オマケSS「ハミィの根源」

 魔王討伐後、門番たちが王都から旅立つ少し前のお話。


 早朝。門番は宿の中庭で、ハミィの魔術特訓を見つめていた。

 ハミィは右腕を脇にたたみ、コオオオオゥと深呼吸する。精神統一のちに、彼女は魔術を唱えた。


風掌底エアーハンド!」


 ハミィが掌底を放つと数メートル先の大樹がゆらいで、木の葉がざわりと舞った。

 武術訓練のようだがあくまで魔術訓練であって、その実、魔術(物理)だ。


「ハミィ、調子はどうだ?」

「やっぱり悪いみたい……。今日は大気中の魔素が薄いみたいね……」


 稀代の魔術師ハミィ=ガイロード。

 彼女は自分が魔術師だと思いこんでいるだけの、身体能力がとても優れた獣人だ。


 どうして彼女の魔術は物理なのだと門番が伝えないのかだが。


「もう一度試してみたら? たまたま失敗しただけかもしれないぞ」

「ううん……。ハミィは自然元素と深く結びついているみたいで……環境に左右されるところがあるから……。き、きっと同じ結果だわ」


 ハミィは基本ネガティブ思考だ。

 メンタルで実力が大きく変わる。

 思いこみで十全に力が発揮できないのなら、黙っておこうと仲間内で決めていた。


「うーん」


 門番は考えた。

 また試しても本人がマイナス思考に陥っているかぎり、上調子にはならないだろう。


「ハミィ。大気中の魔素がうすいときは、普段はどうやって過ごしているんだ?」


 ハミィは保安官だ。

 調子が悪いからといって『仕事はできません』なんてことでは話にならない。

 彼女なりの対処方法があるはずだと門番は思った。


「そ、そうね……。座禅で魔素を高めてみたり、あとは自然と語り合ってみたり」

「自然と語り合う? それはここでもできるのか?」


 なんだか魔術師っぽい言葉に、門番は興味をもった。


 ハミィは「えーっとね」と言いながら、手近の石を拾ってみせる。

 少し大きめの石は、彼女の手からはみだしていた。


「世界のいたるところに自然元素は含まれているの。自分の魔素と自然元素を混ぜ合わすことで調子を見たり、整えたりする――それを魔術用語で『対話』と呼ぶのよ」


 すごくわかりやすい説明だ。

 だけどハミィにはそもそも魔素がないんじゃと、門番は首をかしげた。


 するとハミィは手に力をこめる。

 石は、飴細工のように簡単にバキリッと割れた。


「……やっぱり調子が悪いみたい」

「……ちなみに、調子がいいときはどうなるんだ?」

「砂になるわ」

「砂に」


 対話(物理)すごいなーと、門番は感心していた。

 門番ですら、彼女の強さははかり知れないところがある。尋常じゃないポテンシャルを秘めているのだとは感じていた。


「ど、どうしよう……このままじゃあ、みんなの足をひっぱっちゃうわ……」


 ハミィは絶不調なメンタルそのままに落ちこんでいった。


「大丈夫。大気の魔素が満ちてきたら、また調子が戻るさ」

「で、でもこんなに不安定なままじゃ……」

「成長するために旅をするんだろう? 俺も、みんなも……ハミィのそんな強さをちゃんと知っているよ」

「う、うん……」


 そう言っても、ハミィはどこか自信がなさそうだった。


(簡単に性格が変わるのなら悩まないよな。俺もモブっぽい自分にずっと悩んでいたし)


 門番はできるだけ明るい表情で告げる。


「俺の旅に付き合ってくれるんだ。ハミィの武者修行の旅にもとことん付き合うよ。そうやって村のみんなや……ハミィのお母さんに、立派になった姿を見せに行こう! 俺も一緒についていくからさ!」

「お、お母さんに会ってくれるの……?」


 ハミィは伏せがちだった顔をあげた。

 すると力でも入ったのか、石にさらに亀裂がはしる。


「あ、あれ……? 急に魔素が……どうしてかな……?」


 驚いているハミィに、門番はピピーンといつもの直感が働いた。


(これは……ハミィのみんなを想う気持ちが力になったんじゃ?)


 思いこみで実力が左右される子だ。

 旅たちの理由も村のためを想ってのことだし、仲間や家族を想うことでメンタルが上向いてもおかしくはない。

 だから今まで町を守れていたのだと思い、門番は言葉に力をこめる。


「俺さ、旅が終わったらハミィ村の人や……。ハミィのお母さんにご挨拶するつもりでいるんだ」

「ご挨拶に……」

「立派になったハミィの隣でさ。ハミィがどれだけ素晴らしい魔術師だったか、仲間を想う気持ちに何度助けられたのか。そして……俺にとって、どれだけかけがえのない存在だったか伝えるよ!」

「先輩……」


 ハミィは瞳をうるませ、頬が焦げたかのように赤くなった。

 そうしてメンタルが上向いたのか。


「あっ……。せ、先輩! 石が砂になっているわ!」


 ハミィの握力で石は砂になっていた。


(みんなの顔を思い出して、元気になったみたいだ)


 力が不安定なのも想いが強いゆえなのだろうなと、門番は彼女と共に旅ができることを誇らしく思った。


「それがハミィの実力だ! 大気の魔素が薄くても自前でなんとかできるんだよ!」

「う、うん」

「それでもハミィが不安なら……俺も立派に成長してみせるから! そうしてお互いに成長してさ、村のみんなやご家族にご挨拶にいこう……!」

「うんうん……! ハミィ、がんばるね! よろしくね、先輩!」


 ハミィはまっすぐな笑顔を見せてくれた。


 そうしてこうして門番は、また無自覚にもサクラノとは別に勘違いを一つか二つぐらい積み重ねるのであった。


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 オマケSSです(店舗特典SSとは別です)。


 1月15日(月)に「ただの門番、実は最強だと気づかない①」の書籍が発売します。書店などで見かけた際は、お手にとっていただけると嬉しいです。

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