オマケSS「欲しかったもの」

「……ようこそ、王都グレンディーアへ」


 門番の声が大通りで小さく聞こえる。

 彼の呼びかけなど誰も聞いてはおらず、雑踏に吸いこまれように消えていった。


 門番――王都の兵士となったケビンは、機械的に声をだす。


「……ようこそ、王都グレンディーアへ」


 ケビンの声は誰にも届いていなかった。

 ただただ人が通り過ぎていき、建国300周年を祝う町人の華やかな表情に反して、彼の表情は死んでいた。


(オレは……)


 ケビンに言い渡された『ただの兵士として、一生涯を国に捧げる』という約束。

 彼の今までの悪行や態度を考えれば、『生ぬるい』と断ずる者もいる。事実、ほとんどの責任は公爵だった父親が背負うことになった。


「……ようこそ、王都グレンディーアへ」


 だが、ケビンには重い罰となりえていた。

 馬鹿にしていた仕事を自分がすることになったのもあるが、なんにもない自分をとことん突き突きつけられるようで予想以上に堪えたのだ。


(オレは……オレは……)


 オレはの、あとに続ける言葉などなかった。


 自分はなにもないとうすうす気づいていた。


 シャール公爵の子弟でありながら品格・実力共に足りておらず、こと貴族社会において無能の烙印は死より恐ろしい。脆弱な己から逃げるように必要以上に大きく見せて、他人をひたすらに下げた。


 父親が第二子を授かろうとしないので家を譲るのだと高を括り、ケビンの傲慢さに拍車をかけさせたのもある。

 まさか養子を考えていたとは思わなかったが。


「……ようこそ、王都グレンディーアへ」


 冒険者になりさえすれば、名声が手に入るのだと信じていた。

 それは妄想の類いだとわからされたが。


(オレは……)


 ケビンがどうなろうと、彼の横暴にふりまわされた者たちにとっては知ったことではない。


 冒険帰りの冒険者に名指しで笑われるようになっていて、近所の子供たちには良い玩具だと馬鹿にされる。同僚の兵士からも評判はよろしくないが……兵士長やお供のザキのおかげで、表立って馬鹿にされることは少ない。陰口は多いが。


 なんにせよ、自業自得ではあった。


「……ようこそ、王都グレンディーアへ」


 約束など破ってしまい、ここから逃げるという選択もある。

 だがそんなことをすれば二度と故郷の地を踏むことはないだろう。そもそもそんな気概が彼にあるはがなく、心は根元から折れていた。


(オレは……いったい……なにが欲しかったんだっけな……)


 ケビンは陰の中から照りつける太陽を見つめた。


 と、腰をポンポンと叩かれる。


「?」


 ケビンがふりかえると、男の子が笑顔で立っていた。

 また近所の子供が馬鹿にしにきたのだと、彼は無表情で立ち尽くす。


「お兄ちゃん、これあげるー」


 男の子は焼き菓子を差しだしてきた。


 どこにでも売っているような焼き菓子だ。どうせ自分を馬鹿にするために刺激物でも入っているのだろうと思った。


 だがそれは、ケビンの勘違いだったと知る。


「この前は助けてくれて、ありがとうー」


 男の子はにぱーっと笑う。

 どこかで見覚えのある顔に、ケビンは思い出した。


(ああ……この前、道案内したガキか)


 数日前、王都観光にきた子供が迷っていたので案内したことがあった。男の子は律儀にも覚えていたらしい。


 ケビンはしぶしぶ仕事として処理しただけなのだが、男の子はそんなことを知らずに焼き菓子を手渡した。


「……どうも」


 ケビンは弱々しくそう言った。


 男の子はニコニコ笑顔で両親のもとに駆けていく。遠くでは両親がケビンに向かって軽い会釈をしていた。


 別に、なにかが変わったわけではない。


「ようこそ、王都グレンディーアへ」


 ただケビンは自分の意思で声を出した。


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オマケSSです(店舗特典SSとは別です)。


1月15日に「ただの門番、実は最強だと気づかない①」がサーガフォレスト様より書籍が発売します。

書店などで見かけた際は、お手にとっていただけると嬉しいです。

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