第27話 ただの門番、爆乳魔術師と闘う

 町の大通り。


 大通りの両脇は獣人たちが固め、サクラノやメメナもそこで見守っている。

 中央では、俺とハミィが互いに十数歩離れながら対面していた。


 決闘である。


 どうして決闘なのか俺も抗議をしたのだが、ハミィに周りを見ろと言われた。

 獣人たちは、やいのやいの盛りあがっていた。


「人間ー! すぐに負けんなんよー!」

「甲羅ガニバーガー! 甲羅ガニバーガーはいりませんかー」

「ハミィばかりに賭けているんじゃねーよ!」


 野次やら、売り子やら、賭けやら。

 完全に見世物じゃねーか。


 さっき俺たちに冷たかった猫耳の男も、酒瓶片手に「がんばれー人間ー」と俺を応援していた。俺に賭けたらしい。


 切り替えが早すぎる……。


 獣人はこーいった喧嘩祭りのような催しが好きなようだ。サクラノも『この空気感、懐かしいなー』みたいな感じでいるし。

 気風が荒いとは聞いていたので、仕事探しにダビン共和国を避けていたんだよなあ。


 俺はうなだれた。


「……なるほど。決闘はガス抜きか」


 一触即発な空気はなくなってはいるが。


「そ、それだけじゃないわ……」

「他にもあるのか?」

「お、王都の兵士は手練れと聞いているわ……。

 あなたが本当に元兵士か、すぐわかるわよ……?」


 俺の実力を見たいようだ。


 ゆーても俺、雑魚専なんだがなあ……。

 ハミィも態度はおどおどしているが、周りの反応を見るに、かなり強いのだろうな。


「あ、あと……。わ、わ、わたしのビキニは保安官の正装であって……。

 好き好んで破廉恥な格好をしているわけじゃないんだからね……」


 微妙に、根に持たれている気がする。

 彼女にとってのガス抜きでもあるようだ。


 ……仕方ない。腹をくくろう。

 一応、医者と治療術師は待機しているようだし、大ごとにはならんだろ。


 俺は腹に力を入れると、ハミィはゆらりと自然体で構える。


 獣人らしく、優れた肉体を活かした格闘タイプか?

 俺が接近を警戒すると、野次が飛んでくる。


「人間ー! お前のひょろっこい身体でどこまで逃げまわれるかなー?」

「ははっ、どーせすぐ捕まっちまうよ。なんせハミィは魔術師だからな」


 魔術師?

 獣人は魔術を使うのが苦手で、魔術師なんていないと聞いているが。


 するとハミィは、ほんのちょっぴりだけ自信ありげに笑う。


「そ、そう。ハミィはこの町……ううん、獣人でも珍しい魔術師なの」


 ハミィのとりまく雰囲気が変わる。

 くる……っ!


「き、稀代の魔術師ハミィ=ガイロード……! い、いくわよ……!」 


 ハミィはババッと両手を構えた。

 詠唱する気か⁉


土塊礫ロック・シュート!」


 ハミィはそう叫んでから、地面を強く蹴飛ばした。

 地面がえぐれ、土の塊がぶっ飛んでくる。


 俺はひょいっと避けると、土の塊がバカーンッと地面に大きな亀裂をつくりながら破裂した。


 たしかに、威力はあった。

 威力はあるが……。


 ………………うん?


「う、うまく避けたわね……!

 もう一発ゆくわよ……土塊礫ロック・シュート!」


 ハミィはまたも地面を蹴飛ばして、土の塊を飛ばしてくる。


 俺はひょいと避ける。

 …………魔術?


「なあ……これ、魔術なのか?」

「ま、魔術よ……見てわからない……っ?」


 ハミィはいたって真面目な表情だ。


 しかし魔術とは言っているが、土の塊を蹴飛ばしているだけだ。

 いやたしかに威力はあるのだが。


「次、ゆくわよ……! 石刃ロック・カッター!」


 ハミィはしゃがんで平らな石を拾い、俺に投げつけてくる。


 石は高速回転しながら、弧を描いて飛んできた。

 俺はひょい避けると、石は地面に突き刺さり、ギュルルルッと摩擦熱が発生するまで回転している。


 めっちゃ回転しているけども。


「な、なかなかの動きね……!」

「待て待て待て待て⁉ これ、魔術なのか⁉」

「ま、魔術よ……。見てわからないの……?」


 見てもわからない!

 力技に見える!


 と言いたいが、ハミィは俺を馬鹿にしているつもりはなさそうだ。

 混乱している俺に、ハミィがふうと嘆息吐く。


「………………そ、そうね。ハミィの魔術は風変わりかも」

「風変りどころじゃないんだが⁉」

「……だ、だってハミィのオリジナル魔術だもの。

 引っこみ思案で、泣き虫で、いつもダメダメで……。身体が強い獣人のはずなのに、よわよわのハミィに残された唯一のもの……」


 ハミィは切なそうに語ってきた。

 その真剣な瞳に、俺は彼女の話に耳を傾ける。


「ハミィはね、これしかないの……。

 よ、よわよわのハミィが立派な保安官になるためには、オジリナルの魔術を編みだすしかなかったの……」

「……」


 たしかに、ちょっーーーと力技に見えなくもないが、当の本人が魔術と言っている。


 もしや、強化系の魔術を付与するものか?

 あるいは触れた対象を軽くする魔術とか?

 たとえば、物体を操る魔術、とか。


 俺も魔術に詳しいわけじゃないしな……。


 と周りの獣人たちが、彼女を応援してくる。


「そうだそうだっ! ハミィの魔術は本物だ!」

「人間! ハミィを疑っているんじゃねーぞ!」

「有名な魔術師も『……ちょっと風変わりですが、あるいはもしかして、魔術といえなくもないですねー』と言ってくれたお墨付きの魔術だぞ!」


 やっぱり本物の魔術なんだ。


 ちょっと普通の魔術と違うぐらいがなんだ。

 彼女の術はきちんと威力があるじゃないかと、俺は反省した。


「すまない! 疑って悪かった……! 君の魔術は本物だ!」

「……ホ、ホントにそう思ってる?」

「ああ、ホントにそう思っている! さあ君の魔術を見せてくれ!

 俺も本物の兵士だと証明してみせるよ!」


 俺の言葉に、ハミィは力強くうなずいた。


 新しい魔術を使うつもりだな……!

 警戒している俺に、サクラノが呼びかけてきた。


「師匠ー、わたしは力技に思えるのですがー」

「まあまあサクラノ。ここは静観じゃよ」

「ですが、メメナ。彼女、師匠と同種の匂いを感じるのですが……」

「だからじゃよー。他の連中もそうだと言っているのならば、彼女に直接伝えない大事ななにかがあるのかもしれんぞ」

「…………そうですね。わかりました、大人しく観戦します」


 サクラノはそれで納得していたようだった。


 俺と同種の匂いってなんだろ?

 俺はうーんと考えていたが、ハミィが魔術を使う気配があったので気を引き締める。


「ゆ、ゆくわよ……! 水飛沫アクア・スプラッシュ!」


 ハミィは叫び終えるなり、大きな水桶まで走っていき、手のひらですくう。


 そして、勢いよく水を投げつけてきた。


 水が四散して、雫が矢のように飛んでくる。

 俺はひょひょいのひょーいで避けていたが、雫は地面を穴ボコにしていた。


 くっ!

 これがハミィの水魔術か!


「……や、やるわねっ! お、大技を出すわっ!」


 ハミィは水桶を肩にかまえる。

 爆乳がバルンッとふるえていた。


 爆乳で視線を釘付けにさせてからの大魔法か⁉


水弾丸アクア・バレット!」


 ハミィは砲丸投げの要領で、水桶をまっすぐに俺に投げつけてきた。

 ギョオオオオオンッとまっすぐに飛来する水桶、もとい水魔術。


 俺は鞘から勢いよくロングソードを抜く。


「せいっ!」


 風圧が発生し、水桶は俺に届く前にバカリッと縦に割れる。

 綺麗に割れた水桶は中身をまきちらしながらゴロンゴロンと転がっていく。


 そして、ひらけた視界の先に、ハミィが口をあんぐりとあけて立っていた。


「……えーっと、どうしたんだ?」


 俺の実力では、やはり元兵士には思えないのだろうか。


「あなた……………」

「うん?」

「あ、あ、あなたも、魔術師だったの⁉⁉⁉」

「は?」

「い、い、今の、風魔術よね⁉

 ハミィも似た術を使えるの……! 同じ魔術系統さんなんだ!」


 ハミィの瞳はキラキラに輝いている。


 俺は――魔術師だったのか⁉

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