第3話 帰ってきた、ただの門番
ギルド員に教えられ、キャラバン商隊からつかずはなれずに場所に向かう。
そこでは二十数名ほどのグループがいた。
若い女の子が多くて、キャッキャと騒いでいる。
華やかそうだが、彼女たちは得体のしれない素材を解体していたり、グツグツと煮えた鍋で調合していた。
別名『魔女の集会』――悪魔族のキャラバンだった。
「およ? 誰かこっちに来るよー?」「めちゃモブっぽくね?」「こちゃこーい、こっちゃこーい。とって食わないからさー」
全員に、禍々しい角と尻尾が生えている。
彼女たちはなにが楽しいのか、ニタニタと笑っていた。
……悪魔族。初めて見るな。
兵士長から聞いたことはあるが、なんというか『明るいハグレ集団』って感じだ。
気圧されたのか、ハミィは俺たちの後ろで小さくなっているし。
「モブっぽいおにーさん。なになに、あたしらと遊びたいのー?」
地べたに座っていた悪魔族の子が、ふくよかな胸を見せびらかすように言った。
突然のお色気に、俺は不可抗力でじっくりと胸を見つめてしまう。
「師匠……?」
サクラノの冷たい声に我に返る。
俺は咳払いし、少し照れながら告げた。
「すまない、ここの悪魔族のまとめ役と話をしたいのだけど」
「あら? 真面目な用事? リーダー‼ お客さんだよー!」
彼女は荷台の女の子に呼びかけた。
地図を呼んでいた少女はゆっくりと顔を向けてくる。
そして、しゅたっと飛び降りて、俺たちの元にやってきた。
「なんだいなんだい!」
「……君が、ここのリーダー?」
褐色肌の小さな女の子だった。
「そそー! ここいらの悪魔族をまとめているスル=スメラギだよ。見た目通りの年齢ってわけじゃないけどさ、もしや頼りにならないと思ってるぅ?」
スルと名乗った女の子は探るように俺を見つめてきた。
明るくて人懐こい笑みだが、ちょっと距離を感じる。
警戒しているのか尻尾の先を俺に向けていた。
「いや、幼くても立派に
俺はメメナを横目で見ながら言った。
メメナは嬉しそうに「小さな女の子の良さをわかってくれたか」と返してきたが、隙あらば危うい方向に持っていくのはやめていただきたい。
スルの瞳がちょっぴり険しくなる。
「一応言っておくけどね……うちら、身持ちは固いよ? いるんだよねー、遊んでくれそうだと思って声かけてくる人ー」
「ち、ちが! そんな用件じゃなくて!」
「ま、なんでもいいけどね! それで用件ってなーに?」
スルはからりと言った。
必要以上に干渉してこない子みたいだ。
「悪魔族も荷物の預かりサービスをやっていると聞いてさ」
「へ?」
「預けたいのは、この剣と鎧なんだけど……」
「良い代物だね……ふーん? ……確認だけどさー。旦那ぁ、うちらが何者なのかは知ってるわけだよね?」
スルは笑顔のままだか、どこか脅しているようにも聞こえた。
「流浪の悪魔族だろう」
「なんだ、ちゃんと知ってるじゃんかさー」
スルは悪魔めいて微笑んで見せる。
悪魔族。
この大地で決して定住することのない流浪の種族だ。
獣人族もなかなかに定住しないが悪魔族は理由がちがう。
悪魔族は300年前の大戦で、
魔王側についたために他種族から忌み嫌われてしまい、戦後は住んでいた場所を追われてしまった。さすがに数百年も経てば事情が変わろうものだが、なんでも契約とかで定住できないのだとか。
「うちらに荷物を預ける……その意味わかるよね?」
冷やかしなら帰れといった笑みだ。
彼女たちはキャラバンにひっついて生活しているが、商隊が追いはらうことはしない。
なぜなら彼女たちは大地を追われたがゆえに、この大地を誰よりも知っているからだ。
同族同士で深く繋がっているために物流にも強く、悪魔族に望めば手に入らないものはないとも。代償は大きいらしいが。
「……別に、俺が預けた装備を売り払ったりはしないだろう?」
「わかんないよー。だってうちらは悪魔族だし?」
人を食ったような笑みで返された。
ギルド員の『自己責任』とはこのことだ。信用できない種族だが、一応の手段として教えてくれた。
王都に決して立ち寄らない流浪の民。
実際に会ってから考えようと思ったが、たしかに掴みどころがない。
「うちらを信用できないならさっさと帰って――」
「いや、預けるよ。任せていいかな?」
スルも、他の悪魔族にも予想外だったのか、彼女たちは目をまん丸くした。
俺の仲間も……特にサクラノが驚いたようで服をひっぱってくる。
(師匠。悪魔族はわたしも耳にしております。狡噛流と同じぐらい評判が悪いですよ?)
(大丈夫だって、悪い感じはしなかったし。というか狡噛流の評判悪かったのかよ……)
サクラノ。
なぜそこで得意げにする。
「旦那、本気で言ってるわけ?」
スルの声はどこか呆れたように聞こえた。
特に深い理由はないんだよな。
王都で培ってきた門番スキルで探ってみたが邪悪な気配を感じなかった。もっとも狂暴なモンスターや極悪人をなんとなーく感じる技術なので精度が良いってわけじゃないが。
大丈夫かなと思った根拠は……いつもの直感だ。
なぜか楽しげな悪魔族に、俺は言う。
「本気だよ。君たちを信用して預けるよ」
「そー? そんじゃ、商売の時間だね!」
スルはしめしめといった表情でほくそ笑んだ。
……痛い目を見たそのときは、まあ勉強代と思うことにしよう。
そんなわけで、だ。
「うおおおおおお! 戻ってきた! いつもの俺が戻って来たぞおお!」
配給オンボロ鎧をまとった俺は、配給オンボロ剣を高々とかかげた。
スルが『新しく買うのも勿体ないだろうし、旦那これいる?』と荷台からひっぱってきた装備が、まさかの馴染ある装備。なんでも物々交換でちょうだいしたのだとか。
ただの兵士らしくなった俺はようやく一安心した。
「師匠ー、武具にはこだわりましょうよー」
「こだわった結果が、オンボロ装備なんだよ。やれやれ、これで雑に扱えるよ」
「雑に扱わないでください」
「サクラノとはこの姿で出会ったわけなんだし、思い出深くないか?」
そう言うと、サクラノは「それはそうですが」と頬を赤くした。負けた経験を思い出したのかもしれない。
ふうー、これで装備が傷つくことに悩まなくて済むぞー。
装備はグレードダウンだが、精神面は超絶アップだ!
俺がニコニコしながら剣を鞘におさめていると、スルが微妙そうな笑顔で告げる。
「あははー。そこまで喜んでもらえるとは思わなかったなー。旦那は変な人だねー」
「……俺は大真面目なんだが。まあ変だとかはよく言われるよ」
あと天然だとか。
口の悪い者にはアホだとか。
天然でもアホだとも思わないが、モブっぽいのは自覚している。
「うんうん、旦那の人柄がだいたいわかったよ! ここいらの悪魔族に連絡しておくからさ。荷物を取りだしたくなったら声をかけてね。数日内にお届けするよ!」
「ここいらって……自由都市地方のどこでもか?」
「うちらは流れ者だからねー。だいたいのキャラバンにはひっついているよー」
スルはさらりと言ったが、つまりは故郷がないってことだ。
自由都市地方で冒険するならば悪魔族と仲良くしたほうが良さそうなのに、他種族から彼女たちは避けられている。
俺が思っているより根深い問題なのだろうか。
っとー、この地方に詳しいのなら。
「あのさ。自由都市地方で怪しげな場所とか知らないか?」
魔王のことを避けて言ったら、ふんわりした物言いになってしまった。
さすがに不審に思ったのか、スルは目を細める。
「怪しげな場所ね。あるにはあるけどさ。それを聞いて、どーするつもりなの? 旦那、王都の密偵だとかじゃないよね?」
「まさか。ただの元門番だよ」
俺が胸を張って答えたら、スルは余計に眉をひそめていた。
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