第28話 ただの門番、先輩になる

 ハミィとの決闘から数日経つ。


「――獣人の町に、ようこそ!」


 大通りで、俺の門番台詞が炸裂した。

 会心の台詞だと思ったが、いきかう獣人たちの反応は芳しくない。


 来る者拒まずって感じの町だしな……門番なんて必要のないだろう。

 町に名前もつけていないし、ただのでかい寄合い所と考えているのかもしれない。


 だけど俺は門番なのだ。

 どの町にいても日常の守護者である、門番で俺はありたいのだ。


 ……まあ、ぶっちゃけ仕事がなくて勝手にやっているだけだが。


 ハミィとの決闘後、俺たちは獣人に受け入れられた。


 気風は荒い分、快活なのか。

 決闘したあとは、もうだいたい友だちらしい。


 あの冷たかった猫耳の男も『宿を探しているのか? だったらオレの宿に来い。タダで泊まらせてやるよ。お前には稼がせてもらったしな』と言ってくれた。

 俺が『無傷で決闘を終える』大穴に賭けていたようで、けっこー儲けたらしい。

 だからもあるが、好意的に接してくれるようになった。


 ただそれでも、誰も移動手段は貸してくれなかった。

 隣町とはかなり離れているようで、荒野を徒歩で行くのは危険らしい。


『あー……今は諦めてくれ。……町には、あと数日滞在するだけで済むはずだ。

 金に困っているならオレが融通しよう。

 仕事? ……仕事は、もうどこもとらねーんじゃねーかな』


 猫耳の男の含みある言い方は気になったが、なにも教えてはくれなかった。

 それは他の住人も同じだった。


 とにかく、まったく仕事しないまま待つわけにはいかないので、俺は門番をやっていた。

 そこに門番ポジションが空いていたからだ。


 とはいえ暇っちゃー暇だ。

 俺は誰も見ていないのをたしかめてから、こっそりと詠唱してみる。


「……火炎矢ファイア・アロー


 俺の手のひらから……炎の魔術はでなかった。


 ハミィが編み出したとされる、オジリナル魔術だが。


 どうやら、俺も使えるみたいだ。


 ただの雑魚狩り専門の兵士だと思っていたのに、ここにきて特殊な魔術の使い手だと判明するなんて。

 ちょっぴり自分に自信がついた。


「こう……かな? 雷撃ライトニングッ」


 全身で雷を表現したポーズを決めてみるが、雷の魔術は発現しなかった。


 うーむ、普通の方法ではやはり発現しないか。

 戦っているとき、意識せずに使ってるみたいなんだよな。


 サクラノとメメナは『アレが魔法かどうか、自分たちはよくわかんないっす』みたいな態度でいるし、俺が思っているよりずっと、かなり特殊な魔術系統なのでは?


「――師匠、なにをしているんです?」


 サクラノが背後から声をかけてきた。


 俺は慌てて雷のポーズを解く。

 サクラノのなんとも言えなさそうな表情に、俺の頬が熱くなった。


「こ、これは……これは、門番体操だなっ」

「門番……体操ですか?」

「門番は立ちっぱなしで身体がこりやすいからな。こ、こうしてほぐしているんだ……」


 最後は小声になってしまう。


 魔術を放てそうなポージングをしていましたなんて、恥ずかしくて言えん。

 こう誤魔化すのも恥ずかしいが。


「師匠ー、門番体操するぐらい暇なんですよね?」

「ん。まあな。サクラノはもういいのか?」

「はいっ、獣人たちとの語らいケンカは今日はおしまいです」


 サクラノはここの気風があっているようだ。


「それじゃあサクラノと修行……と行きたいけれど、先約があるみたいだ」

「あるみたい……ですか?」


 俺が民家の壁に、ちらりと視線をやる。


 ハミィが半分壁に隠れながら、俺たちをじーっと見つめていた。


 さっきからずっとあんな調子だ。

 俺に用事があるとは思うのだが、彼女との距離の詰め方がよくわからないというか……。


 下手に声をかけると、ハミィはすごく申し訳なさそうにするんだよな。


 俺は遠慮していたのだが、しかしサクラノは遠慮しなかった。


「ハミィッ‼ 用があるのならば、こっちに来んかーっ!」


 サクラノの大声に、ハミィはひゃっと驚いて、壁に隠れてしまう。


 サクラノはむむーっと難しそうな表情をしてから、敬語に改めた。


「……………………ハミィ。

 用があるのでしたら、こっちに来てください。隠れていてはわかりませんよ」


 サクラノなりの気遣いだと思う。

 ここの獣人たちは身内判定になったようで、対応が甘くなったようだ。


 サクラノがそう声かけても、ハミィは本当に自分が近づいてもいいのか、不安そうな表情でいた。


「ハミィ! 俺と魔術の訓練をしたいんだろ?

 俺も教わりたいから来ておくれよ!」


 俺もそう呼びかけると、ハミィがようやく出てくる。

 ちょっと背中を丸めながらやってきて、彼女はおっかなびっくりたずねてきた。


「せ、先輩……。ハミィのために時間を作ってくれるの……?」

「うん」

「ち、乳だけ女がなに他人さまの時間を奪ってんだこの野郎とか、お、思っていない?

 め、迷惑じゃないわよね?」

「お、俺も魔術を使えるようになりたいからさ」


 ハミィはなにかと後ろ向き思考だ。

 それはもう豪快に。


 よくそれで保安官が勤まっているなと思うが、自信が全然ないからこそオリジナル魔術を編みだし、獣人の中でも珍しい魔術師になったのだろう。


 ちなみに『先輩』とは、俺がハミィより高度な術を使ったからだ。


 どうやらハミィも正拳突きで、風魔術を発生させることができるらしい。

 壁を破壊できるとか。


 ただ、俺ほどの威力はないのだと。

 知らず知らずのうちに魔術を使っていた俺を先輩と慕い、俺も同系統の魔術師として、彼女から色々と学ぶことにした。


「じゃ、じゃあ……あとでいつもの場所でね。先輩」

「わかった。いつもの場所で」


 ハミィはほんのちょっぴり微笑むと、足早に去って行く。

 が、途中でふりかえって、めちゃくちゃ不安そうに俺を見つめてきた。


「大丈夫大丈夫! 絶対に行くから!」


 ハミィは安心したのか、また大通りを歩いていった。

 途中、色んな人に声をかけられている。


「おうハミィ。今日も元気に巡回中かー?」

「ハミィ、あんた綺麗なんだから、ちゃーんと背中を伸ばして歩きなさいよ!」

「これ食べてけよ! 元気になるからさ!」


 みんなから可愛がられているようだ。


 おっかなびっくりで頼りないが、町に襲ってきたモンスターを何度も退治したり、悪者もとっちめたこともあるらしい。俺の知らない大魔術がまだあるのかな。


 俺が、彼女の小さな背中を見つめていると、サクラノの視線に気づいた。


「すまない、サクラノ。ここ数日、師匠らしいことができなくて」

「いえそれは全然……気にしているのですが。

 すごく気にしているのですが。

 とても気にしているのですが」


 サクラノは真顔だ。


 めちゃくちゃ気にしている……。

 そう正直に告げられている……。

 あとで必ず埋め合わせてしなくては。


「ただ師匠、それと同じぐらい、町の様子も気になっておりまして」

「……そ、だよな」


 なんというか、町は活気にあふれているのに、どこか寂しげなんだよな。


 空元気みたいな。


 荷造りしている住人をチラホラ見かけるが、すぐに出て行く気はないようだ。

 街の不思議な空気に、サクラノと一緒に首をひねっていると、背後から呼びかけられる。


「兄様ー、サクラノー。事情がわかったぞー」


 メメナだ。

 メメナはホクホクした表情で、甲羅ガニバーガーの包みを抱えながらやってきた。


「メメナ、なにかわかったのか?」

「ああ、店員と親しくなって教えてもらったぞ。

 これも年の功というやつよのうー」


 子供には警戒心が薄れるのかな。


「それで……いったい彼らはなにを隠しているんだ?」


 メメナはスッと真面目な表情になる。


「……それがじゃがな。

 この町、超古代の兵器が迫っているとかで、もうすぐなくなるらしいんじゃ」

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