第36話 ただの門番、霧で彷徨う
山を越えた俺たちは、グレンディーア王国領内に入る。
ボロロ村の村長と黄金蜘蛛のスタチューに、メメナを会わせるという当初の目的のため、林道を歩いていた。
あと俺が門番の仕事をクビになってないか、確かめなければ。
「ううっ……門番の仕事をクビになっていたらどうしよう……」
「師匠! 諦めましょう!」
俺の前を歩いていたサクラノが、めちゃ元気よく言った。
師匠の職を案じてくれないらしい。
「……サクラノは師匠が無職でもいいのか?」
「かまいません!」
「む、無職の師匠なんて誇れないぞ?」
「師匠は強ければそれでいいのです!
倭族でも強い無職はいくらでもおりますので!」
サクラノはふんすと鼻息を漏らした。
倭族の社会どーなってんだろ。
ううんと考えこむと、俺の隣を歩いているメメナが言う。
「獣人の町で資金を得たし、しばらく働かんでも困らんじゃろー」
「まあ、そーなんだけど」
「このまま流れ者の生活でもええんじゃないか?」
ちなみにメメナはさりげなく俺と腕を組めるポジションがお好みのようだ。
まだまだ甘えたがりなんだな。
……たまに、胸や太ももをチラリと見せつけるので、ほんのちょーっぴりとだけドキマギさせられるが。
「俺さ、元公僕じゃないか」
「
「こう突発的に得た、お金はすぐに消えそうで……。ちゃんとしたお給金でないと不安になるというか……。
やっぱり安定した職業が良いんだよ……」
最近流れ者が板についてきて、思うところはある。
すると、ちょっぴり離れて歩いていたハミィが言う。
「せ、先輩は、つまり魔術工房が欲しいの……?」
「え? い、いや別に」
「あ。な、なるほど……。つまり、旅をしながら結界を作りたいわけね……」
ハミィはなにか盛大な勘違いをしているようだ。
どーも俺のことを偉大な魔術師と思いこんでいるらしい。
訂正しようとしたが、彼女の強さの源泉に、この思いこみがある。
俺の技術でなにかしら魔術めいたことをするのはたしかなので、訂正するのはやめていた。
しかしだ。
サクラノ(ボケる)。
ハミィ(ボケる)。
メメナ(たまにボケる。悪戯を仕掛ける)。
と、ツッコミが少ないメンバーだ。
メメナは基本ツッコミ側だが、面白くなるなら黙っているタイプだし。
純正ツッコミ人間は俺だけか……。
困ったな。
と、三人娘がわちゃわちゃしゃべりはじめる。
「師匠ー、倭族の国に行きましょうー。毎日戦闘の日々を送りましょうよー」
「倭族の国は面白そうじゃのー。弓術の武人と争ってみたいもんじゃ」
「ハ、ハミィも一度お手合わせしてみたい、かも……。負けちゃうのわかってるけど……」
物騒な話題を。
強くなる目標があるからか、ハミィもなんだかんだで武闘派か。
見事に武闘派集団だなあ……。
一般人代表の俺としては、もっと平穏にいきたいものだが。
俺はみんなに呼びかけた。
「とりま。ボロロ村に向かうために、王都で荷馬車に乗ろうか」
正直、王都にはあの貴族の子弟がいるから行きたくはないが。
……思い出しただけでも腹が立ってくる。
あいつ、今も我が世の春を謳歌してんだろーなー……。
……はあ、気が重い。
ああでも、俺を心配していた兵士長に無事でやっていることは伝えておきたいな。
「……兄様」
「どうした? メメナ」
「周りの様子がおかしいぞ」
メメナが真面目な表情をするときは要警戒だ。
俺はロングソードに手を添える。
仲間たちも各々の武器(ハミィは石を拾っていた)に触れていた。
すると、霧が出てくる。
最初は全身を撫でるような薄い霧だったが、あっというまに雲の中にいるような一面真っ白な世界になる。
濃霧だ!
どうして突然⁉
またトラブルか⁉ 最近多すぎない⁉
「みんな無事か⁉」
「大丈夫です!」「問題ないぞー」「ぶ、無事だよう……!」
近くから三人の声はする。
けれど気配が希薄になったような。
どうにも感覚がズレた気がする。
どこかで味わったような感覚だ。
「兄様、これはワシらの森に張られていた結界に近いな」
「……なにかしらの術ってこと?」
「感覚が微妙にズレておるじゃろ?
こちらの意識に働きをかける術じゃ。この霧も、本物の霧ではないかもしれん」
幻影を見せられている可能性があるらしい。
「メメナ、対処法はあるのか?」
「うーむ……この手の解呪は特殊じゃし……。
使い手を倒せばええのじゃが、まあ姿をあらわさんだろうな」
俺たちを霧で囲んでおいて、のうのうと術者があらわれないか。
「これほどの術となれば、神性の類いじゃがのぅ……」
メメナの姿は見えないが、かなり困惑しているようだ。
とにかく、術者を倒さなければ解呪が難しいのならば、すぐには解決できないか。
ただの霧なら、剣をぶんぶん振りゃあ消えるんだけどなあ。
「みんな、進もう」
「……ま、それしかないのう」
できるだけ注意して。
そう俺が言わなくても三人とも気を引きしめたようだ。
しばらく、霧の中を歩きつづける。
熱くも寒くもない奇妙な霧は、たしかに普通のものと思えない。
前方がうっすらと明るいので、俺たちはそれを目標にしていた。
そうして、前方の光に近づくたび、霧がだんだんと晴れてくる。
……何者かに、誘われているのかもしれない。
俺が警戒していると、シャンシャン、と音が聞こえてきた。
なんだか楽しそうな音に、サクラノがつぶやく。
「……祭囃子みたいですね。祭りをやっているのでしょうか」
濃霧ときて、今度は楽しげな音か。
霧に住まう怪物の話を思い出して、俺はロングソードをいつでも抜けるようにした。
「……せん。……せん」
声が聞こえる。
それも複数だ。
せん?
なんのことだ?
「お……せん~。おん……せん~」
「温泉~、それは~、心の洗濯~」
「温泉~、それは~、日常の癒し~」
霧がぶわりと消える。
――そうして、晴れた視界の先には、三階建ての大きな民家が林の中に立っていた。
さらに我が目を疑ったのは、着物姿の女性たちがずらりと横に並んでいたこと。
彼女たちは笑顔でシャンシャンと鈴を鳴らしている。
「食べて長寿の源。浸かれば美肌。打ち身すり傷、心の疲れも癒してさしあげましょう。
ここは戦士が安らぐ温泉宿――」
中央で目立っていた金髪の少女が、俺たちに微笑む。
「おいでやすー、温泉宿ヴァルーデンに!」
怪しさしかない温泉宿が、俺たちの前にどでーんとあらわれた。
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