第24話 ただの門番、知らずに超古代兵器をぶっ壊す

『――高濃度のエネルギー体発見。ただちに確保します』


 妙な声が聞こえたかと思うと、突然、床が急こう配になった。


 俺は空中で踏んばっていたが、サクラノとメメナが尻を滑らせながら下っていったので、俺も慌てて追いかける。


 ツルツルと滑る坂道で、俺たちは加速しながら奥に奥に向かっていた。


「師匠~! これはいったい~⁉」

「わからんっ! 誰かが俺たちを招いているみたいだ!」


 長い坂を滑っていき、そして、ポイーンと穴から放りだされる。


 そこは、大広間だった。


 大教会の礼拝堂ぐらいはある。

 壁面は病的なほど真っ白で、円柱の柱がいくつも並んでいた。柱には青白い幾何学模様の線が光っていた。


 俺はメメナをお姫さま抱っこしながら着地する。


「ありがとうじゃ、兄様♪」

「お、おう。無事で良かったよ」


 メメナがさりげなーく甘い息を首に吹きかけてきたので、俺は頬が熱くなった。


 俺にその趣味はない。

 その趣味はないのだが……。


 と、メメナは凛々しい表情になって、俺の胸から飛び降りる。

 大広間の中央に、ドデカイ物体が鎮座していたからだ。


 モンスターだ。


 でかい。とにかくでかい。5階建ての民家ぐらいある。


 全身やけに角ばっていて、手足がずんぐりむっくりしている。

 頭は四角で、青い一つ目が妖しく光っていた。


 俺はロングソードに手をかける。


『高濃度エネルギー体の戦闘意思確認。適度に痛めつけてやります』


 ドデカイ物体は、俺たちを標的に定めたようだ。


 ゴーレム亜種のようだ。

 王都の下水道でも石造りのゴーレムが湧くが、たまーにツルツルした材質のやけに角ばったゴーレムが湧く。

 それの巨大版だ。同じ種類かもしれない。


 えっと、たしか、あのタイプは……。


 俺が思い出す前に、サクラノがカタナを抜いた。


「貴様が大将かっ! デカイ胴体ごと輪切りにしてくれるわっ!」


 サクラノが一直線に駆けていく。


「待て! サクラノ! こいつは!」

小型魔術空兵器ビット、射出』


 ゴーレムの腕や足から、花のツボミのような物体が10数個ほど射出される。

 ツボミは空中に広がり、先端から光線レーザーを放った。


「ちっ!」


 サクラノは飛び退いて、レーザーを回避する。 

 メメナが魔導弓でツボミを数個ほど射抜いたので、ふいの攻撃でも余裕で避けられたようだ。


『高濃度エネルギー体……稀血戦闘体……魔素生命体を確認。

 数十年分の動力源と試算。

 培養液にいれて、じっくりと吸収してやりましょう』


 ゴーレムはまたも例のツボミを射出した。


 今度は100個ほど。

 大広間に展開されたツボミは、その先端で俺たちを射抜こうと狙っていた。


「兄様、どうやらあれは古代遺産のようじゃな」

「……古代の?」

「なにかしらの施設に魔素溜まりが発生して、ダンジョン化したようじゃ。

 おそらく、あのゴーレムみたいな奴にダンジョンコアがついておるぞ」


 ならば、あれを倒さなければダンジョンからは出られない。

 あれほどの巨体、いったどれほどの強さを秘めているのか。


 俺の背中に冷たい汗が流れた。


『さあ、遊んであげましょう。哀れな餌たちよ』


 ツボミの先端からレーザーがいっせいに放たれた。


 サクラノやメメナは大広間を駆けながら避ける。

 俺もひょいひょいと身体をズラしながら避けていた。


『怖いですか? 泣きたいですか? 悔しいですか? 

 あなたの力のなさを呪いなさい』


 ゴーレムは俺たちを煽ってきた。

 メメナは魔導弓でツボミを破壊し、サクラノは大広間を駆けながら届く範囲のツボミを斬って破壊している。


 しかし、次々に新しいツボミが射出された。


『わたしはあなたの支配者です。わたしはあなたの管理者です。

 さあ、怯える姿をわたしにみせてください。

 そうして、


 おかしい。

 なんだ、この違和感。


 あれだけの巨体で、数にものを言わせた攻撃。

 機能は壊れてないようだが、あまりにも……あまりにも……。


 攻撃が、ぬるすぎる。

 正直、下水道のゴーレムと大差がないな。


 外見はご立派で、言葉だけは強い。なんだこいつは。

 ……待てよ?


 俺はそこでピーンときた。


「そうか……わかったぞ!」


 とりあえず、ロングソードを強めにぶうんと振っておく。


 衝撃波が発生する。

 空中に展開していた数百ものツボミが、ドカーンッと花火のように爆ぜた。


「し、師匠?」「あ、兄様?」


 サクラノとメメナは立ち止まり、どうしたのかと俺を見つめてくる。


「わかったんだ! こいつの正体が!」

「まことか、兄様?」

「ああ、メメナは言ったよな?

 ここは『なにかしらの施設に魔素溜まりが発生して、ダンジョン化したようじゃ』って」

「うむ、言ったのう」


 俺は巨大ゴーレムを見据える。

 このゴーレムのことを想うと、憐みの感情がどうしても視線に混ざってしまう。


「ここはきっとさ……大昔の訓練施設なんだ。

 だからダンジョンの罠はゆるいし、このゴーレムの攻撃もさっきからぬるいんだ」


 俺の言葉に、なんだか空気が固まったような気がした。

 サクラノたちどころか巨大ゴーレムも、俺の話を待っているみたいだ。


「冒険者用か兵士用かはわからないけど……。

 ほら、巨大ゴーレムの言葉は強くていかにもボスっぽいけれど、攻撃はぬるぬるだ。

 きっと場の雰囲気を盛りあげるために言っているだけなんだ」

「師匠……。つまり、この巨大ゴーレムの図体は見せかけだと?」


 サクラノはなにか他にも言いたげにしていた。


「ああ、こいつは見かけだけご立派の……大昔の訓練用ゴーレムなんだ。

 利用する者がいなくなった訓練施設がダンジョン化して……。

 こうして、迷いこんだ冒険者相手にいまだ訓練をしつづけているんだ……」


 俺は目頭が熱くなった。


 主人がいなくなっても命令を守り続けるゴーレムの話を、以前、本で読んだことがある。

 俺、こーゆー話に弱いんだ。


 部屋全体がズゴゴゴッとふるえた。

 いや、ダンジョンがふるえている。


 俺はハッとなって、ゴーレムを見据える。


「お前、まさか……泣いているのか……?」

「師匠、わたしには怒っているように思えるのですが」


 ゴーレムの青い瞳がギンギンに光る。


『お前。お前。お前。わたしが、ただの訓練用ゴーレムだと……?』


 ツボミが、さらに大量に射出された。


 認めたくないのか、あるいは自分が何者なのか忘れてしまったのか……。

 ……もう、止まらないんだな。


 訓練したがるあまり、このゴーレムは俺たちをダンジョンに閉じこめた。

 ゆるゆるの攻撃だといっても当たれば怪我をするだろう。

 もし間違えてしまえば、知らない誰かが傷ついてしまうかもしれない。


 そんなの、こいつを創った人も、こいつ自身も望んでいないはずだ。


「わかったよ……」


 ロングソードをぎりりと握りしめる。


「俺が……俺が、止めてやる……!」


 俺は駆けだした。

 いっせいにビームが放たれるが、ゆるいゆるい。

 俺は覚悟を決めて、跳躍する。


「せやああああああっ!」


 己の存在を忘れてしまっても、役目をまっとうしようとしたゴーレム。

 俺は……一刀両断した。


『わ、わ、わたしは……わたしは、古代……ピピッ……超破壊兵器……ピーガガガ。

 ありえないありえないありえない……』


 壊れたゴーレムがなにか言ってるが、よく聞こえないな。


 ダンジョンコアごと破壊したらしい。

 場に張りつめていた空気がどんどん弛緩して、空に浮かんでいたツボミがいっせいに落ちた。


「おやすみゴーレム……。君はもう休んでいいんだ……」

『ピーガガガガ…… これは、この感情は……………無念……?』


 〇


 見渡す限りの大荒野に、俺たちはいた。


 かなりの距離を移動していたようで、ダンジョンから脱出したとき、まばゆい太陽にびっくりしたものだ。森は木々が日光をさえぎっていたしな。


 大荒野にダンジョン入り口跡がある。

 入り口は、メメナの魔導弓で破壊してもらった。


 ダンジョンコアが破壊されたのならば、あとは自然に還っていくだろう。

 ダンジョンコアが壊れたあと、ゆっくりとダンンジョン内部を攻略する者もいるのだが、俺はあのゴーレムを休ませたかった。


「行こうか」

「もういいのですか、師匠?」

「ああ……このことは誰にも秘密だよ?

 このダンジョンも、あのゴーレムも、静かに休ませてあげたいしさ」


 ゴーレムに魂があるかわかないらが、せめてもの慰めになればいいと思う。

 俺の言葉に、サクラノとメメナはゆっくりとうなずいた。


「師匠がそう言うのならば!」


 サクラノは『まあいっか』みたいな顔で。


「兄様がそう言うのならー」


 メメナはどこか楽しそうな顔でいた。

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