第50話 ただの門番、勘違いを重ねる
「ああ、そうさ!
これはお前を倒すため女神より授かった……必勝アイテムだ!」
俺は蓋をバキリと割る。
そして、薬を頭からぶっかけた。
どこからか『このアンポンタン~~~‼‼‼ 女神の涙は飲み薬ですよっ!』とキルリの声が聞こえた気がするが、女神がこの場にいるはずない。疲れているのかな。
俺が女神の薬をぶっかけたのを見て、自称魔王ヴァルボロスは無言でいた。
『……』
が、すぐに爆笑しはじめた。
『……くははははははははははっ!』
「なにがおかしい?」
俺は静かに言った。
『おかしいに決まっておる! 貴様は万に一つの勝ち目をドブに捨てたのだ!
女神の涙を頭から浴びるとは!
女神め! 愚物の中でも一番の阿呆に渡したとみえる!』
「……そうか、お前には見えないようだな」
『はーぁ?』
「俺から迸る、この圧倒的なオーラを!」
『いや見えんが?』
見えないのか。
いや俺も見えないが。
なんかさ。出ている気がするんだ。
オーラ。
だって、女神特性の薬を使ったわけだしさ。
「お前にはわからないようだな。
民や! 仲間を想うがゆえに発現した、この力を……!」
『……貴様の仲間、まーたはじまったーみたいな曖昧な笑みでいるが?』
俺は三人娘に視線をやる。
「師匠……!」
「兄様……!」
「先輩……!」
三人とも微笑んでいた。
そんなあなたが素敵ですよー。
そう言いたげな、温かい笑みだ。
ふふっ、三人との絆を感じるなあ。
「下水道でこもっていたお前には、この絆の力がわかるまい! 憐れな奴め!」
『我のほうが憐れんでいるが?』
俺は人と人の繋がりがわからぬ憐れな魔物に、黒銀の剣をかまえてやる。
「行くぞ、自称魔王!」
『ふん……まあ、せいぜい嬲って殺してや――』
自称魔王ヴァルボロスの右腕がふっとんだ。
なぜなら俺がめっちゃ早く駆けて、ズバーッと斬ったのだ。
『なんだと……?』
「万に一つの勝ち目がなくなったのはお前だ! 自称魔王!」
『馬鹿な⁉ 薬の効果があるはずが……!』
「お前の勘違いだよ!」
どこからか女神キルリの『あ。はい。思いこみでリミッター外れて、なんかさらに強くなったみたいだし。別にそれでいいです』みたいな幻聴が聞こえた気がした。
薬の副作用だろうか。
劇薬でもあるみたいだしな。
『おのれ愚物が! 調子にのるでな――』
「これで! 終わりだあああああ!」
俺は二度目のこれで終わりだ斬をお見舞いする。
薬のおかげで身体能力が向上していた俺は、ワープさせる間もなく斬り倒した。
『く、くくっ……やるではないか!
だが、これで終わりではない! 我が真の力を見せてやろう!』
「これで! 終わりだあああああ!」
三度目のこれで終わりだ斬。
なんか姿が変わる前にズバシューッと斬っておいた。
『ふ、ふざけるなよ、愚物……! 変化前だろうが!』
「たいして力が変わらなさそうだし、今斬っても変わらんだろ」
『こ、この我を侮辱しおってえええええ!
ええいっ、こうなれば貴様だけでも殺してやる! 我に施した最終封印を解く!』
「これで! 終わりだあああああ!」
四度目のこれで終わりだ斬。
ズバシューッと斬っておいたらさすがにもう体力が尽きたのか、自称魔王ヴァルボロスは『ぐおええええ!』と叫んで地に伏せる。
全身から煙を噴きだして、消滅しかかっていた。
勝った……。
無駄に耐久力と回避力があるボスだったなあ……。
さすがにもう新しいボスはいないよな?
……うん、大丈夫みたいだ。
「みんなー、下水道掃除はこれで終わりみたいだー。
メメナー、ダンジョン収束しそうー?」
「……魔素が薄れていっておるー。もう大丈夫みたいじゃー」
メメナはさすが兄様じゃのうと苦笑していた。
よかったよかった。
これで王都の町にも平和がおとずれる。
俺が胸をなでおろしていると、自称魔王が怨嗟の声をしぼりだした。
『……これで終わりだと思うなよ、愚物共が』
「……どういうことだ?」
表情を強張らせた俺が嬉しいのか、自称魔王はくぐもった笑い声をあげる。
『くくくっ……我を人の悪意を貪る魔物だ。
何度倒され、封じこめようとも、我が負けを認めぬかぎり無意味よ』
「なんだって⁉」
『くくくっ』
「つまりどーゆーことなんだ⁉」
『……貴様にわかりやすく言うとだな。
我を倒したところで何度も蘇り、貴様ら愚物を皆殺しにしてやるということだ』
な、何度も復活するなんて、そんなの反則じゃないか⁉
世界の法則に反するなんて……そんな魔物がこの世に存在するのか……。
まさか、本当に魔王なのか……?
なんでそんなのが王都の下水道にいたんだ?
……いや待てよ。
もし魔王で、あることは間違いないのだとしたら……?
そうか、そうだったんだ。
そうだとしたら辻妻があうな。
俺はピピーンと閃いた。
いつもの……直感だ!
「みんな、こいつの正体がわかったぞ!」
『……ハア?』
俺は腕を組みながら人差し指を立てて、ツカツカと広間を歩きだす。
賢そうな雰囲気をかもしつつ、俺はみんなに語りだした。
「おかしいと思ったんだ……。
コイツは魔王と言い張るわりに、たいして強くない」
『ハアアアァ……⁉ 貴様なにを言いだすんだ⁉』
自称魔王はぷるぷると震えている。
俺の言葉に、サクラノが複雑な笑みで手をあげてきた。
「師匠ー、もしかして、さっきの薬は必要なかった感じですか?」
「効果はあったよ。
コイツ下水道のボスに相応しく、ちょっと強かったけど。
ただ、ま、薬がなくても倒せたな」
『この我が……ちょっと強かった程度だと……?』
図星を指されて悔しいのかな?
あるいは本人が気づいていない可能性もあるのか。
メメナはクスクスと笑いながらたずねてきた。
「して兄様、こやつの正体とは? その様子じゃと確信があるのじゃろう?」
「こいつは魔王だ。魔王にちがいない。
『おい、なにを言っておる? なにをふざけたことを……!』
……やはり気づいていないようだ。
俺はほんのちょっぴりだけ憐れみながら正体を言ってやる。
「コイツは魔王の空蝉とか、分身体みたいな奴なんだよ‼‼‼」
『はあああああああああああああ⁉』
魔王分身体(仮)は絶叫した。
ハミィは肩をちぢこませながら、おそるおそるたずねてくる。
「じゃ、じゃあ……もしかして、他に魔王がいるの……?」
「だと思う。コイツも魔王らしく立ち居振る舞っているが、あくまで分身体。
ここで騒動を起こして注目を集めるのが役割なんだよ。
ほら物語でもよくあるじゃん。弱体化した空蝉として登場し、序盤の主人公たちを翻弄する敵役。コイツがそうなんだ!」
「そ、そんな……真の魔王がいて、もう蘇っているだなんて……!」
「蘇っているかはわからない……。
コイツで復活の時間稼ぎをしているかもしれないな」
『魔王は蘇っただろうが! ここには阿呆しかいないのか⁉』
なるほど、自分が真の魔王だと思いこまされているらしい。
俺の話に、ハミィは顔面真っ青だ。
そんな彼女にサクラノとメメナが耳打ちする。
するとハミィは「なーんだ」と言って、安心した表情になっていた。
……二人はなにを言ったんだろう?
まあいいか。
「魔王分身体……お前が復活することはない。なにせ分身体だからな」
『我は本物だ! 分身体などおらん!』
「だーかーらー、魔王が王都の下水道にいるわけないだろ!
だいたい兵士……それもただの門番に負ける魔王がこの世に存在する? いないって!」
『貴様がただの門番……? 貴様さっきも同じことを……待て、さては盛大な勘違いしているだろう⁉
女神の涙の件といい、さては思いこみの強い阿呆だな⁉
女ども言ってやれ! この阿呆に勘違い野郎だと!』
魔王分身体にそう叫ばれて、女子三人は円陣を組んでゴニョゴニョと相談をはじめた。
「どうしましょう……。師匠もいい加減自覚してもいいかも……」
「しかしじゃな、魔王を倒したともなれば……誰も放っておかんて」
「せ、先輩と離れ離れになっちゃう……?」
相談が終わったのか三人は円陣を解く。
そしてサクラノが率先して聞いてきた。
「師匠ー。もし真の魔王がいるなら、どうするつもりですかー?」
「……この件に関わった以上、半端はできない。
だから旅に出るかな。魔王討伐とはいかないまでも、居場所を探るつもりだよ」
俺がそう言うと、三人は魔王分身体に言い放った。
「師匠はただの門番です!」
「うむ! 兄様はどこにでもいる、お人じゃ!」
「せ、先輩に負けたからって、じ、自分を大きく見せるなんて最低ね……!」
三人に猛烈に非難されて、魔王分身体は呆然としていた。
奴の全身から噴きでている煙の量も増えている。
『バカな……ありえぬ……。我がこんな呆気なく……阿呆どもに……』
「魔王分身体……」
俺は地に伏せた奴に歩み寄り、目の前で膝をつく。
「……自分が魔王じゃない。そう認めたくない気持ちもわかる」
『…………』
「自分が偽物だなんて認めたくないだろう。
自分こそが魔王だって思いたい気持ちはわからなくもない。
だがな、勘違いは誰にだってあるもんだ。自分が強いと勘違いしたり、偉いと勘違いしたり……もしかしたらその逆もあるのかもしれないが」
俺は言葉に力がだんだんと入ってくる。
「本当の自分と向き合ってこそ、初めて得る強さがあるんじゃあないのか?
それができないからこそ……お前は、ただの門番である俺に負けたんだ」
ボキリと、心が折れるような音がした。
魔王分身体はしゅわわわわーと、どんどん煙になっている。
『嫌だ……我は……魔王で……我は……こんな奴に負けたなんて……』
「さようなら魔王分身体。下水道のボスとして、ちょっと強かったよ」
『く、くはははは……、くははははははー………………こんな奴がいる世界など……二度と関わるものか…………』
そうして、魔王分身体はかき消えた。
終わった……今度こそ本当に。
俺は立ちあがり、みんなに笑顔を向ける。
「みんな、帰ろう!」
「は、はい!」「う、うむ!」「う、うん!」
三人は、なんだか結託したような笑顔を返してくれた。
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