第30話 ただの門番、夜空の下で後輩と語らう

 地平線に夕陽が沈み、夜の帳が降りてくる。

 星々がうっすらとキラめきはじめた大荒野。


 俺とハミィは廃材置き場のベッドに腰をかけながら、夜空を眺めていた。


 俺たちはずっと無言だった。

 それでも俺は急かそうとせず、ハミィの話しだすタイミングを待っていた。


 すると。


「こ、この町はね……。もうすぐ無くなっちゃうわ……」


 そうつぶやくハミィの横顔は無常がにじみでていた。


「超古代兵器って奴のせい?」

「う、うん……。よその人から『この国の獣人は町に永住しない』なんて言われるけれどね。

 理由が色々あるの……。

 その内の一つが、超古代兵器グリードン」


 ハミィは地平線を眺める。

 まるで、そこに巨大な建築物があるかのように。


「ちょ、超古代兵器グリードンは、魔素溜まりやダンジョンコア……それに、モンスターを糧としながら半永久的に動く移動要塞……。

 こ、古代人が発明した防衛兵器らしいけれど、今はあてもなく大荒野を彷徨っているわ」

「古代人の防衛兵器……。そんなものが」


 魔素溜まりの多いダビン共和国ならば、その糧とやらに困らないのだろうな。


「ハミィ。誰も兵器を破壊しようとしなかったのか?」

「……ふ、普段は地中深くにもぐっているのよ。

 エネルギーが尽きかけてきたとき、地表にあらわれるの。

 それをずっと繰り返している……」

「その周期がもうすぐってこと?」

「う、うん…………。このあたりは特に魔素溜まりが多いから、今回はいち早く狙らわれるわね……。

 町なんてあっという間にぺちゃんこにされちゃうわ……」


 ハミィは廃材置き場を悔しそうに見つめていた。

 もうすぐ無くなってしまう光景を目に刻みこんでいるようだった。


 しかし、地中深く潜っている古代兵器か。

 ……もしかして、あの訓練用ゴーレムのことか?


「そ、それにね……。

 破壊したくても最奥のダンジョンコアは、最終防衛兵器グリードン・オメガと化しているわ……。

 誰もかいくぐることのできないレーザー攻撃。

 絶対に傷つけることができない外殻……。

 グリードン・オメガは恐ろしい兵器なのよ……」


 あ。じゃあ。ちがうや。


 俺が遭遇したのは訓練用。

 余裕で真っ二つにできたし。

 同じような古代の遺物なのだろう。


「なあハミィ。町の人たちは避難しないのか?」


 俺の問いに、ハミィが困ったように笑う。


「ま、町がなくなるところを酒でも飲みながら見届けるんだって」

「そりゃまた豪快な」

「あ、危ないから避難してって、何度も言ってるのに……」


 ハミィはちょっとだけ眉根をひそめ、怒って見せた。


 もしや獣人たちが移動手段を貸さなかったのは、町の終焉をギリギリまで見届けるためか?


 それなら納得……はできないな。

 初対面のとき、獣人たちはやけにピリついていた。


 俺たちが余所者だからなのもあると思うが、あそこまで塩対応だったのも違和感がある。


 そもそも、俺たちに超古代兵器の存在を隠す必要もない。


「せ、先輩。きっとね、みんなこの町が名残惜しいの。

 だから口にしたくないんだわ……」


 俺の疑問が顔にあらわれていたか、ハミィはそう言った。

 寂しげに微笑む彼女に、俺は引っかかりを覚える。


「ハミィは……ハミィは、どうするつもりなんだ?」


 町を守る保安官として、彼女はどうするつもりなのか。


 するとハミィは、届かない星を求めるように夜空を見上げる。


「ハ、ハミィのお母さんはね……。凄腕の保安官だったの」

「……ハミィのお母さんが?」

「世が世なら勇者パーティーにいてもおかしくない、そう言われるほどの強い獣人……。

 ダメダメのハミィとは全然ちがうわ……」


 ハミィは弱々しく拳をにぎる。


「……先輩。一度ね、この町に超古代兵器グリードンがやってきたの」

「? だってハミィの話じゃ?」


 絶対に抗えない天災扱いだ。

 町が残っているわけがない。


「……お母さんががんばったわ。たった一人で、超古代兵器相手に大立ち回りして……」

「本当にすごいお母さんなんだね」

「うんっ。

 でも……それでも……超古代兵器の進路を変えることしかできなくて……。

 お母さんも二度と戦えない身体になって……」

「え?」

「し、心配しないで生きているわ。

 ただ、グリードン・オメガに生体エネルギーを吸収されたみたいでね……。

 以前のように戦えなくなって……今は療養地にいるわ」


 エネルギー吸収機能?

 本当に恐ろしい兵器のようだな……。


 俺は見たこともない超古代兵器グリードン・オメガにおそれおののいた。


「せ、先輩……。この町はね、破棄されるところだったの」

「……こんなにも賑わっているのに?」

「だって、次の周期で襲われることは間違いないし……。

 それなら、みんなで他の場所に移った方が良いって……。

 だからハミィは……みんなの前でこう言ったの……」


 そこで、ハミィは黙ってしまう。


 彼女がみんなの前でなにを言ったのか。

 塞ぎこんで自信なさげにいるハミィの姿に、俺はなんとなくわかった。


「君はみんなの前で、保安官になって町を守るって言ったんだね」

「……うんっ」


 迷いのない返事だ。

 なのに、ハミィは目を伏せてしまう。


「ハ、ハミィは保安官になれる実力なんてなかった。

 ヨワヨワのダメ獣人は戦える力なんて持っていなかった……けど」


 ハミィは小石を拾う。


石弾ストーン・ショット


 ハミィは小石を指ではじいて、廃材の瓦礫をチュイーーーンッと撃ちぬく。

 瓦礫がガラガラと音を立てて崩れていった。


「お母さんも反対していたけどね……。

 それでも諦めの悪いハミィにけっきょくは折れて、『自分に自信がつく、おまじないをかけてみなさい』って、そう教えてくれたの」

「それが、ハミィが魔術師を目指したキッカケ?」

「最初は『ハミィはとっても強くなーる』そんな単純なお呪いだったわ……」

「でも効果があったわけだ」

「ええ。ハミィは魔術に目覚めて、そして保安官として町を守れるようになった」


 だからこれからも、保安官としてこの町を守りつづけてみせる。

 そんな彼女の覚悟を察してしまい、俺は慌てた。


「まさかハミィ⁉

 お母さんと同じように超古代兵器相手に大立ち回りする気じゃ⁉」

「それがハミィの役目だもの……」

「その兵器はお母さんでも苦戦したんだろ⁉」

「ハ、ハミィはこの町に思い出があるの……!

 お母さんが守ってくれた町をハミィは守りたい……。

 だからハミィは……この牛柄ビキニをお母さんから受け継いだ」


 ハミィはビキニの紐を引っぱって、誇らしげに見せつける。

 爆乳がぷるんと震えていた。


 そのビキニ、お母さんだったのか……。


 獣人は町に根付かないと思っていたが、全員がそうでもないのか。


 俺も門番だ。

 町を守りたい気持ちはわかる。


 わかるが……相手は超古代兵器だ。

 そして母親から受け継いだビキニ。


 話を聞くかぎり、相当な強敵だ。止めるべきか止めないべきか。

 母親から受け継いだビキニ。しかしハミィの気持ちを尊重してやりたい。

 母親から受け継いだビキニ。


 くそうっ!

 母親から受け継いだビキニの情報が強すぎて、思考がこんがらがる‼‼‼


 頭がわちゃわちゃになっていた俺に、危急を告げる声がとどく。


「――大変だ! サメが攻めてきたぞ!」


 サメ⁉

 大荒野にサメだって⁉

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