第4話 ただの門番、神獣の卵を見つける

 キャラバン商隊から離れて幾日。

 俺は大森林で見つけた、朽ちた神殿の大広間に佇んでいた。


 目の前には、どでかーい卵がある。


「でかい……。うん、でかい。家ぐらいの大きさだ……」


 どでかい卵が巣みたいな瓦礫に安置されている。鳥類を思わせる形で、崩れた天井から差しこむ太陽の光がどこか神々しさを感じさせた。


 蔦だらけの大広間にて、俺はどうしたものか悩む。


「モンスターの卵だよなあ……」


 食えるか食えないか非常に難しい。


 基本モンスターは食べることができない。

 モンスターの肉体は8割以上が魔素で構成されている。モンスターは生命活動が停止すると、体内の魔素を一気に吐き出し、最後は煙となって消えてしまう。素材が欲しい場合は、特殊な武器か術で保存する必要があるのだが。


 まあ魔素まみれなわけだ。

 魔素の過剰摂取はよくない。


 体内で処理しきれないと内臓器官に魔素塊ができてしまい、とっても痛い思いをしたりする。その魔素もモンスターの体内で変質して毒になることもあった。


「でも卵なら……。保存術はメメナが使えたし……加熱すれば……。いやしかし……」


 悩めば悩むほど頭を使ってしまい、お腹がぐーっと鳴る。


 俺たちは主要路から離れて、怪しげな儀式が行われるという場所に向かっていた。

 道中モンスターに出くわすこともあったが、武闘派な仲間たちのおかげで特に苦労することはなかった。


 困ったのは食料だ。

 食事はちゃんとしているのだが旅ながらだといかせん量が足りない。


「エルフの森で迷っていたときは周りに果物とかあったしな……」


 あのときは遭難しても食うに困らなかった。

 しかし冒険中、いつも周りに食材があるわけじゃない。なにもない平原を歩き、岩だらけの山を登ることもある。


 各々の魔導カバン(圧縮魔術が施された物。サクラノは魔導巾着)に、携帯食料を詰めてはいたが、旅ながらだとお腹が減るものでみるみる減っていった。


 旅慣れはしていたが、俺たちは冒険慣れはしていなかったわけだ。

 ちょうど大森林にさしかかったので、俺たちは別れて食材を探していた。


「人の手が入った場所ならと来てみたが……卵だけか」


 探索中、俺は朽ちかけた神殿を発見。

 良さげなものを探しにきたが、そもそも人が寄りつかない地だ。ちゃんとした食材なんてあるはずもなかった。


「モンスターの住処か? 周りに気配はないが……」


 大広間をぐるりと見渡す。

 蔦まみれで装飾はわからないが、なんというかどこか物々しい。

 なにかを崇めるような、あるいは畏れているかのような雰囲気を感じる。


「うーん」


 俺は頭をがしがしと掻く。

 大きな卵だ。全員のお腹を満たすには十分だろう。お腹がふくれたら心にも余裕がでるし、サクラノとハミィの関係もきっと良くなる。


 とは言っても、二人は別に喧嘩をしているわけじゃない。

 食料が減ってきたことで、ハミィが遠慮するようになっていたのだ。


 食事中の会話がこれだ。


『サ、サクラノちゃん……。ハ、ハミィもうお腹がいっぱいだから食べていいよ……』

『? ハミィは昨日もそう言って、あまり食べなかったではありませんか』

『ハ、ハミィは小食だから……』

『………我慢は美徳ですが、遠慮はいけませんよ! 遠慮は! よく食べて、よく寝る! そうして初めて殺しあいができるのです!』

『ひゃ、ひゃい……。すみません……』


 ハミィがそこで縮こまったので、サクラノは難しい表情で黙りこんだ。


 二人の仲は良いほうだ。

 しかし血気盛んなサクラノと、なにかと悪い方向に考えがちなハミィとで微妙に噛み合わないというか、少し壁があるようだった。


『ふむふむ、サクラノはハミィのことが心配なんじゃなー』


 と、メメナがうまくとりなすおかげで問題はないが。


 ……一番幼い子が一番しっかりしているな。

 パーティーの年長者として、俺もしっかりしなきゃだ。この卵を食べてもいいのか周りを調べてみるか。


「卵のための神殿みたいだしな」


 玉座みたく置かれているんだ。きっと意味がある。

 俺は大広間を歩き回って、丁寧に調べていく。


「……あった」


 壁面の蔦をとりはらうと、そこには壁画が描かれていた。

 抽象的な絵なのでわかりづらいが、卵にまつわるなにかを伝えようとしている。


「これは……」


 壁画では、卵が割れている。

 割れた卵からは大きな鳥があらわれていた。

 大きな鳥を中心にして炎が巻き起こっていて、何人もの人が炎を避けるようにして鳥を眺めている。

 そして二人の少女が大きな鳥に向かい、手をかざしていた。


「なにかの儀式、か……?」


 考えろ、考えろ、考えろ。

 俺は学者じゃないけれど、謎解き要素のある物語はよく読んでいただろう。だったら謎解きも得意なはずだ。


 大きな卵。大きな鳥。炎。たくさんの人。二人の少女。

 俺はそこでピピーンときた。いつもの直感だ。


「これはつまり……大昔の食事風景か‼」


 深く考えることはない! 見たまんまじゃないか!

 壁画の内容は、卵からかえった大きな鳥!

 それを炎で焼いて、みんなで食べるようとしているシーン!

 二人の少女はお腹を空かした子供がいるってアピールなんだ! 


 モンスター食なわけだし、対外的な言い訳が必要だったのだと思う。

 解釈はそれで間違いない。俺、謎解き要素のある物語をかなり読んでいるし。ぜったい合っている。


「でかい卵は食べられるモンスターなんだ!」


 俺はウキウキしながら卵に近づいて、ぺたぺたと手で触った。


 ほんのり温かい。生命を……そして食のあたたかみを感じる。

 このまま卵のまま食べてよし、いずれ生まれてくる鳥モンスターを食すもよし。持ち帰って仲間と相談しようとしたのだが。


 ピキピキッ、と卵に亀裂が入る。


「お、おいおい⁉ う、生まれるのか⁉」

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