第38話 ただの門番、選択する

 自称女神キルリに案内されながら、俺たちは板張りの廊下を歩いていた。


 宿の空気は凛としている。

 ほどよく張りつめた空気は居心地がよい。


 俺がそう感じていれば、キルリが自慢したそうに話しかけてくる。


「どーです! どーです!」

「なにがでしょうか?」

「温泉宿ヴァルーデンは、現世と隔絶された場所にあるんですよーっ。

 良質な気が溜まりやすく、戦士ならばいるだけで心が澄んでいくんですっ」


 あの世的な場所にあるってーことか?


 不意を突くつもりで敵陣に飛びこんだが、かなり危険な場所のようだ。

 俺の背中に冷たい汗が流れるが、どうにか笑顔で応える。


「……そんな場所に呼ばれるなんて、光栄です」

「うひひっ、良い反応です。

 まーぁ? 女神たるこの私のお眼鏡にかなったわけですから?

 それぐらい殊勝な態度でいるのは当然のことですねー」


 キルリはぷすぴーと鼻息を漏らした。


 傲慢なこの態度、やはり女神ではないな?

 気を引きしめた俺とは裏腹に、三人娘の表情は軽い。


「師匠ー、身体の感覚が鋭くなった気がしますー」

「ワシも魔素の調子が良いな。魔導弓を連射できそうじゃのう」

「ハ、ハミィも……今日は大魔術をつかえそう……」


 彼女たちはキルリを少しも疑っていない様子。

 術のせいで、女神に選ばれた勇者クラスの戦士と思いこんでいるみたいだ。たしかに、将来有望な三人だが……。


 どうして俺はキルリを疑えているか……術がかかってないかだが。

 心当たりはある。


 それはやはり、身の丈を知っているからだろう。


 将来有望な彼女たちは違い、俺は自分の現実を知っている。

 自分がめっーーちゃ強い戦士だなんて、勘違いする年齢でもないのだ。


 俺は警戒度をあげていると、キルリが説明をつづける。


「この温泉宿は、英雄・英霊がおとずれる宿ですからねー。

 全ステータスにバフがかかりーの、体力魔力の上限値あがりーの、滞在するだけでお得な術式が組まれているんです。ええ、それはもう手間暇かけましたともっ」


 ⁉

 この宿にはなにかしらの術式が組みこまれているらしい。

 バフだのなんだの甘い言葉だが、実はよくないものなのだろう?


 みんなに早く告げるべきか?

 しかし術者が誰なのかまだわからない。


 敵を欺くなら味方からとも言うし、ここはなにも気づいていないフリをしつづけるか。


 俺は警戒心マックスでいると、キルリが部屋の前で立ち止まる。


 そして、彼女がフスマなるものをあけた先には、タタミなるものが敷きつめられた広間があった。


 風通しのいい部屋で、爽やかな風が頬をなでる。

 キルリはタタミの縁を踏まないようススッと歩いていき、どうですかどうですかといった顔で俺たちに紹介してきた。


「ここが英雄の間でございますっ」


 おそれおののけといった彼女の表情に、俺は合わせる。


「す、すごいですね。部屋の空気がいちだんと澄んでいますっ」

「そーでしょうそーでしょう! この部屋は一番工夫を凝らしていますからねー」


 なにか仕込んでいるのか?


「なんとぅー! 温泉付きのお部屋なんです! ジャジャジャジャーンッ」


 三人娘、特にサクラノが驚いていた。

 サクラノはすごく嬉しそうに部屋を眺めている。故郷を思い出したみたいだ。


 俺はそれとなく探りを入れる。


「でも、それだけじゃないのでしょう?」

「さすが私が見こんだお客様! お目が高い!」


 キルリはここだけの話ですよと言って、声のトーンを下げる。


「実はー、この部屋で一緒にお食事したり、お風呂に入ったりすることで経験値の共有ができる。

 寝食共にするだけで、強くなれる特別な部屋なんですっ」

「そ、そんな便利な部屋なんですね……」


 そんな都合の良い部屋あるわけないだろうが!

 ふざけているのか!


「女神パワーでめっちゃがんばりましたからねー。特注の特注ですよ」


 キルリは自慢げに言ったあと、俺たちを舐めまわすよう見つめてくる。

 ここからが本番だと言いたげな表情に、俺はゴクリと唾を呑みこんだ。


「――それで、お客様。誰と一緒がよいですかぁ?」


 はい?

 言葉の意味がわからず、俺は首をかしげた。

 誰と一緒がよいか?


「すみません、言葉の意味が……」

「そのままの意味ですよー。

 特注の特注部屋ですからねー、効果を発揮するのは二人まで。

 そうですねー……効力を考えれば、お客様と他の誰かとになりますね」


 そう言われて、俺は三人に視線をやる。


 サクラノは『師匠! わ、わたしが一緒に!』と言いたそうにしていたが、恥ずかしそうに目を伏せた。

 ハミィはあわあわと落ち着かない様子。

 メメナは『誰でもいいぞー?』となんだか嬉しそうに微笑んでいた。


 戸惑っていた俺に、キルリが甘い声で告げる。


「もちろんー……成長しますよー?」


 お楽しみ?

 なんのことだ?


 サクラノに視線をやっても、耳まで真っ赤になって答えてくれない。

 ハミィはさらにあわあわしている。

 メメナはそりゃあもう嬉しそうにしていた。


「ふむふむ、それは面白そうじゃのー」

「メメナ?」

兄様にいさまー、それで誰を選ぶんじゃ? 重要な選択だから心してかかるといいぞ♪」


 ……メメナもなにか察しているのか?

 幻影の類いは詳しそうだし、実は俺と同じで騙されているフリをしているのかも。


「お客さまー、誰を選ぶんですぅー?」


 キルリはニマニマと笑っている。


 この自称女神キルリは寝食共にするたけで強くなれると言っているが……。

 この部屋になにかしらの罠が仕掛けられている可能性は高い。


 それに、キルリのお楽しみ発言も気になる。

 彼女にとって楽しいことが、ここで起きるのかも。


 だったら幻影に強そうな少女を選ぶことにしよう。


「メメナだ。


 俺の発言に、メメナが目を丸くして驚いた。

 頬を染めて、ちょっと恥ずかしそうにしている。


「ワ、ワシか……? 普段から煽っていたとはいえ、兄様から求められるとは……。ちょっと驚いたぞ。

 ワシ小さな身体なわけじゃし……うむ、か、かなり驚いた」


 なんだろ、その反応。


 サクラノやハミィは動揺しているというか、この話題に触れていいのか困ったような表情でいる。

 場の微妙な空気に俺が困惑していると、キルリが言った。


「お客様は、その趣味でしたか」


 その趣味ってなに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る