最終話 新たなる勘違いのはじまり

「……ようこそ、王都グレンディーアへ」


 門番の声が、大通りで聞こえる。

 大昔、勇者と魔王が激戦を繰りひろげた場所は、今や王都となっていた。


 荷馬車はひっきりなしに行き交い、商店が建ちならぶ大通りは花が彩っていて、街いく人の表情も明るい。


 騒動はあったものの、失った明るさを取り戻そうと王都の民は連日大はしゃぎ。

 建国300年周年記念もきちんと行われる予定だ。


 地下であらわれた魔王分身体に関しては、民には伏せておくらしい。

 魔王は完全に消滅したらしいが、悪戯に不安を煽りたくないとのこと。まさか王直々にそうお願いされては秘密にするしかなく、俺だって民の平和を優先したかった。


 さて、この華やかさを取りもどした王都で、俺はどんな登場人物になったと思う?


 白銀の鎧に身をまとった近衛兵。

 豪奢な貴族。知的な学者。平和を謳歌している市民たち。

 俺は、そのどれでもなかった。


「……ようこそ、王都グレンディーアへ」


 この門番は俺じゃない。


 ケビンだ。

 兵士になったケビンが、門番として働いていた。


「くぉらケビン! 声が小さい!」


 兵士長が怒鳴った。


「す、すいません……」

「謝る前にやることがあるだろーが!」

「ようこそ、王都グレンディーアへ‼‼‼」


 ケビンは叫びすぎて声が裏返る。

 貴婦人たちにクスクスと笑われ、面白い玩具だと思ったのか悪ガキに尻を蹴飛ばされていた。


「こ、このガキ……」

「ケビン‼‼‼」

「ようこそ、王都グレンディーアへ!」


 俺がシャール公爵にお願いした、たった一つの条件。


 それは『ケビンがただの兵士として、一生涯を国に捧げる』ことだ。


 これからケビンはただの兵士として、国を、民を守り続けることだろう。

 兵士長が厳しく指導すると言っていたが……前途多難のようだ。


 と、兵士姿のグーネルとザキがやってくる。


「ケビンー、巡回が終わったから手伝うよー」


 グーネルは他に行くところがないからと、ケビンと同じ兵士になった。色んなところでコキ使われながらも、がんばっているらしい。

 ザキも坊ちゃまを今度こそ本当に支えると兵士になったが、彼は他の兵に慕われているとかなんとか。


「「「ようこそ、王都グレンディーアへ!」」」


 3人のハキハキとした声が大通りに響いた。


 ……ケビンがこの先どうなるかはわからないが、真面目に勤めていればいずれ改心するかもしれない。

 仲間も、いることのようだし。


「……行くか」


 俺は遠くにいる兵士長にぺこりと頭を下げてから、門をくぐっていった。


 〇


 以前は逃げるように旅立った王都。

 今度は、自分の意思で旅立つからか足取りが軽い。


 うす暗い門を抜けた先は、明るい大平原が広がっていて、そして――俺の仲間たちが待っていた。


「師匠ー待ちましたよー」

「遅いぞ、兄様」

「も、もう準備はいいの……先輩?」


 サクラノとメメナとハミィ。


 俺たちはこれから真の魔王を探す旅にでる。


 王都から魔王分身体がいなくなったとはいえ、真の魔王がいるのなら危機は去っていない。

 王族や貴族からは残って欲しいとも言われたが、丁寧に断っている。


 分身体とはいえ、間近で見たのは俺たちぐらいだ。

 民のためにも行くしかない。

 これから長く険しい旅になるかもしれないのに、3人が一緒についてきてくれるなんて……本当に感謝しかないなと、目頭が熱くなる。


 その3人は、円陣を組んでゴニョゴニョ相談しあっていた。

 仲がいいなあ。


「本当に勘違いさせたままでよかったのでしょうか?

 師匠、貴族どころか王直々に歓迎すると言われたのですよね?」

「まー、兄様は勇者として王都で歓迎されるじゃろうなあー」

「先輩……け、賢者で勇者なんてすごい……。

 そ、それなのに、王族たちは……先輩の旅立ちをよく許してくれたわね?」

「そこはワシらビビット族の政治力をちょこっと使って。

 あとは兄様本人の意思が決め手じゃな。

 兄様は貴族社会にいても政治利用されそうじゃし、旅立つ方が幸せじゃよ」


 一度話が途切れる。

 

「では……師匠にはまだ自覚させない方針で……」

「うむうむ♪ これで安心して兄様の子種をいただけるな、二人共♪」

「こ、子種⁉ わ、わたしは別に……」

「せ、先輩の子種……」

「恥ずかしがることないじゃろー。ワシの息子……今は娘じゃが、めちゃめちゃがっついておるぞ。

 素直になればええんじゃよ」


 ん?

 話は終わったのかな?


 ……なんか3人、特にサクラノとハミィから熱い視線を感じる。

 それも下半身に。


「お、おーい、もういいのかー?」


 俺がそう呼びかけると、サクラノとハミィが顔を真っ赤にして「「ひゃわ!」」と叫んだ。

 メメナが嬉しそうにニコニコしているし、よくわからん。


 なんだろなーと思っていると、サクラノが咳払いしながらやってきた。


「は、はい! 大丈夫です師匠! 大丈夫ですとも! 大丈夫です!」

「そ、そうか、大丈夫なんだな」


 大丈夫を念押しされた。

 サクラノたちには改めて礼を言っておくか。


「……俺の旅に付き合ってくれてありがとな。長い旅になるかもしれないのにさ」

「それは、だってわたしは師匠の弟子ですし……! 長旅になれば機会が……!」

「機会?」


 サクラノはボッと顔を赤くしてから、ぶんぶんと首をふった。

 そして彼女は頬を両手でバチコーンと叩いて、気合を入れる。


「わたし! 狡噛サクラノは師匠の弟子です!

 弟子が師匠の旅についていかないなんて、ありえません!」


 力強く、まっすぐに言われて、俺は胸が熱くなる。


「……ありがとう。これからもよろしくな、サクラノ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします! !」

「―――」

「ダン師匠?」

「あ、いや……サクラノ、初めて俺の名前を呼んだなって……」


 教えたことはあるのだが、一度たりとも呼ばれたことはなかった。

 サクラノ自身も不思議そうにしている。


「? そういえばそうですね……教えていただいたのに……。

 雰囲気が変わったからでしょうか?」

「雰囲気?」

「以前より凛々しくなったと申しますか、顔がハッキリ印象に残るといいますか。

 お顔がとても……」


 サクラノはじーっと俺の顔を見つめて、顔を赤くする。

 そして顔をぶんぶんと左右にまたふった。忙しい子だ。


「ダン師匠。名前を呼んで欲しいのなら、そう言っていただければ……」

「い、いやまあいいんだ。好きにしてくれてさ」


 俺はちょっと頬が熱くなる。


 ダン=リューゲル。

 大昔、魔王を倒した勇者と同姓同名で、名乗るのちょっと恥ずかしいんだよな……。いかに村のしきたりとはいえ……。


 モブみたいな奴が勇者と同じ名前?


 そう、からかわれたくもなかったし。


「ダン兄様ー、そろそろ馬車の時間じゃぞー?」

「ダ、ダン先輩ー、ゆ、ゆっくり徒歩の旅でも、ハミィ的にはかまわないかもー……」


 メメナもハミィも俺の名前を呼んでくれている。


 なにキッカケなのか。

 俺たちが本当の仲間になれたからとか?


 うーんと俺が考えこんでいると、サクラノが俺の言葉を待っていた。


「行こうか、サクラノ」

「はい! ダン師匠!」


 サクラノは変わらない笑顔で応えてくれた。


 これから俺たちは真の魔王を探す旅路がはじまる。

 さあ、勇者ダン=リューゲルの冒険のはじまりだ!




 なーんて。

 勘違い発言してみた。

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