第49話 ただの門番、勘違いする

『――ほう。我の元まで辿り着く者がこの時代でもおるか』


 空間が渦を描くように歪みはじめる。

 澱んだ空気が広間に充満した。


 ビキリッと亀裂音が鳴ると、空間が縦に裂け、おぞましい指が突き出てくる。

 そして仄暗い洞穴から這いでるように、ソイツは姿をあらわした。


『くくっ、我を前にしても正気を保っていられるか。愚物の中でもマシな連中か』


 2メートルほどの大男だ。


 深紅のローブを頭からすっぽりとかぶり、影で顔はよくわからない。ローブをつき破って鹿のような角が生えていて、全身をさらに大きく見せている。

 不気味な紫色のオーラが全身から迸っており、大男は空中に浮いていた。


 っ⁉

 こいつも空中で踏んばれる勢か⁉


『声も出ぬようだな。少しは楽し――』

「その首もらったあああああああ!」


 サクラノが突貫していった。

 いつものことで俺もすっかり慣れていた。


『チッ‼』


 怪しい男は上昇して、回避する。


『おのれ愚物共! 我がまだ話していただろうが!』

「これで! 終わりだあああああ!」


 サクラノにつづいて突貫していた俺は、空に跳ねあがる。


 そして、剣をまっすぐに斬り下ろした。

 なぜならボスっぽい奴をさっさと倒して、宿に帰ってのんびりしたかったからだ。


 しかし俺の剣は空ぶった。

 怪しい男は一瞬でワープして、上空から俺たちを見下ろす。


『終わりだ、じゃないわ! 愚物共! まだなにも始まっとらん!』

「そっちの都合など知らん! 俺はさっさとボスを倒して宿でのんびりしたいんだ!」

『はっ! 愚物の癖に煽りおる!』

「?」

『なんだその反応……まさか本気で言ったのか⁉

 き、貴様ああぁ! 愚物の分際で我を侮るか!

 ……だから勝手に始めるでない! そこのエルフと獣人!』


 メメナとハミィもさりげなく攻撃をしかけようとしていたので、怪しい男は牽制した。


 なんか慌ただしいボスっぽい奴だな……。

 さっさと倒されてくれないかな……。


『……ふんっ、ようやく大人しくなったか愚物共。最近の愚物は全員こうなのか?

 まあいいわ。我の名を聞けば恐れるだろう』


 怪しい男はグチグチ言ったあと、両腕を大きく広げた。


『我が名はヴァルボロス! 数百年前、勇者にこの地に封印された魔王である!

 キサマラ愚物を皆殺しにするために蘇ったぞおおお!』


 自称魔王はふはははーと高笑いした。


『くははっ! 怖くて声もでんかっ、愚物共!』

「ふざけんな‼」

『は?』

「魔王が王都の下水道にいるわけないだろうが‼ 馬鹿にするなよ⁉」

『はあああ⁉ 貴様、伝承を聞いておらんのか⁉』

「王都が勇者と魔王の決戦地なのは知ってるよ!

 でも魔王を封印した地に王都を築くわけないだろう! 安全構造上の問題を考えろ!」

『それは愚物共の心の光で、我を永久封印するつもりで……!

 ええいっ、もうよい! 貴様と話すだけ時間の無駄だ! 死ねぃ‼‼‼』


 自称魔王は人差し指をクンと持ちあげた。


 すると俺の足元に魔方陣が描かれて、暗黒の炎がたちのぼる。


「――うわああああああああ⁉⁉⁉」

「師匠⁉」「兄様⁉」「先輩⁉」

『くはははっ、魂すら燃やす暗黒の炎だ! 死んでもなお苦しむがよい……なに?』


 自称魔王ヴァルボロスは戸惑っていた。


 それはそうだろう。

 暗黒の炎が消え去っても、俺が無事に立っていれば。


「ふう……焦ったあ。聖鉄の鎧がなければ危ないところだった……」

「師匠ー……鎧は関係ないと思うのですがー……」

「いやいや、やっぱり良い鎧は全然違うよ。防御力が桁違いにあがっているって」


 俺は物の違いのわかる人間みたいに言った。


「けど全身を庇いきれない……いえ、師匠がそう思うのならそうだと思います!」


 サクラノはなんだか無理やりに笑った。


 聖鉄の鎧の防御力に認識を改めたのか、自称魔王の声色が変わる。


『……ただの愚物ではないようだな』

「ああ、俺はただの門番だ」

『門番?』

「それはだな――」

『ああ、もういい。貴様と話すだけで疲れそうだ。

 貴様からは勇者と女神の気配がするし、おおかた縁者だろう。チッ……こんな阿呆が当代か……』


 勇者と女神?

 女神はキルリのことだろうが、俺、勇者と関わり合いあったっけ?

 なんかこの自称魔王は勘違いしているみたいだなー。


『……余興は終わりだ、愚物共。悔いがあるならば今の内に無様に叫んでおけ。

 我が多少なりとも笑えたら、手足をもぎながらゆっくりと殺してやろうぞ』


 自称魔王はゆったりと空中で漂いはじめる。

 強者っぽいたたずまいに、俺はさすがに強者かなーと思いはじめていた。


 俺は黒銀の剣をかまえる。

 サクラノもメメナもハミィも戦闘態勢だ。


 ……すっごく、最終決戦っぽい雰囲気だ。


 まさか下水道掃除をしにきて、こんな戦いになるなんて思わなかったな。

 俺の中にも戦士の心意気があるようで、剣を強く握りしめながら叫んだ。


「来い! 自称魔王ヴァルボロス!」

『~~~~~~~~~っ! 貴様の魂だけは残して、永遠に苦しめてやるわ!』


 自称魔王が人差し指をふるうと、俺の足元に魔方陣が描かれた。


 さっきの攻撃だ!

 俺は暗黒の炎をひょーいと避けてやる。


『チッ!』


 自称魔王は、今度は両手をゆったりと動かした。


 俺の行く先々に魔方陣が描かれたので、ぴょいーんひょーいと避けてやる。

 ゴオオオオと暗黒の炎が連続で迸っていた。


 あっぶねー。

 あの炎、まあまあ痛いんだよな。さっさと仕留めよう。


 俺はヴァルボロスに駆けて行き、黒銀の剣をふるう。


「⁉」


 また空ぶった。

 例のワープだ。


 俺の背後に回った自称魔王は暗黒の槍を放ってくる。

 避けきれず、俺の背中に直撃した。


「っ~~!」


 槍の勢いそのままに、俺は壁に叩きつけられる。


「師匠⁉」

「大丈夫! まだ闘える!」


 いってー。

 さすがに舐めてかかりすぎたか。


 初めて下水道に来たときは苦労しっぱなしだった。

 その初心を忘れていたかもしれない。


 俺は一から学ぶつもりで自称魔王と改めて対峙する。

 よっし、相手の動きをよく見よう。


「ふうううううううううう……」


 深呼吸し、そして再度駆けた。


 先より早く、ずっと早く。

 地を這いながら奴の魔術を避けつづけ、壁を走り、天井も駆けつづけて、全方位から奴を観察しつづける。


 上空から首を狙った俺の一撃は、またもワープで回避される。


 俺はタイミングを見計らって、背後に剣をふるった。

 ガキンッと、奴の腕と俺の剣が火花を散らした。


『くははっ! 愚物が粘るではないか!』

「お前、本当にただの下水道のボスか⁉」

『……強がりはそれまでだ! お前はこのまま成すすべもなく死ぬのだ!』

「くっ⁉」


 俺は眉をひそめた。


 ……どうしよう。

 普通に倒せるけど、時間がかかるなコレ。


 ワープがめんどくさいだけだ。他は大したことない。

 でもマジで時間がかかる。あと一日ぐらいはかかりそうだ。

 今日はいっぱい働いたし、早く宿に行って、みんなとゆっくり休みたいんだが。


『泣き叫べ! 命乞いをしろ! 我を少しは楽しませろっ、愚物!』


 ……女神の涙を使うか?

 ちょっとは強いみたいだし、時間がかかるなら一気にケリをつけたい。


 でも貴重品を使うのはなあ……。

 俺、貴重品は最後まで残しておきたい人間だし……。


『どうしたどうした! もう声も出ぬか!』

「師匠!」「兄様!」「先輩!」


 三人の叫びが届いた。

 半日以上、下水道でモンスターを狩りつづけて疲れているだろうに、今もがんばって俺を援護してくれている。


 ……そうだよ、みんなと無事に帰ることが大事なんだ。

 避難した民が、早く安心して帰ってこれるようにするのが大事なんだ。


 ケチっている場合じゃあ、ないよな?


 俺はふっと笑う。

 そして自称魔王に一太刀ふるい、再度火花を散らしたあと、俺は大きく距離をとった。


『くくく、死の足音が聞こえてきたようだな。

 顔は平静を装っているが、怯えの感情が伝わってくるぞ』


 自称魔王は無視して、俺は腰カバンから女神の涙を取りだした。


『そ、それは……女神の涙だと⁉』


 ん? 知っているのか?

 けっこー有名な薬?


 まあいいや。

 なんだか焦っているようなので、俺は煽る意味も含めて脅してやる。


「ああ、そうさ!

 これはお前を倒すため女神より授かった……必勝アイテムだ!」


 俺は蓋をバキリと割る。

 そして、薬を頭からぶっかけた。


 どこからか『このアンポンタン~~~‼‼‼ 女神の涙は飲み薬ですよっ!』とキルリの声が聞こえた気がする――

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