第2話 ただの門番、冒険の旅に出る

 俺たちは今、真なる魔王を探す旅をしていた。


 王都を混乱に陥れた魔王(自称)は、女神キルリの薬と仲間との絆によって撃破した。

 魔王(自称)は最後まで『自分は本当の魔王だ』と言いはっていたが、ただの門番である俺に倒されるはずがない。


 きっと魔王分身体だとか、そんな存在だと思う。


 奴の気配に触れたのは俺だけだ。この世界のどこかに潜伏しているであろう真の魔王を見つけるため、世間を騒がせないように秘密裏に旅立っていた。

 サクラノたちにも旅の理由(主に武者修行)があるのだが、俺の旅に付き合ってくれて本当に感謝しかない。


 そんなわけで、大草原のキャラバン商隊をおとずれた。


 草原には、荷馬車や麻布を広げた簡易店舗ができている。

 交易所としても利用されているようで、この地方では見たことのない品物が売られていた。


 あと冒険帰りの冒険者もいるな。

 商人にモンスター素材を売っているみたいだ。

 ちょっとした村みたいで、まだ日も浅いのに人でワイワイ騒がしい。


 と、俺の隣を歩いていたハミィがこわごわとたずねてくる。


「せ、先輩……。王都じゃ、ご禁制の素材が売られているみたいだけど……。も、もしかして、このキャラバンは闇の集いなんじゃ?」


 捕まって売られたりしないかと、ハミィは瞳で訴えてきた。


「大丈夫大丈夫。ここらは自由都市地方なんだ」

「自由都市?」

「えーっと、土地や管轄は王都あずかりではあるんだけれど、自治権はその地に住む人に任せているんだよ。この地方は300年前、魔王が支配する大地だったからね。王都グレンディーア西部の開拓も最近はじまったばかりで……未開の地が多いんだ」

「ダビン共和国からもそう離れていないのに手づかずだったのね」


 ダビン共和国は獣人の住まう大地だ。


「あの国は険しい山脈が天然の城壁になっているし……。エルフのところは精霊が住まう大森林があるからなあ。他種族との交流は、まだまだこれからってところじゃないかな」

「そ、そうなんだ」


 ハミィは感心した瞳を向けてくるが、まあ王都にいたら耳にする話だ。


「一応、貴族が納める領地もあるけれど、王都の影響がない地域ばかりでさ。灰色の地点グレースポットと呼ばれる場所が多いんだよ」

「このキャラバンみたいに?」

「うん。ここはさ。俗にいう『冒険の大地』だよ」


 ぶっちゃけ俺もはじめてきたよと、つけ加えて言った。


 ちなみに冒険者は、だいたいこの自由都市地方に向かう。

 王都を拠点にしながら未開の地を攻略したり、古代ダンジョンを探究したり、学者集団がモンスターの研究におとずれることもあった。


 自分とはえんがない場所とは思っていたが人生わからないな。


「ところで先輩はこのキャラバンになにをしに?」

「手ごろな武具を買いに、と……。今の高級装備とはお別れだな」

「良い武具なのに……。あ。でも、耐魔がほどこされた防具は魔素伝導率が悪いらしいし、それも考慮してのことなのね」


 ハミィは納得したように言う。

 彼女はいまだ俺を同系統の魔術師だと思っていた。


「完全には手放さないさ。装備は預けるだけ」

「? 預ける場所なんてあるの?」

「冒険者ギルドに登録したら預かりサービスが利用できるんだ。キャラバンにはギルド員がだいたい同伴しているし、そこに預けたら王都の倉庫で保管してもらえるんだよ」

「便利なのねー」


 だよなー、便利だよなー。

 その便利なサービス、ケビンのせいで冒険者ギルドに登録できなくて、以前の旅では利用できなかったんだよなあ……。


 だが今回の旅では違う!

 出発前にちゃーんと登録してきたので荷物預かりサービスを利用できる!


 楽でいいなーと思っていたのだが。

 さっそく見つけた男のギルド員にこう告げられた。


「――お前さんのは無理だな。諦めてくれ」


 仏頂面でいるギルド員に、サクラノが吠える。


「貴様ッ! 師匠の頼みを断るとはなにごとか!」

「待て待て待て⁉」


 俺は慌ててサクラノを羽交い絞めする。メメナが彼女をなだめるように体を優しくさすっていた。


「俺、正規ギルドにちゃんと登録しているだが……。どうして無理なんだ?」

「すまんすまん。言葉足らずだったな。お前さんの装備は良ものすぎて、ここじゃあ預かることができないんだ。輸送時に事故ったとき保証できないからな。ギルド規定にもある」


 ギルド員は冷静に答えた。

 サクラノのような荒くれ相手にも慣れているらしい。


「し、知らなかった……」

「しっかりした護衛付きの場所なら預かることもできるが、ここみたく手狭でやっている場所じゃな。物自体がトラブルになりかねんし」


 もしかして盗難や強盗も考えてのことか。

 そう思うと高級装備をさっさと手放したくなってきた。


「……師匠師匠。つまり師匠の装備を餌に悪漢がやってくるわけですか?」

「途端に機嫌良さそうにするんじゃないの」


 斬るつもりか。斬るつもりなのだろう。


 しかしどうしよう。ここから王都に戻るのには時間がかかるし、さすがにいただいた装備を売るってわけにもいかない。

 圧縮魔術が施された腰カバンにも、なんでもかんでも入るわけじゃないしな。


 俺が困っていると、ギルド員がつぶやく。


「…………預ける場所がないわけでもないんだが」


 言うべきか言わざるべきか、そんな表情だ。


「兄さん。一応教えておくが、自己責任だぞ?」

「は、はあ……?」

「それとだ。北の湖にはしばらく近づかないほうがいいぞ」

「北の湖? 俺たちそこから来たんだけど……」

「なに……? なあ、シーサーペントがでなかったか? 湖に棲みついたらしくてな。名うての冒険者も警戒している」


 ギルド員は怪訝な表情で言った。


 マジか。湖にシーサーペントが棲みついていたのか。

 だから眷属っぽい水蛇がいたのか?

 危うく遭遇するどころだったな。


「兄さんたち、もしや倒したのか?」


 俺が答える前に、メメナが片手をあげた。


「女子集合じゃー」


 メメナの号令にサクラノとハミィは円を組み、ゴニョゴニョと話し合う。


「師匠……自分の力にまったく気づきませんね……。魔王を倒したことも……。いい加減に伝えるべきでしょうか……」

「ううむ。ワシ、気になって兄様を調べたのじゃが……。どうも女神の祝福がかかっているようでのう……。あの無自覚さは……意図があってのことかもしれん……」

「先輩ってば女神さまに祝福されているの? しゅ、しゅごい……」


 なんの話をしているんだろう。

 相変わらず仲がいいなー。


「し、師匠のお側で……武者修行したい気持ちは変わりありません……」

「ハ、ハミィもまだまだ学ぶことがあるわ……」

「うむうむ……。それでは兄様と旅をつづけながら……子種をもらいうける機会を探すとしよう……」


 お。話は終わったみたいだ。

 赤面して黙りこくったサクラノとハミィをよそに、メメナが微笑んだ。


「シーサーペントはおらんかったし、水は清らかになっておったぞ。おそらく住処を変えたのか、勝手に滅んだのでは?」


 メメナの説明に、ギルド員は困ったように頭をかいた。


「いやいや勝手に滅んだって……。兄さん、実際のところどーなんだ?」


 たしかに、湖にシーサーペントはいなかった。

 水蛇との戦闘時に騒いでいてもあらわれなかったし、勝手に滅んだ線はありえるか。


「勝手に滅んだんじゃないかな」


 俺は真面目に答えた。


 今回はたまたま危険とは遭遇しなかったが、もし運が悪ければシーサーペントの不意打ちを食らって大怪我をしていたかもしれない。


 そう思うと身がひきしまる。


 これが冒険……未知に踏みだすということなんだ。


 真の魔王を探す旅で自分のできることを精一杯がんばろうと思っていたが、それよりもさらに一歩踏みこんで、成長しなければいけないな。

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