第37話 ただの門番、女神を邪悪な者と勘違いする

 歓迎をうけた俺たちは、温泉宿ヴァルーデンのエントランスまで通される。

 着物姿の女性たちが俺たちの荷物を持とうとしたのが、なんとか断りつつ、宿をぐるりと観察した。


 板張りの廊下はツルツルで、簡素な花が活けられている。

 石が敷きつめられた中庭があり、豪華絢爛とはいわないが風情がある宿だ。


 サクラノ曰く「わたしの国の建物に似ている」らしい。

 タタミなるものもあったとか。


 土足厳禁の建物らしく、俺たちは靴を脱いでからエントランスにあがる。


 金髪糸目の女の子が、ニコニコしながら出迎えた。


「遠路はるばる、おこしやーすっ!」

「はあ……望んできたわけではないのですが……」


 得体のしれない者とわかりつつも、接客業相手に横柄な態度はしづらい。つい敬語になってしまう。


「ご縁があったのでしょうね。ではではー、ゆっくり休んでいってくださいねー」


 糸目の女の子はペコリと頭を下げた。


 怪しい。

 怖いぐらいの美少女だが、どこか作りめいた美貌だ。


 俺はもう率直にたずねた。


「それで一体あなたは何者なんです?」

「私は温泉宿の女将でございますよっ、お客様」


 糸目の女の子はうししと笑う。


「……あの、仲間が怯えているので、変に誤魔化すのはやめてくれませんか」


 俺はハミィに視線をやった。


 ハミィは青白い顔でガタガタ震えている。

 手厚い歓迎に、疑心暗鬼になったのだ。


「ハ、ハミィなんかに……こんなにも手厚い歓迎……。

 ま、まさかハミィ、このまま捕まって、奴隷にされちゃうの……?」


 ガチな怯えっぷりに、糸目の女の子が苦笑した。

 あとサクラノもさりげなーくカタナに手を伸ばしているので、さっさと答えて欲しい。マジで。


「仕方ありませんねー。怯えられるのは私としても不本意ですし」


 糸目の女の子はハフーと鼻息を漏らし、控えめな胸をはる。

 そしてドヤ顔で名乗ってきた。


「私の名はキルリ! 戦士に安らぎを与える、癒しの女神でーーーすっ!

 どーぞどーぞ、いーっぱい刮目してくださいねっ! 女神なんて滅多にお会いできないですよー?」


 え? なに女神?


 残念な子か?

 残念な子なんだろうな……。


 俺がちょっと憐れんでいると、メメナが言及した。


「女神キルリ……か。戦士を癒す女神の存在は聞いておる。

 エルフの中でも崇拝対象にしている氏族うじぞくがおるからな」

「そーなのそーなの! 私ってば崇拝対象なのー!

 さすが永久とこしえの守り手メメナ=ビビット! よくご存じで!」

「……ワシのことを知っておるじゃな」


 キルリはチッチッと指をふった。


「貴方だけではありませんよー?

 稀血の狡噛サクラノ! 獣人界の暴れ牛ササミの娘こと、ハミィ=ガイロード!

 目ぼしい子はちゃーんとチェックしてるんですっ」


 キルリは、どややーどややーと胸をはってくる。


 俺は女神らしさなんてこれっぽっちも感じないのだが、メメナは気難しい表情だ。

 なにか彼女に感じているのか?


「お主からはたしかに神性を感じられるが……」

「たはーっ、私の女神オーラ滲みでていたかーっ!」


 なんかちょっと、うるさい子だな……。


 メメナも眉をひそめている。


「……女神キルリは有能な戦士に安らぎを与えることで、世界に平穏をもたらすと聞いておる」

「そーなんですそーなんです! だから、こーして癒しにきたわけですよー!」

「しかし、じゃ。彼女のお眼鏡にかなう戦士はそうおらんとも聞いておるぞ。

 それこそをもった……あー」


 メメナは突然、なにか理解したように「あー」と言った。

 サクラノも一緒に「あー」と言った。

 ついでにハミィも「あー」と言った。


 え? なになに?

 三人ともなんか納得したような顔をしているぞ?


「おわかりいただけました?

 女神キルリと眷属たちが精一杯サービスしますので、みなさんぜひぜひ英気をやしなってくださいねー」

「うむ、そうさせてもらおうかのぅ」

「わたし温泉は久しぶりです」

「ハ、ハミィ温泉は初めて……」


 おいおいおい⁉

 三人共、宿に泊まる気か⁉ 

 なんで⁉


「待て待て待て待て⁉」

「どうしましたかー?」


 女神キルリはむふーと笑っている。


 うさんくさい。

 特に糸目なのが怪しい。

 あとで盛大に裏切りそうだ。そうに違いない。


 だいたい女神ってなんだよ、女神って。

 そんなのが簡単にあらわれるわけないだろう。


 それなのに三人共、キルリの言葉をすんなり信じた。

 ……もしかして彼女たち『私には勇者級の強さがある』と思ったのか?

 たしかに三人は将来を期待できる子たちだ。


 強さを求める若い子ならば、自分を大きくみがちだが……。

 ……いや、ハミィの性格で自分を大きくみるのはありえない。


 そこで俺は、ピピーンッと来た。

 いつもの直感だ。


 もしや、この自称女神、俺たちに術をかけているんじゃないか?

 たしか霧が出ていたとき、メメナは『意識に働きかける術』と言っていた。


 その術で、彼女たちが『私には勇者級の強さがある』と思えるようにしたとか?


 俺とは違い、将来が期待できる若者たちだ。

 しかし勘違いしやすい年齢でもある。


 キルリはそーやって油断させたところを襲う……邪悪な存在なのでは?


「……どうしましたか? お客様。

 もしかして……温泉、イヤでした?」


 なにを白々しい。


「私も癒しの女神として試行錯誤してきたわけで……。

 このおもてなしの形が、一番戦士たちにウケがよかったのですが……」


 その不安そうな表情すら怪しい。


 おのれ邪悪な存在……らしき子め!

 俺は騙されんからな!


 俺はみんなに目を覚ますように言おうとしたが。


 ……待てよ?

 この子が術者とも限らないのか?


 もし術者が他にいる場合、俺がこの子を倒せば隠れてしまうかもしれない。

 そうなれば術者は俺たちを、霧の中で彷徨わせつづける手段にでるかも。


 メメナは解呪は難しいと言っていた。

 下手すれば、なすすべがなくなる。


 ここは……騙されたフリして、相手の懐に飛びこむか?


 俺は笑顔で応える。


「そんなことないですよ。温泉、楽しみにしますね」


 キルリは、にぱっと笑う。


「よかったー! めっちゃ頑張りますんで! いーっぱいいーーぱい癒されてくださいね! 

 そしてぇー! 貴方が世界を救った暁には! 私のおかげですと、ちゃーんと宣伝するように!

 私への信仰ガッポガッポになるんで!」


 世界を救った暁とか、また大層なことを。

 俺を持ちあげて、油断させる気だな?

 わかっているぞ。

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