第32話 ただの門番、魔術師じゃないと気づく

 俺たちは大通りを縦横無尽に駆けまわり、サメを狩る。


 荒野鮫ランドシャークの群れは砂煙を巻き起こし、地表から跳ねあがってくる。ギザギザ歯で食いちぎろうと、俺たちに襲いかかってきた。


 サクラノがカタナを納刀し、地面をズザザッと滑りながら抜刀する。


「狡嚙流ッ! 大噛み!」


 まるで顎を閉じるような上下同時の斬撃を食らい、サメの頭部がボシュッと消失した。


 メメナは、屋根を飛び跳ねながら魔導弓で射つづけていた。

 高所にいる少女を難敵と見定めたか、サメは寄り添うように集まり射出台になって、次々に空へ跳ねあがる。


光陰穿アロースパイラル!」


 が、メメナは慌てることなく、サメたちを一直線に射抜き、壁にはりつけた。

 気品すら感じるその所作は、まさしく森の妖精だ。


 そしてハミィ。


石刃ストーンカッター!」


 平べったい石が放たれて、サメはザクザクと斬り刻まれる。


 彼女たちはサメの群れ相手に、誰一人として遅れをとっていなかった。


 よしっ、俺も負けていられないぞ!


 俺はロングソードを構えて、技名を叫ぼうとしたが、言葉を詰まらせる。

 技名が出てこない。

 思えば普段から『せいっせいっせいっ』としか言ってねーや。


 これはいかんと、なんとかそれっぽい技名を叫ぶ。


「も、門番斬りっ!」


 ……苦しいか。

 まあ、一応サメは細切れに分割した。


 サクラノは『師匠! それどんな技ですか! どんな技ですか!』瞳で語りかけてくるが。

 すまん。これ、ただ雑に斬っただけなんだ……。


 ともかくだ。

 俺たちの活躍により、ランドシャークの数は順調に減っていた。


 住民を守る必要がないので、目の前の敵に専念できていたからだ。


 そして、その住人はといえば、血気盛んに戦っていた。


 馬に乗りながら長槍でサメを突き殺したり、弓で射抜いたりしている。

 どこかでチュドーンッと爆発音が聞こえたが、火薬を使ったようだ。

 どうやら荷造りに見せかけて、町中に火薬を仕込んでいたらしい。


 対超古代兵器グリードン用だろうな……。

 住人の戦闘練度が高いのも、こっそり訓練していたみたいだ。


 ハミィはそんな彼らに眉をひそめた。


「ど、どうして……みんな……」


 迷いが晴れたとはいえ、やはり納得できないのだろう。


 俺はなんとなくだが、彼らの気持ちを察していた。

 ハミィと数日間接していて、彼女の人となりがわかったからこそなのだが。 


 戦況が一旦落ち着いたので、俺はハミィに伝えることにした。


「なあ、ハミィ。ちょっといいか」

「先輩?」


 ハミィは俺に浮かない表情を見せる。


「もしさ、町のみんながグリードンと戦うと言ったら、ハミィはどうしてた?」

「そ、そんなの絶対にとめるわ……! 絶対にやめさせる……!」

「ハミィは一人で戦うつもりだったのに?」

「そ、それは……みんなが戦うと知ったら……ハミィも一緒になって逃げるわ。

 だ、だって、町よりみんなのほうが大事……お母さんの雪辱を晴らすよりも……ぁ……」


 ハミィの言葉にだんだん力がなくなる。

 言いながら、みんなの気持ちを理解したのだ。


 ハミィは瞳に涙をためながら、こぼれる感情をおさえるように微笑んだ。


「ハ、ハミィは……みんなに守られていたのね……」


 ハミィがみんなを守っていた。みんなを助けていた。

 でもそれ以上に、町のみんながハミィのことを見守っていた。


 みんな、ハミィのがんばりを知っていたからだ。


 愛情に気づかされたハミィはポロポロと泣きはじめ、手で涙をぬぐう。


「……そんなこともわからず、ハミィは」

「ハミィ……」


 俺は彼女に寄り添おうとしたが――その隙を狙い、ランドシャークが飛びかかってきた。


 くっ!

 泣いている女の子を襲うとは!

 このサメ! 輪切りにしてやる!


 そうして俺は剣をふるおうとしたが、ハミィが裏拳でサメを殴りつける。


 ボンッ、とサメは弾け飛んだ。


 ………………ん?

 なんだ今の? 

 無詠唱の魔術か?


「み、みんな……。

 ハ、ハミィは、ハミィは、自分のことばかり……」


 ハミィはサメを倒していたことに全然気づいていない。無意識か。

 今も地面から迫りくるサメを蹴飛ばして、汚い花火に変えていた。


 ハミィが無詠唱の使い手とは聞いてない。

 彼女は術を使うときに必ず詠唱していた。


 もしや魔術師としてレベルアップしたのか?

 それにしてはあまりにも徒手空拳すぎるような……。


「ハ、ハミィは……ハミィは……本当にダメダメ獣人ね……」


 ハミィはぐずぐず泣きながらもサメを蹴散らしている。


 正直、桶や石を投げるよりもずっと強くない?


 そういえば、ハミィの母親は娘に『自分に自信がつく、おまじないをかけてみなさい』と教えた。

 住人たちは彼女が魔術師だと言い張っている。

 そして、いつも自信がないハミィ。


 俺はぴーんときた。


 まさか……ハミィは、自分の強さにまったく自覚がないのか⁉⁉⁉

 そ、そんな子いるっ⁉⁉⁉

 いやここにいたけども!


 ハミィは魔術を使ったと思いこんでいるだけで純粋な物理だ。パワーだ。

 自信がなさすぎて十全に力を発揮できないから、みんな彼女に魔術師だと思わせているんだ。


 ああ、じゃあ俺も魔術師じゃないわ。


 そりゃあそうだ。

 俺はただ剣を抜いて風圧を発生させたり、衝撃波を発生させたり、空中でふんばって停止したりするのも全部全部。


 魔術なわけがない。

 そう、ただの技術だ‼‼‼


 俺は自分の勘違いに呆れつつ、ハミィに真の強さを教えようとしてやめた。

 勘違いして強いのならば、勘違いしたままでいい。


「ハミィ!」

「ひゃ、ひゃい⁉ な、なあに、先輩?」


 ハミィは涙をふきながら、俺をじっと見つめてきた。


「落ちこまなくていい。ハミィが魔術師としての腕を磨きつづけたのはたしかだろう?」

「う、うん……」

「君が町を守ってきたのは事実なんだ。いつもどおり、この危機を守りきればいい。

 それに、今の君には新しい力があるんだから」


 俺が力強い笑みを向けると、ハミィはきょとんと首をかたげた。


 すると、ちょうどよいタイミングで獲物――もとい、ランドシャークが10体ほどやってくる。


 ハミィが石を拾おうとして、俺は止めた。


「ハミィ! 拳と足で戦うんだ!」

「え……? で、でもハミィの貧弱なパワーじゃ……」

「君は無詠唱魔術に目覚めている! 簡単な魔術なら無意識で使えるんだ!

 手と足だけでも戦えるよ!」

「……………ホントのホント?」

「ああっ、ホントのホントだ! 絶対だ! ウソじゃない!」


 俺が言いきると、ハミィは拳を強く握った。


 そうして対峙するはサメの群れ。

 ハミィはすううと深い息を吐いてから、そして、券と蹴りの嵐を繰りだした。


 ボン・ボン・ボボンッと、サメは粘土細工のように弾けとぶ。

 あっというまにサメの群れを片づけていた。


 やっぱり直接殴り蹴るしたほうがハミィは強いな。


 ハミィは呆然と両拳を見つめている。


「どうだハミィ! それが今の君の力だ!」

「うんっ……うんっ……! こ、これならあの魔術がつかえるかも!」


 ……あの魔術?

 なにをするつもりだ?


 するとハミィは勢いよくサメの群れに走っていき、両拳を擦りあわせる。

 摩擦熱でか、拳にボッと火が発生した。


火炎拳フレイムフィスト!」


 ハミィは火炎の拳でサメの群れを一瞬で灰に変えた。

 ハミィは火をはらいながら「わ、わーいわーい……! 新しい魔術の完成だわー!」と喜んでいる。


 今度は、俺が呆けていた。


 ……ま、まさか摩擦熱で火を発生させて、拳にまとわりつかせるとは。


 思いこみすごいなあ。

 こんなに思いこみが強い子、他にいないだろうなあ……。


 もうちょっと、自分の強さを自覚してもいいと思うんだが。


 俺がある意味感心していると、メメナが屋上から呼びかけてきた。


兄様にいさま! 町中のサメたちが集まっておるぞ!」

「なんだって⁉」

「あれは……もしや合体する気のようじゃ!」


 大通りの先では、サメたちが一塊になって蠢いていた。

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