第2章 魔王を倒したことに気づかない

第1話 ただの門番は変わりない

「ダメだ! 俺はもう……戦えない!」


 綺麗な湖のほとりで戦っていた俺は膝をつく。

 目の前には全長数メートルもある蛇が水面からあらわれて、太陽に迫る勢いで直立していた。


 水蛇はゆらゆらと蠢き、膝をついた俺を狙っている。

 真の魔王を探す旅すがら、昼休憩に立ち寄った湖でモンスターに不意をつかれてしまい、俺は蛇の牙でふっ飛ばされていた。


 立ちあがれない俺に、着物姿の黒髪少女がカタナを抜いてやってくる。


「師匠⁉ ご無事ですか⁉」


 狡噛こうがみサクラノ。

 倭族の女の子で武闘派集団狡噛流の末席。


 ちょーーーとばかし血の気が多いところがあるが、俺を師匠と呼んで慕ってくる子だ。一応、素直な子だ。


 サクラノは犬みたく唸りながら、水蛇に向かってカタナをかまえる。


「ガルルッ! こやつ! シーサーペントと呼ばれる魔物でしょうか!」


 シーサーペント。

 荒れ狂う巨大な水蛇のことだ。たしかに特徴は似ているが。


「いや! きっと大自然の恵みですくすく育ってしまった水蛇だ!」

「それはもうシーサーペントと変わりないのでは?」


 サクラノは真面目な表情でたずねた。


 そうなのだろうか。

 でもシーサーペントはめっちゃくちゃ強いと聞くし、一介の元兵士……それもただの門番が相手できるモンスターではない。


「もしシーサーペントなら俺はさっきの攻撃で死んでいたよ! だから、ただの水蛇だ! 見かけに騙されてはいけないぞ!」

「……師匠がそう言うのであれば!」


 サクラノは物言いたげな顔をした。

 しかしただの水蛇であっても油断は禁物。俺は距離を置いて戦うように告げようとした。


「サクラノ、ここは――」

「どちらかが死ぬまで殺し合いですね‼」

「へ?」

「わかっておりますとも! ここがわたしの死に場所です!」


 サクラノは興奮したのか瞳が紅くなっていた。


 気軽に死地を見つけないで欲しい。

 まわりの生きとし生けるものすべてを斬り殺しそうな気迫すら感じるぞ……。


 そんな彼女の殺意を浴びてか、水蛇が首を突きだして襲いかかる

 しかし、その牙が届くことはなかった。


水流壁アクアウォール!」


 獣人の女の子が拳で水面を叩きつけて、水の壁を作ったのだ。


「さ、させないわ! み、みんなを魔術で支えるのがハミィの役目!」


 ハミィは恐怖に負けじと叫んだ。


 稀代の魔術師ハミィ=ガイロード。

 メカクレ低身長爆乳牛柄ビキニの保安官で牛獣人と、属性てんこもりだが彼女の本領はそこではない。


 水蛇の攻撃を、ハミィは華麗に回避してみせる。


水走りアクアロード!」


 それも水上をシュババッと走って、だ。


 一般的に、獣人は身体能力が優れている代わりに魔術適性が低い。

 獣人の魔術師なんてありえないのだが、ハミィはただ一人の例外――というわけでもなく、普通に魔術は使えない。


 彼女の魔術は物理だ。力技だ。そして本人は自覚なしだった。


「さすがは稀代の魔術師ハミィ=ガイロードだ!」


 俺はハミィを応戦するように叫んだ。


 信じられないかもしれないが、彼女は魔術師だと思いこむことで力を発揮する。

 どう見ても物理技なのだが、仲間内でも魔術だということしていたのだ。


「う、うん! 先輩の調子が悪いのならハミィがんばるね!」


 ハミィはひかめに微笑んだ。


 ちなみに『先輩』というのは、ハミィが俺を同系統の魔術師だと思っているからだ。

 俺も魔術っぽく飛ぶ斬撃とか空で踏んばったりできるが、すべて純粋な技術である。


「すまない! 頼りにしている!」

「ま、任せて! 今日は大気中に魔素が満ちているし、朝の占星術でも……」

「占星術でも?」

「朝の占星術では『水場が危険。魔術トラブルがあるかも』って……」


 ハミィは失速して、湖に沈みはじめた。


「ハミィ⁉」


 いかん! マイナス方面に思いこんだようだ!


 ネガティブ思考に陥りやすい彼女が、ここから脱するのは難しい。

 水蛇は狩りやすくなったハミィに視線をうつすのだが。


「――光陰瞬アロースナイプ


 光の矢が直撃して、水蛇が大きくよろめいた。

 魔導弓から光の矢を放ったのは、エルフの小さな女の子だった。


兄様にいさまー、集中できていないようじゃな?」


 銀髪少女は戦闘中であってもたおやかに微笑んだ。


 メメナ=ビビット。

 小さいからと侮るどるなかれ、エルフの元族長だ。

 みんなをさりげなく見守るお母さんみたいな子で包容力がある。一児の母疑惑もあったが、そんなことはありえないだろう。


 だってメメナは小さいし。


「あ、ああ。実はさ」

「っとー、ちょっと待っておくれ、兄様」


 水蛇が口をあけて水弾を撃ってきたので、メメナは跳ねて回避する。

 空で舞いながらカウンターで光の矢をお見舞いしていた。


「おしゃべりしている暇はなさそうじゃのー」


 メメナは着地してからパーティーメンバーを見わたす。氏族のおさとして戦闘経験が豊富な少女は戦況分析が得意だった。


 作戦を待っていると、メメナはにんまりと笑う。


「サクラノー。ハミィー。がんばったら兄様がえっちなご褒美をしてくれるらしいぞー」

「へっ⁉」「はわわ⁉」「ふ、ふぇぇぇ⁉」


 三者三様で驚いた俺たちをよそに、メメナはすごく楽しそう。

 悪戯好きでもある少女の言葉に、二人から闘気がほとばしる。


「し、師匠! わ、わたしは別にご褒美はアレなんですが! アレなんですが!」

「せ、先輩⁉ どこからどこまでがエッチなのかな⁉ かな⁉」


 場が混乱するかと思いきや、サクラノとハミィは赤面したまま状態を立てなおす。

 ギラギラした戦場が、なんだか、別のギラギラに変わったような……?


「兄様ー、ご褒美を楽しみにしているでな♪」


 俺はそんなこと言ってないと返したかったが、少女の妖艶な笑みに黙ってしまう。

 メメナ……基本ツッコミ側だけど、面白くなりそうな気配に敏感なんだよな……。


「シュウウーーーー‼‼‼」


 水蛇が舌をふるわせながら咆哮する。


 すると水面が大きく揺れた。

 二匹目、三匹目と新たな水蛇があらわれて、さすがの三人娘も表情を引きしめる。


 あっちにもお仲間がいたのか⁉

 戦えないとか言っている場合じゃない。仲間内で一番大人として、そしてツッコミ側の人間として常識的に戦わなくては!


 俺は黒銀の剣をにぎりしめる。


「仲間たちには手出しはさせない!」

「師匠!」「兄様!」「先輩!」


 三人娘の声と共に立ちあがり、俺は魂を燃えあがらせる。


「うおおおおおおおお! 門番……ストライクゥゥゥッ!」


 と叫んだが、ただの横薙ぎだ。


 まあ単なる飛ぶ斬撃。

 モブっぽい。モブすぎる。モブ・オブ・モブと言われつづけた俺が少しでも見栄えを良くするために名付けた『門番ストライク』がズババーンッと炸裂する。


 水蛇たちは胴体が裂けて、断末魔もあげることなく水に伏した。

 水蛇の体から黒い霧……魔素が漏れているので放っておけば勝手に消滅するだろう。


 俺は黒銀の剣を鞘におさめると三人の視線を感じる。

 彼女たちは呆気にとられたように俺を見つめていた。


 は、派手な名前をつけすぎたかな?


「師匠! さすがですね!」

「そ、そうか……? ちょっと派手すぎたかなーとも思ったけど」

「そんなことありません! かっこよかったです!」

「お、おう。ならがんばった甲斐があったよ」


 サクラノはよいしょするところがあるとはいえ嬉しい。

 俺、夜な夜な特訓しながら必殺技名を考えていたんだよな。


「しかし師匠。調子が悪いのではなかったのですか? 剣の冴えはいつもと変わりないように思えましたが?」


 サクラノが不思議そうにまばたきした。

 うっ……。戦意喪失の理由がくだらなすぎてあまり打ち明けたくないが……。


「じ、実はさ」

「はい」

「……鎧のさ。この辺りを見てくれ」


 俺は、聖鉄の鎧の胸部を指さした。


「かすかに傷がついておりますね。先ほどの蛇の攻撃ですか?」

「うん……。牙で傷がついたみたいでさ……。すごく高級品なのに……」

「高級品なのに???」


 黒銀の剣も聖鉄の鎧も、王都の下水道騒ぎのときに国からいただいたもの。

 ただの兵士、それも門番でしかなかった俺が普通手にはいる代物じゃない。


 ようは超高級品が傷ついてしまい、気が気ではなかったのだ。


「この傷を直すのに、どれだけ修理費がかかるのか考えると気が重くて……」

「直さなければいいのでは? 傷も勲章の一つですよ」

「サクラノ……正直に打ち明けるとさ。黒銀の剣も聖鉄の鎧も俺にとってお高すぎる装備過ぎて、普段から気をつかわなくていけなくてさ。心労がさ……」

「以前の装備は雑に使ってましたしねー」


 サクラノは良くありませんでしたよー、と俺をたしなめた。


 以前のオンボロ装備一式。

 オンボロ剣は物干し竿代わりにしたり、オンボロ鎧は凸凹部分を使って洗濯していたりしたからな。雑に扱っても気に病むことはなかった。


 想像して欲しい。

 超お高い宝石を常に身に着けることになった一般市民の心情を。


「俺、元兵士……それもただの門番だからさ。高い装備が身の丈にあってないなって」

「身の丈」


 サクラノはふりかえって、湖に浮かんでいる水蛇を見つめた。

 二度と起きあがることはないモンスターの残骸に、三人娘はそれぞれで見つめ合う。


「師匠の身の丈ですか」

「ふむー、兄様に釣りあうような武具のう」

「えーっと……? 先輩……?」


 三人ともなにか言いたげだ。


 気にしすぎってことだろうか。

 でもやっぱり高い装備と自分を比べてしまうしなあ。


 俺が気恥ずかしさで頬をかいていると、サクラノはからりとした笑顔を見せてくる。


「師匠! 装備は馴染むものです! いずれ装備の格が師匠に追いついてきますよ!」


 サクラノ。逆逆。

 よいしょするにも、ちょっと慌てたのかな?

 精一杯のフォローさせて申し訳ないなー。

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