!」


 鳥は俺を馬鹿にするように鳴いた。


 くっ、神々しくはあってもやっぱりモンスターか! 敵意満々じゃないか!

 俺は危害を加えるつもりはなかったのに……いや、食べる気だったけども!


「ピューーーーーイ‼‼‼」


 大きな鳥が翼をゆらめかすと、熱波が大広間に広がって行った。

 あっつー⁉ むわむわっとする!


「ピューイ?」


 大きな鳥は頭をかたげて、俺は見つめた。


 熱波のなかでも平気なのはおかしいと思ったのだろうか。

 王都の下水道で火炎系モンスターとは何度も対峙していたからな。我慢はできるのだ。


「……ピューイ」

「な、なんだよ……食べようとしていたのは悪かったけどさ。いきなり襲いかかってくるのはよくないんじゃないか……」

「ピューイ、ピューイ、ピューイ」


 大きな鳥は苛立ったような鳴きつづける。

 人間ごときが我の視界に入るんじゃない、そう言わんばかりだ。


「ピュルルルルル‼‼‼」


 大きな鳥の翼から火炎球が飛んできた。


「⁉ せいっ‼」


 俺はロングソードを鞘から抜き、火炎球を真っ二つに斬る。

 ボフンッと、火炎球が煙となってかき消えた。


 視界の先では、大きな鳥が警戒したように佇んでいる。


「…………ピュピューイ」


 鳥の殺気がビシビシと伝わってくる。俺を敵だと認識したようだ。


 なんだ? みんなでワイワイ盛りあがりながら食べるモンスターじゃないのか?

 めちゃくちゃ攻撃性が高いんだが???


 すると、大きな鳥は全身に炎をうっすらとまといはじめた。


「ピュピュピュピューイ」


 畏れろ。敬え。平伏するがよい。

 そんなふうに鳴いた大きな鳥に、俺は勘違いに気づく。


「そうか! そ、そうだったのか‼」

「ピューイ?」

「無抵抗に食われるだけのモンスターなんているはずがない! あの壁画は『めっちゃ歯向かってくるけどその分、美味しいモンスターだよ』と伝えるためのものだったんだな!」

「……………ピュ?」

「自ら炎をまとうなんて……最初から調理済みのモンスターなわけか!」


 きっと美味しいぞ!


 俺の推察が当たったのか、大きな鳥はものすごーーーく苛立ったように俺をにらんできて「ピルルルルル」と禍々しく鳴いた。


 俺はロングソードをかまえる。


「生存闘争は生きとし生ける者のさだめ! こいっ! 美味しそうな鳥よ!」 

「ピュ、ピュ……ピュルルルルルル‼」


 ぜったいにぶっ殺してやると言わんばかりに大きな鳥は鳴いた。

 大きな鳥はさらに炎をまとうので、大広間すべてが熱気で溶けそうな勢いだった。


「せい! はーっ!」


 とりあえずズバシューと斬っておく。

 燃えうつったら危ないしな。さっさと倒しておこう。


 手ごたえはあった。大きな鳥はふらふらとヨロめいていたのだが。


「なに……?」

「ピュ、ピュ、ピュ」


 大きな鳥は『ふっふっふ』みたいに鳴いた。


 俺の斬った箇所が炎に包まれて、みるみると再生する。

 そして、あっというまに治ってしまう。

 大きな鳥は驚いている俺に『倒したとでも思ったか? 哀れな人間め』と言いたげに見下ろしてきた。


「ピュルルルルルルルル……」

「せい! はーーーーーっ!」

「ピュ⁉」


 とりあえず、今度は首を斬っておいた。

 だがしかし両断したはずの頭と胴体が炎で繋がって、すぐに元通りになる。


「ピューーーーーーーーーイッ!」


 大きな鳥はお返しとばかりに翼から火炎球を撃ってくる。

 俺は斬りふせるが、次々に火炎球が放たれた。


「ピューイ! ピューイ! ピュピューイッ!」

「ちぃ⁉ 残弾はいくらでもありますってか!」

「ピュルルル‼‼‼」

「傷が再生するなんて……この鳥、まさか⁉」


 火炎球を数十個ほど斬りながら、俺は唇を噛みしめる。


 この鳥! ガッツのあるモンスター勢だな⁉

 王都の下水道でもごくまれに湧いたんだよな……倒しても倒しても再生するモンスター。思えば下水道ボスだった魔王分身体も何度か復活してきた。


 ガッツのあるモンスター勢は、世界では珍しくないのかもしれない。

 世界の広さを感じていると、大きな鳥は巨大火球を放とうとしていた。


 溜めるに溜めているおかげで隙だらけだ。

 どうぞ好きに攻撃してください無駄ですがと言いたげな鳥に、俺は遠慮なく斬りかかる。


「門番……なます斬り!」


 胴体を真っ二つに斬り裂くが、すぐさま炎で再生しはじめる。

 大きな鳥は愚かな人間だと言わんばかりに俺を見つめていた。


 油断してるなあ。対処さえわかれば楽な部類なのに。


ざん! 斬! 斬! 斬! 斬!」

「ピュ⁉ ピュ⁉ ピュ⁉」


 この手のモンスター。耐久力に自信があるのか防御がザルなんだよな。

 おかげでこっちの攻撃がとおるとおる。


 なので一撃で倒せなければ二撃、四撃、八撃、一六撃、と次々に致命の一撃を放つ。100回蘇ってくるのならば101回倒せばいいだけの話。


 そうして、1000回ほど斬りつけただろうか。


「ピュ、ピュルゥゥ…………」


 大きな鳥は炎を出し尽くしたようで、床にへばっている。

 俺はロンソードをかまえながら、ゆったりと近づいていく。


「何度も蘇るってことは、可食部を何度も食べられるってことだよな? 昔の人は良い食材を確保していたんだなあ」


 こわばっている大きな鳥に、俺は微笑んでやる。

 やるかやられるかの関係ではあったが、きちんと相手を讃えるつもりでいた。


 俺のロングソードがぎらりと鈍く光る。


「みんなで美味しく食べてやるからな。安心してくれ」

「ピュ、ピュ……ピューーーーーーーーーーイイイイイイイ‼‼‼」


 大きな鳥は『食われてなるものか。こんな世界とはオサラバだ!』と言いたげに、ここ一番に鳴いた。


「え? あ、おいっ!」


 大きな鳥から炎が巻きあがる。

 すべてを出しつくようにパチパチと火花を散らし、そうして虚空に消えて行った。


 生命力が尽きたのだろうか……。

 もしや、特殊な手順を踏まなければ調理できないモンスターだったとか?

 壁画に二人の少女が描かれていたし、関係があるのかも。


「まいったな、みんなになんて言おう」


 美味しそうな鳥をみすみす逃してしまいましたなんて、ぬか喜びもいいところか。

 このことは胸の内におさめておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る