第46話 ただの門番、今さら遅いですがと貴族に謝罪される

 兵士に連れられて、俺は立派な中庭がある屋敷までやってきた。


 どうも俺たちに危害を加えたいわけじゃなく、至急訪ねて欲しい場所があるとのこと。

 兵士たちから『お願いだからどこにも行かないで』ともお願いされて、かなり面食らった。というかサクラノが兵士に危害を加えかけたので、俺が慌てたぐらいだ。


 豪奢な内装が施された屋敷は、俺が今まで見たこともないぐらい華やかだ。

 しかし重装備の兵下たちが、ガチャガチャと忙しなく走り回っている。

 まるで戦場だな。


 サクラノたちは俺のあとを付いてきている。

 ここは、俺に任せてほしいと伝えてはいた。


 案内役の兵士が重々しい扉をあける。

 応接間に通された俺たちは、そこで、初老の男と対面した。


「……シャール公爵」


 俺を王都から追いだしたケビンの父親。

 シャール公爵が、応接間で待っていた。


「私の屋敷までご足労いただいて、申し訳ない。

 本来なら私から訪ねるべきなのだが……立てこんでいてね。兵士たちに不手際はなかっただろうか」

「……急に取り囲まれたので、なにごとかと思いましたよ」


 サクラノが暴れかけたので本当にヒヤヒヤした。


「事態は急を要するのでね。君をもし見かけたら、即急にお連れするよう手配していたんだ」

「……それで、俺になんの用でしょう。シャール公爵」


 俺は訝しみながら言った。


「……私はじきに公爵ではなくなるよ。

 事態の責任をとるため、降爵となった」


 シャール公爵は隣に視線をやる。

 そこには彼の子弟であり、俺が国から出る原因となった、あのケビンが立っていた。


「…………」


 ケビンは無言だった。

 モンスターにやられた怪我が治ってないのか、包帯を巻いている。

 傲慢を形にしたかのような顔つきもすっかり自信がなくなっていて、瞳の光は色褪せていた。


 ……シャール公爵は、息子の不始末の責任をとらされたようだな。


「かけてくれたまえ」


 シャール公爵は、ふかふかのソファを手で差した。


 俺は仲間に待つように目でお願いしてから、一人でソファに座る。

 俺がきちんと座ったのをたしかめてから、シャール公爵が対面に座った。


「王都の下水道がダンジョン化しているのは聞いたかね?」

「はい。……あなたの息子が嘘の報告をしたことも」

「……まったくもってお恥ずかしい。……忸怩たる思いだ」


 息子を完全に見限ったような声色に、ケビンはびくりと反応していた。


「君は……頻繁に下水道のモンスターを狩っていたようだね」

「それが仕事ですから。結構湧きますしね。下水道」

「……ああ、君の報告書も読んだよ。

 ただ、同僚たちからは信じてもらえなかったようだね。『仕事を辞めたいがために、大ボラふいている』なんて思われていたようだ」


 ええ……俺の報告書、そんな風に思われていたのか……。


 いやまあ最初の頃は苦労したし、辞めたい気持ちも多少はあった。

 詳細を書いても周りのみんなは特に慌てる様子もないし、途中からはモンスターを狩りましたぐらいしか書かなくなったが……。


 もしかして、そのことを責められてる?


「もっと上に訴えるべきでした」

「いやいいんだ。おそらく、私でも冗談だと思っただろう」


 モンスターがよく湧くことが?

 いくら雑魚ばかりとはいえ、ちょっと大変だったもんなあ。

 異常事態だったのか。


 シャール公爵は気難しそうに眉をひそめる。


「……どうも、様々な勘違いが積み重なって、今の現状に発展したように思える。

 そして最たる原因は、己のちっぽけなプライドのために君を追放した、愚息のせいだ。

 自分が誰よりも優れている……そんな妄想に憑りつかれた息子を……甘やかした私の責任でもある」


 実の父親に愚息と言いきられても、ケビンはつっ立ったままだ。

 奴は自分の無様っぷりを無感動で受けとめている。そうしなければまともに立ってられないと言わんばかりの態度だ。


 ……下水道のモンスターなんて楽勝だなんて言っておいて。


 俺はケビンを罵倒してやりたい気持ちを抑えて、シャール公爵にたずねた。


「……俺に、いったいなにをさせたいんですか?」

「…………」


 シャール公爵は無言で立ちあがる。


 そして、俺の前で膝をつき、額を床にこすりつけた。


「ちょ⁉」

「今さら遅いと思う! だが……だが……!

 今一度、君の力を王都のために使っていただけないだろうか⁉」

「い、いきなり謝られても……」

「ダンジョン化した下水道は広大だ!

 兵士もがんばっているが、攻略が難航している!

 あの地でたった一人で戦いつづけた者の力が……よく知る者の力が必要なのだ……!

 都合の良い話だと思う! 望みがあれば私の力でなんでも叶えよう!

 その力を王都のために貸していただけないだろうか⁉」


 よほど人手が足りていないのか。

 末端の兵士の俺なんかに、シャール公爵は必死で頼みこんできている。


 息子のケビンはあいからわずつっ立ったままだ。

 父親の土下座に、ありえないといった顔で固まっている。


 ……腹が立つな。


 自分の不始末を父親に押しつけておいて、あいかわらずダンマリか。

 俺も長年住んだ王都を守りたい気持ちはあるし、下水道の雑魚モンスター狩りぐらいいくらでも手伝おう。


 だけど、このまま首をスンナリ縦にふるのはダメな気がした。


 俺はすううううと怒りを腹におしこめながら、シャール公爵に告げる。


「かまいませんよ」

「おおっ⁉ では⁉」

「言ってくれ! なんだね⁉」

「それは――」


 俺は、ただ一つの条件を述べた。


 ケビンの顔がどんどん青ざめる。

 条件を聞いていたシャール公爵は顔をあげて、あっさりとうなずいた。


「かまわない。息子の人生一つで、民が守れるのならば安いものだ」

「なっ⁉」


 ケビンが初めて大声をあげたが、それまでだ。

 ケビン自身にもはや決定権なんてない。

 それをよくわかっている奴は膝から崩れ落ち、情けなくうなだれた。


「オレは……オレは……オレは……オ、オレは……」


 オレはオレはとつぶやくだけになったケビンに、いささか溜飲が下がる。


 ……これで、俺と奴のケリは終了。

 あとは、俺が兵士の仕事をまっとうするだけだ。


「それじゃあ、王都の平和を守りにいきますか」


 なーんて。

 ただの下水道掃除にかっこうをつけてみたり。

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