オマケSS「次の旅先」
魔王討伐後、門番たちが王都から旅立つ少し前のお話。
門番とサクラノは真昼から王都の市場を歩いていた。これから長旅をするうえでの必需品や日用品の購入、ついでに持ち物の点検などをするためだ。
建国300周年もあってか、市場は人でごった返している。
その中で、門番は金物屋の商品とにらめっこしていた。
「……砥石は、今ので十分かな」
門番の腰カバンは圧縮魔術が施されたもの。
見た目以上に容量が入るとはいえ、限度がある。
カバンは昔、冒険者をやっていた兵士長からいただいたもので年季がはいっている。購入当時から中古品だったとか。魔導カバンの類いは新品ともなれば王都の一等地で家が買えるほどで、中古品でも相当お高いらしい。乱暴な使い方は門番も避けたかった。
と、サクラノがひょこりと顔をのぞきこんでくる。
「師匠ー。この砥石はなかなかに良いものですよ。天然石を加工したものですし、刃を研ぎやすいように工夫が凝らされております」
「お、おう。そうなんだ」
「ええ、なにせ倭族の砥石ですから。倭族の!」
サクラノは砥石ではなく、倭族を推してきた。
「良いものみたいだけど、サイズがさ」
「たしかに少し大きめだと思いますが」
「サクラノの魔導巾着ほど物が入らないんだよ。俺のカバン」
門番がそう言うと、サクラノは「それは残念ですー」と言って引き下がった。
ちなみにサクラノは魔導巾着と呼ばれる巾着を持っており、門番の腰カバンと同じように圧縮魔術が施されている。
かなり高価なものみたいで、門番の腰カバンより物が入った。
と、サクラノがニコニコ顔でまたもお薦めしてくる。
「師匠師匠ー。あちらの店では倭族の油が売っておりますよ」
「油は……別に必要はないかな」
「倭族の油はよいものですよー。植物の油を使ったもので洗髪前に頭につけることで、髪が綺麗にまとまるのです!」
「俺は頭を洗えればそれでいいし」
サクラノは「そうですかー」としょんぼりした。
彼女の言うとおり良い物なんだろうけどな、と門番は苦笑する。
魔王を探すという(門番は魔王の空蝉を倒したと思っている)長旅だから、所持品は厳選したいのもある。
だがそれ以上に、倭族の話には迂闊にのっかれなかったのだ。
ここ最近のサクラノの台詞がこれだ。
『師匠ー。倭族にはツワモノがいっぱいおりますよー』
『師匠ー。倭族にはよき武器がいっぱいありますよー』
『師匠ー。倭族社会で楽しい楽しい、イクサバ生活を送りましょうー』
次の行き先がまだ決まっていないので、サクラノはここぞとばかりに倭族の国を推してきた。ほぼ直接的に誘ってくることもある。
(倭族な……倭族なあ)
門番はできれば避けたかった。
サクラノの話では女子供も武器を持つし、常に群雄割拠だという。
倭族、と国の名前がないのも土地が絶えず内乱状態だからだ。
そのときの権力者で国名が変わるし、誤って以前の国名を呼んでしまった外交官が、無礼千万とあわや斬り捨てられそうになった話を小耳に挟んだこともある。
一応、倭族の国だから『倭国』と通称はあるのだが。
なんか色々と面倒なので『倭族』『倭族の国』『倭族んところ』、口が悪い者だと『蛮族の大地』なんて呼ぶ始末。
危険は承知の旅ではあるが、門番はあきらかな鉄火場は避けたかった。
(うーん……。倭族の国に行くとしても、きちんと心構えができてからだな……)
門番はそう素直に伝えることにした。
「サクラノ、あのさ。倭族行きなんだけどさ」
「はい、なんでしょうか!」
サクラノは『行く気になりましたか』と瞳を輝かせた。
門番は、慎重に言葉を選ぶ。
「……オレがきちんと向き合う準備ができたらさ。サクラノの家族と顔を合わせに、倭族の国に行くよ」
師匠としてご挨拶せねばと、門番も思ってはいた。
「へっ……⁉」
サクラノは驚いたように目をあけて、見るまに耳まで赤くなる。
「し、師匠、それはつまり……?」
「お。あっちで良さそうな毛布が売っているな。寝巻に使えそうだ」
「師匠⁉ し、師匠ー、待ってくださいー!」
サクラノは顔面真っ赤になりながらも門番を追いかける。
こうして、無自覚にも勘違いが一つ増えたとかなんとか。
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オマケSSです(店舗特典SSとは別です)。
発売日までに何話か投稿していくやもです。
1月15日(月)に「ただの門番、実は最強だと気づかない①」がサーガフォレスト様より書籍が発売します。
書店などで見かけた際は、お手にとっていただけると嬉しいです!
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