オマケSS「メメナの価値観」

 魔王討伐後、門番たちが王都から旅立つ少し前のお話。


 門番は大通りに面した喫茶のテラス席で、ティーブレイクに洒落こんでいた。

 普段はそんな余暇を楽しむ門番ではないのだが、これはメメナのお願いあってのことだ。大森林育ちのメメナは王都が物珍しいらしく、洒落たところをデートと称して門番に案内してもらっていた。


(デートだなんて背伸びしたがる年頃だなー)


 門番は対面のメメナは見つめる。彼女は優雅に紅茶を呑んでいた。

 たおやかな所作に、とおりすがりの者が足を止める。


「あの子、エルフか?」

「すごく可愛いー」

「森に住まう一族と聞いていたが……なんとも絵になっているな」


 たしかに、と門番も心の中でうなずいた。


 メメナの立ち居振る舞いは品がある。

 王都に三年以上住んでいたのに自分のほうが場に合ってないなーと苦笑した。


「どうしたのじゃ、兄様にいさま


 メメナがふいと視線を向けてきた。


「いや、俺よりずっと王都に馴染んでいるなって」

「頼りになる兄様が側におるから安心しておるだけじゃよ」

「そういった返しがすんなりできるのは、さすがは元一族の長?」

「そうじゃなー。ま、年の功もあるでなー」


 年の功。少女だからこそ気負いなく場に合わせられるのかなと、門番は思った。

 ちなみに門番は、メメナが一児の母であることはまだ気づいていない(息子は娘化)。


 と、メメナがティーカップをこてんと置く。


「ワシはな、兄様。この旅で『異なる価値観を楽しみたい』とも考えておるんじゃ」

「楽しむ? 知らない価値観を?」

「うむ。ビビットの村から旅立つとき、ワシはこの世界を楽しむと決めておったからの。知らぬ土地だからといって、背を丸めていては勿体なかろう」


 メメナはちょっと悪戯めいて微笑んだ。

 門番は素直に感心する。


「……すごいな。俺、そんなに余裕をもった考え方したことなかったよ」

「ずっと外の世界を漫遊したい気持ちがあったからのう。あ、このことはビビット族のみんなにはナイショじゃぞ?」


 メメナは唇に人差し指を当てて、しーっと子供っぽく笑った。


「俺もこの旅を楽しむつもりでいようかな。……いや不謹慎か」

「不謹慎なものか。むしろ常に張りつめていては、心がポキリと折れてしまうこともある。万事何事も余裕たれじゃよ」


 メメナの言葉はすんなりと耳に入ってくる。

 まだ少女であっても一族を背負っていた長なのだなと、門番は改めて勘違いした。


「……うん。俺も異なる価値観を楽しんでみるよ」

「ちなみに西にオススメの村があるぞい」

「どんな村なんだ?」

「一夫多妻制の村じゃ」


 一夫多妻ハーレムの村がどうしてオススメなんだ?

 門番のそんな疑問に思う視線を、メメナは微笑んで受けとめた。


「なんじゃ兄様。一夫多妻に抵抗があるのか?」

「て、抵抗があるってーか、あまりよくないよなとは……」

「いかん、いかんぞー。異なる価値観を楽しむのじゃろー。変な視線をもたず、自然体で受けとめるのが大事なのじゃぞー」

「え? あ、ああ……そうだな?」


 メメナに少したしなめられたので、門番は頬をかく。


(自然体か。たしかに一夫多妻制だからって、色眼鏡でみることはないだろう)


 いやでも本人が受け容れるかどうかはまた別問題じゃないのか。

 ごくごく標準的な価値観を養ってきた人間が、ハーレムを前向きにとらえてよいのかと門番は悩んだ。


「兄様、視線を広げてみようと考えるんじゃ」

「視線を……?」


 門番の心を見透かしたかのように、メメナは優しく諭す。


「なにも難しく考えることはないんじゃよ。世の中にはいろんな価値観がある。それに触れることで己の知見を広げていくと考えればいいんじゃ」


 メメナの澄んだ瞳には、未知への好奇心がひそんでいた。

 そんな彼女だからこそ、どんな場所でも自然に馴染むのだと門番は思う。


「それがメメナが自然体でいられる秘訣、か」

「うむ。だから兄様。異なる価値観であっても『ハーレム良さそう。ハーレムは素晴らしい。ハーレムを初めてみようかな』と、とどーんと受け止める器量が大事なのじゃ」

「うん……? たとえ話だよな……?」

「しいては『母娘を娶るのもおかしくない』まで、視線を広げてくれると嬉しい」

「それはモラル崩壊しすぎでは⁉」


 門番はツッコミをいれたが、メメナは涼しくうけながす。


「異なる価値観を知る、じゃよ。兄様はそうやってワシらビビット族の文化を受け容れてくれたではないか」


 メメナは心底嬉しそうに微笑んだ。

 そうまっすぐに言われると、常識に囚われている自分が恥ずかしく思えた。


 いろんな価値観。たようせい。むつかしい。


 門番はうーんと考えて、うなずく。


「ハーレムとか……よくわからないけれど、俺も柔軟に視点を広げてみるよ」

「うむうむ。一緒に旅を楽しもうな、兄様♪」


 ちなみにメメナは、門番がサクラノとハミィに『ご家族に挨拶したい』と言ったことで、変な勘違いが起きたことを知ってはいる。


 知っているが特に訂正はしていない。

 だって、そっちのほうが面白いから。


 寂しがり屋で、気に入った相手にはとことん情が深くなるメメナは、みーんなが幸せになれるハッピーエンドを思い浮かべたように微笑えんだ。


「楽しみじゃのー♪」


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オマケSSです(店舗特典SSとは別です)。


1月15日に「ただの門番、実は最強だと気づかない①」がサーガフォレスト様より書籍が発売します。

書店などで見かけた際は、お手にとっていただけると嬉しいです。

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