第25話 ただの門番、獣人の町にやってくる

 大荒野を、俺たちは歩いていた。

 真上にのぼった太陽が地面をぬくぬくと温めすぎていて、春だが熱い。


 ここはダビン共和国。

 獣人が住まう大地だ。


 地中深く移動していたダンジョンは、どうやら国境を越えたようで、ダビン共和国の大荒野で俺たちは彷徨っていた。


 グレンディーア王国領に向かうためにも、どこかの町で移動手段を得たいところだが。

 ……難しいかな、と俺は考えていた。


「師匠ー。ダビン共和国は町や村がないって本当ですか?」


 俺の後ろを歩いていたサクラノがたずねてきた。 


「町や村はあるよ。ただ獣人たちが永住しないってだけ。

 彼らのほとんどがキャラバン生活なんだよ」

「なにゆえです?」

「ダビン共和国はダンジョンがよく発生するみたいでさ。

 珍しい素材やお宝目当てに、ダンジョンが発生しやすい場所で集落をつくるみたいだ。

 獣人は探窟者が多いんだよ」

「ダンジョンが湧かなくなったら他に移り住むのですよね?

 それで土地を治めることができるのですか?」


 えーっと、兵士長はなんて言ってたかな。


 俺の隣にいたメメナが、代わりに答えた。


「国でおおまかな決まり事をつくっているようでな。

 その決まりごとにそって、集落ごとにならず者などをとりしまる『保安官』なる者がいるようじゃ」

「わたしの国と似ているようで微妙に違いますねー」

「サクラノの国は、領地毎でトノサマが決めるんじゃったか」

「はいっ! 常、群雄割拠です!」


 サクラノは元気いっぱいに言った。


 元気いっぱいに言うことなのかは置いといて、さすがエルフの元族長、国のルールに詳しいな。

 サクラノも結構色んな国を旅してきたみたいだし。


 もしや俺が一番物知らずなことは……ないよな?


 まあ、とにもかくにも獣人の村を探さなければいけないのだが。


「あるかなあ……」

「ありますかねえ」

「見当たらんのう」


 俺たちはため息を吐いた。


 地図なんてあまり役に立たない国だ。

 大荒野ではろくな目印もないし、遭難なんて話もままあるらしい。


 どーにか村を見つけたいところだが……おや?


「あっ! あった!」


 地平線の先に、うっすらと町が見えた。


 サクラノはわからずキョロキョロしていて、メメナはちょっと目を細めてうなずいた。


「おー、大きめの町がみえるのう」

「えー? わたし、見えませんー。目にはちょっと自信があったのですが……」

「エルフの目は特殊じゃからなー、落ちこまんでいいぞ」


 俺は普段目をゴシゴシとこすらないよう気をつけているからなー。

 目は大事にしているから視力は良いほうなんだ。


「んじゃまあ、二人共行こうか」

「はーい」「うむー」


 〇


 早足で二時間ほど歩いて、よーやっと町に到着する。


 町、といっても道が舗装されているわけではなく、荒野に民家やテントを乱雑に立てまくった集落だ。王都のような機能美は考えられていなくて、しっちゃかめっちゃかに家が建ち並んでいる。


 大きい町のようで、大通りには獣人たちがひっきりなしに歩いていた。

 近くにダンジョン群生地でもあるのかな。


 あと、やっぱりというか。

 俺たちはジロジロと見られた。


「んだあ人間か? しかもエルフもいねーか?」

「変な服の女の子もいるな」

「ありゃあたしか……倭族の子だよ」


 頭に角や獣耳が生えていない俺たちは、そりゃあもう目立っていた。


 しかし獣人は基本デカいな。

 色々と。


 男は筋肉質だし、女はボン・ギュッ・ババーンと効果音だけでも体型が伝わりそうだ。


 獣人はダンジョン専門の探窟家が多いとかで、兵士長も『荒っぽいから気をつけろよ』と言っていたな。彼らからしたら、俺はチビガリもいいところだろうな。


 まあ、さっさと移動手段がないか探しに行こう。


 俺たちは情報が集まる酒場に向かった。

 しかしだ。


「――あん? 移動手段だあ?

 ここにいる奴ら全員、得体のしれねーお前たちに貸すわけねーだろ。馬鹿か」


 酒場のカウンター席。

 頭に猫耳の生えた男に、つっけんどんにそう言われた。


 サクラノがゆらりとカタナに手を伸ばす。


「貴様ァッ! 師匠やメメナになんたる態度! 処されたいか! いや処す!」

「待て待て待て待て⁉」「ほーらほら、落ちつくんじゃサクラノー」


 俺はサクラノを羽交い絞めして、メメナは苦笑しながらサクラノを優しく撫でていた。


 サクラノの殺気を前にしても、さすが荒くれ者が多い獣人。

 猫耳の男は俺たちを一瞥して、またグラスの酒を呑みはじめた。


「うるせーなー……。お前らに貸すもんはないって言っただろーが。

 ああ、水ぐらいならタダでやるぜ? 馬用の水桶だがな」


 サクラノは歯を食いしばって唸りはじめる。


 俺もこの男の態度に腹は立つ。

 立つが、マジで殺しそうなサクラノのおかげで逆に冷静でいられた。


「馬がいるんだな? これだけの町なら貸出をやっているだろう」

「……おい、モブ野郎。

 ここにいる連中はな、お前たちに貸すもんはなーんもないって言っているんだ。

 今すぐ酒場から出ていかねーと、ぶん殴るぞ」

「ガルルルルルッ!」


 サクラノは歯を鳴らしながら、床を強く踏みつける。

 跳ねあげられた小石をつま先で蹴り飛ばし、男が持っていたグラスをぱりーんと割った。


 うちの弟子ってば、羽交い絞めにしても足は器用に動かせますってか!


「…………なにしやがる⁉」


 猫耳の男が立ちあがると、他のテーブル席にいた荒くれ者たちが立ちあがった。


 やばい。お仲間か。


 十人ほどいるが、全員屈強な獣人だ。

 獣人は魔術が得意じゃない代わりに、タフとは聞いているが……。


「ガルルルッ!」


 サクラノは狂犬のように低く唸っている。


 もはやどっちが獣人だがわからないな。

 メメナも微笑みながらもさりげなーく魔導弓に手をかけているしで、一触即発の空気になる。


 俺がどうすれば場がおさまるか考えていると、震えた声が酒場にひびいた。


「そ、そこまでよ。あ、争うなら……み、みんな今すぐ町から出て行って……」


 マント姿の女獣人だ。

 マントを羽織った彼女は、なぜか――牛柄ビキニを着ていた。

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