第33話 ただの門番、巨大サメと戦う(ハミィ視点)

 ハミィが、自分をヨワヨワ獣人だと思っているのも理由がある。


 母親が偉大な獣人であり、なにかと比較されがちだったこと。

 引っ込み思案でなかなか全力を出せなかったこと。

 あと、後ろ向きに思いこみが強いこと。


 まあ、だいたい、思いこみが強い性格なのが理由だ。


 肉体的な素質は母親を凌駕していたのだが、いかせんメンタルの調子で強さがブレる。

 日によって実力が大きく変わったりもした。

 当の本人は「今日は大気中の魔素が薄いわね……」と思っているが。


 調子の良い日は強敵もあっさり倒したりするのだが、弱点として、必要以上に敵を大きくみてしまうことにある。


 今だってそうだ。


 荒野鮫ランドシャークの群れが、大通りの先で蠢いている。

 このままで倒されると思ったサメたちは一塊になり、見張り塔より大きな巨大サメとなってグオオオーンッと吠えたのだ。


 なにせ巨大サメだ。

 グオオオーンッとぐらい吠える。


最終ファイナル……荒野鮫ランドシャークだわ……!」


 ハミィは戦慄した。

 荒野鮫ランドシャークの最終形態であり、すべてを食いつくさんと大暴れする凶悪モンスター。


 正体は魚群。

 小魚の群れが天敵から身を守るように、生きのこったサメたちが寄り添って、巨大なサメに見せかけているだけだ。ちなみに目に相当するポジションはサメたちに人気なので、いつも争奪戦がおきていたりする。


 しかし魚群であってもその巨体は、ハミィを怖気させるには十分なものだった。


 自分なんかが勝てるだろうか。

 自分がみんなを守れるのだろうか。


 そうして二の足踏んでいると、屋上にいたメメナが長距離狙撃する。


光陰瞬アロースナイプ!」


 まばゆい光がズキューンッと一直線に伸びていき、ファイナル・ランドシャークの右目を射抜く。


 しかしだ。


「ダ、ダメよ……! 再生しているわ……!」


 ファイナル・ランドシャークの右目が元に戻っている。

 実際は、別のサメが新しい目ポジにおさまっただけで再生はしていないのだが。

 思いこみの強いハミィには、それはもう脅威に思えていた。


「むうー。ワシ、火力はそーないしのうー」


 メメナがううんと困っていると、サクラノが颯爽と駆けて行こうとする。


「ではっ、わたしが斬って斬って斬りまくってやりましょう!」

「待て待て待て待て!」


 先輩がサクラノの手を握って、引き止めた。

 サクラノは頬を紅くする。


「サクラノ、あの巨大サメはどーやら群生タイプだ。

 迂闊に近づけばサメが分離して、全方位から襲いかかってくるぞ。

 サクラノの剣技とはちょっと相性が悪い」

「……師匠にはなにか手があると?」

「ああ、あの手合いには慣れている」


 先輩は問題なさそうにうなずくと、サクラノは「さすが師匠ですっ!」とキャッキャと飛び跳ねていた。


 先輩は不思議な人だ。

 なんだか頼りたくなると、ハミィは思う。


 まあ最初出会ったときは印象が薄すぎて怪しんだぐらいだし。

 町の住人たちもモブっぽくて存在感が薄い人だと言っているが。


 でも、ただものじゃないのはわかる。

 魔術の実力だけじゃなくて、彼の言葉は安心できるとハミィは感じていた。


 その先輩がファイナル・ランドシャークに単身で向かっていく。

 ハミィは危ないと止めようとしたのだが。


「ぁ……」


 彼が柔らかく微笑んできたので、どうしてだか素直に待とうと思った。


 突進する彼に、ファイナル・ランドシャークは首をもたげる。

 そして、民家一つは呑みこみそうなほど口をあけて、彼をかみ砕こうとした。


 先輩はロングソードを構えていたが、防ぎようがない攻撃だ。


「せ、先輩!」


 ファイナル・ランドシャークが先輩をがぶりと食べる。

 どうして自分は援護しなかったのかとハミィは後悔したのだが、そんなものは杞憂だとすぐにわかる。


 ファイナル・ランドシャークが苦しそうに身もだえはじめた。


 すると、胴体から丸い物体が飛びだしてくる。


 先輩だ。

 彼の周囲には円形の障壁が発生していて、ファイナル・ランドシャークの肉体を削っていた。


 まさか、そんな、ありえないと、ハミィは両手で口をおさえた。


「あ、あれは……聖障壁バリア⁉」


 賢者しか扱えないとされる絶対不可侵の防壁術。

 すべての悪しきモノを退ける最高峰の魔術が、ファイナル・ランドシャークのどでかい図体を消滅させつつある。


 魔術の才がある人だとは思っていた。

 だが、まさか、聖障壁バリアまで使えるなんて。


 ハミィはあまりの感動で、爆乳をぷるりとふるわせた。


 もちろん、彼は聖障壁バリアなど使っていない。

 純粋な技術だ。


 超高速でロングソードを全方位でふるい、隙がない斬撃をお見舞いしているだけだった。


「うおおおおおおおっ!」


 剣の障壁を前に、ファイナル・ランドシャークはどんどん削れていき、形を保てなくなる。

 このままでは全滅だとわかったのか、尾の先からどんどんと分離しはじめて、ふたたびランドシャークの群れに戻りはじめているが。


 そんなサメたちを、彼女たちが見逃すはずがなかった。


 サクラノが斬り。

 メメナが射抜き。

 そして、ハミィが魔術を行使する。


「ここはハミィたちの町よ……! 今すぐ出て行って!

 風捻拳エアーブロー‼‼‼」


 ひねりをくわえた正拳突きが、一匹のランドシャークにめりこむ。

 ランドシャークは他のサメを巻きこみながら、きりもみ回転していき、彼女の視界から消え去るまでふっとんでいった。


 残されたわずかなサメたちが逃走しはじめる。

 まだ戦闘音が聞こえているが、じきに落ち着くだろう。


 ハミィはふううっと深呼吸してから、憧れの賢者様に目をやった。


 彼は、なんでもないような表情で佇んでいる。


「もう大丈夫そうだな。おつかれ、みんな。

 おつかれハミィ、見事な一撃……魔術だったよ」

「う、うんっ……! ハミィ、先輩に出会えて……光栄だわ!」

「お、おう? そりゃあよかったな?」


 先輩はちょっと恥ずかしそうに頬をかく。


 賢者なんて、ここ数百年出現していない。

 その賢者が目の前にいる。


 彼は黙っていたのか。

 それとも自覚していないのか。


 稀代の魔術師であり、そして思いこみの強いハミィ=ガイロードは一生をかけて目指すべき目標に、胸をドキドキさせた。


 それはもう、ものっそい心をトキめかせた。


 自分にかけてくれた数々の優しい言葉を思い出しながら、ハミィは『この胸の高鳴りは強い憧れ』だと、頬を染めながら告げる。


「せ、先輩、とっても素敵だったわ……!」


 こうして、また一つか二つか三つぐらい、勘違いが生まれた。

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