第45話 ただの門番、王都に帰還する

 王都グレンディーア。

 数百年前、勇者と魔王の最終決戦が行われた地は、今は平和を象徴する都として繁栄しており、城壁が敵の侵入を防ぐように王都全体を取り囲んでいる。


 山のようにそびえ立つ城壁を見あげ、俺は王都での日々を思い出した。

 毎日がめまぐるしくて、慌ただしくて。

 一人一人の人生がぎゅうぎゅうに詰まったかのような場所だ。


 俺のような印象うっすい人間は、なかなか顔を覚えてもらえなくて大変だったんだよな。


 ……同僚も、結局俺の名前を覚えずじまいだったんじゃないかなー。

 ……俺はちょっと哀愁を感じながら一般用の門をくぐる。


 門をくぐった先はすぐ大通りだ。


『ようこそ、王都グレンディーアへ!』


 と、門番が声をかけてくれるだろう。


 以前は俺の仕事だっただけに、ちょっと奇妙な気分だ。

 今は誰がやっているのかなあ。


 そうして門をくぐり終えて、俺は我が目を疑った。


 昼なのに、町は閑散としていたからだ。


「え……?」


 声をかけてくる兵士どころか、民がいない。

 昼夜問わず華やかな大通りは、気味が悪いぐらいにがらーんとしている。

 いや、チラホラと兵士が巡回しているが、肝心の守るべき民がいない。


 俺が呆然と立ち尽くしていると、サクラノが声をかけていた。


「師匠ー。建物はいっぱい並んでいますが、人が全然いませんね」

「い、いつもは人で賑わっているんだが……」

「みんなでお引越しでもしたんでしょうか?」


 そんな馬鹿なと言いたいが、たしかにそうとしか思えない閑散っぷりだ。

 俺が困惑していると、ハミィががたがたと震えていた。


「ま、まさか……。せ、せ、世界滅亡の前触れ……?」


 全力で悪い方向に考えたらしい。

 メメナがそんなハミィの背中を優しくさすりながら俺に言った。


「兄様、荷馬車を借りる前に、屯所で状況を聞きに行くのはどうじゃ?」

「そうだな……。さすがにこのまま王都を素通りして行くのもな……」


 慣れ親しんだ王都の様変わりに、俺は動揺を隠せなかった。

 あの貴族の子弟に会う前にさっさと荷馬車に乗りたかったが、そういうわけにもいかないか。


 と、俺は視線を感じとる。

 数人の兵士たちが紙を手に持ちながら、俺をチラチラ見つめていた。


「あいつか……?」

「わからん。人相書きも特徴ないし……」

「印象うっすい奴なんだろ? モブっもぽいし、それっぽくないか?」

「とりあえず屯所に連行するか……?」


 ヒソヒソと話し合っている。

 俺が剣呑な空気を肌で感じていると、彼らを押しわけて一人の兵士が駆け寄ってくる。


「おーい! オレだ! 無事だったか!」

「あ……。兵士長……っ!」


 俺は見慣れた人物に、自然と表情が明るくなる。


 兵士長は王都で俺をなにかと面倒見てくれ人だ。

 世間の常識だけでなく、色んな性癖についても兵士長から教わっている。『小さな女の子へ母のように接したい性癖』は持つ兵士長は、俺の前まで急いでやってきた。


「王都に戻ってきたのか!」

「ご無沙汰しております」


 俺はぺこりと頭を下げる。


「元気にやっとるようだな」

「兄様、この方は?」


 メメナが俺にたずねてきた。

 既婚者でもある兵士長は『理想の幼い少女を見つけた』みたいな表情で固まっていた。


「兵士長だよ。俺が王都にいたときお世話になった人」

「それはそれは、兄様がお世話になりました」


 丁寧におじぎをしたメメナに、理想の幼い少女を見つけたみたいな表情の兵士長は、ぶるんぶるんと頭をふった。


「出会いに恵まれたみたいだな。うらやま……いや、結構なことだ」


 兵士長の言葉は妙な含みがあった。


「ええ、俺にはもったいない仲間です」

「……そうか、心配していたが立派にやっていたようだな」

「ところで兵士長、町の様子がおかしいのですが」

「あ、ああ……」


 兵士長は民のいない大通りを見渡してから、重々しく告げる。


「王都の下水道がダンジョン化してな……」

「えっ⁉ だ、大丈夫なんですか⁉」

「モンスターはまだ地上に這いあがってきてはいないが、かなり広範囲にわたってダンジョン化しているらしい……」

「そ、そんなことが……」

「民は緊急避難させた。彼らは今、大平原に設営した避難区域や、近隣の町に疎開してもらっている。オレたち兵士は、まだ町に残る者を守っている最中だ」


 王都に襲いかかった危機に俺は唖然としていたが、とある約束を思い出した。


「下水道のモンスター討伐。誰もしなかったんですか……?」

「……お前に頼まれたとおり、ケビンの野郎に依頼をだした。

 モンスターは全部退治したと報告はされたよ」

「だったらなんで……」


 きちんと討伐はしたらしい。

 あれだけ自信満々に、むしろ俺たち兵士を見下しながら言ったんだ。

 それぐらいやってもらわなきゃ困る。


 すると兵士長は苛立ったように頭をかいた。


「……あの野郎、嘘をつきやがってな。実際は討伐してなかったんだ」

「はい⁉ な、なんで……⁉」

「下水道のモンスターに無様に負けたことを知られたくなかったんだとよ。

 奴のお仲間二人は病院だし、状況を語れるのはアイツだけ。おかげで発見が遅れてこのザマだ」


 ふざけた事実に、俺は怒りがこみあげた。


 あれだけ俺や兵士長を馬鹿にしておいて負けた……だと?

 負けることは誰にだってある。それは許そう。

 だけどいくら雑魚モンスターとはいえ、湧いているのを放置して、さらには黙っていたことは許せない。


 兵士の仕事を舐めてるのか。


「……お前の気持ちもわかる。オレだってめちゃくちゃ腹が立っている」

「……兵士長」

「それで、なんだがな――」


 兵士長が俺になにか大事なことを告げようとしたときだ。


 兵士たちが、ガチャガチャと装備を鳴らしながらやってくる。

 俺たちはあっというまに十数名の兵士に取り囲まれて、一番体格の良い兵士が俺に向かって叫ぶ。


「こいつだ! こいつが例の男だ!」

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