Sideザマァ:親の光

 門番がビビット族の集落から離れて、数日後。

 王都グレンディーアの外交団が大森林を進みながら、ビビット族の集落へ向かっていた。


 外交団の護衛は、ケビン率いる冒険者ギルド『悠久の翼』だ。


 魔法使いの少女グーネル。

 そして大盾の男ザキ。


 外交団の護衛任務を任されたのならば名誉だというのに、ケビンは不機嫌そうにしている。


 彼は、屈辱感に苛まされていた。


(くそ! くそ! くそ! くそ! くそ!)


 地面に咲いていた野花にすらイラつき、ケビンはわざと踏みつけた。


(なんだってオレが田舎部族の森に行かなきゃならねーんだ!)


 黄金蜘蛛スタチューへ、必死の命乞いで見逃してもらったケビンは、仕返しをしたくてもできない現状に苛立っていた。


 実力はスタチューのほうが遥か上。

 親の権力を使いたくても、勇者の約束を無下にはできない。


 なにより屈辱なのは、ケビンの噂が冒険者のあいだで広がっていた。


『ケビンの野郎は、しょんべんを垂らしながらモンスターに命乞いをしたぞ』


 どこからか漏れたのか、嫌われ者のケビンの噂はあっというまに広がった。


 冒険者であれば致命的な噂だ。


 しかし、誰もケビンを直接馬鹿にすることはなかった。

 彼の過保護な父親を面倒がっていたのだ。


 冒険者たちは代わりに軽蔑の眼差しを送っていたが、目ざといケビンはそれに気づいて大暴れした。


『てめぇら! オレをバカにしただろ⁉』

『キャハハ! いっけーケビン! ボコボコに殴っちゃえー』


 グーネルは苛立つケビンを煽っていた。

 ケビンが暴れても誰も咎めやしない。

 彼がいまだ権力側だとわかっているからだ。


 彼の父親は王都の治安組織をまとめる大貴族、シャール公爵だ。

 父親の威を借りる息子の横暴を、誰も止めることはできなかった。


(くそ……っ! こうなったのもあのモブ野郎のせいだ……!)


 黄金蜘蛛とモブ臭い門番野郎が、裏でろくでもないことしているのはわかっている。

 絶対にとっちめて、王都の牢獄にぶちこんでやろう。

 ケビンはそう決めていた。


「ケビンー」

「んだよ、グーネル」

「笑顔笑顔。今からみんなでビビット族のおさに出会うんでしょー?」

「……わーってるよ」


 ビビット族。

 エルフは外界とは基本的に交流を断っているが、ビビット族はとりわけて閉鎖的な部族だ。

 以前までは精霊王とやらに守られていたらしいが、諸事情で外界と交流をはじめることになったらしい。


 魔素に適応したエルフは、永遠の命、そして美男美女になれる秘術をもっているのだとか。

 そんな噂がある。

 だから、王都でもエルフたちと交遊を築きたい、貴族はわんさかいた。


 ビビット族はエルフの中でも発言力をもった部族なので、王都としてもいち早く接触しておきたかったのだ。


 どうしてそんな大事な外交団の護衛を、ケビンたちが任されたかだが。


 シャール公爵、親のコネだ。

 妙な噂を不憫に思った父親が、息子のために名誉ある仕事を任せたのだ。


 シャール公爵の息のかかった外交団が、ビビット族といち早く交遊を結べば、その護衛を任されていたケビン共々格があがるだろう。


(はっ……結局は生まれで人生が決まるんだよな)


 自分を見くびっているバカ共たち。

 そしてモブくせー門番。


 奴らはきっと将来大成しないまま終わるだろうと想像して、ケビンはいささか気持ちが落ち着いた。


 〇


 ビビット族の会議場。

 大きなツリーハウスに通されたケビンたちは、思わず口笛を吹いた。


(へー? エルフは美男美女ばかりって聞いたけど、マジ綺麗じゃん)


 ビビット族のおさモルル=ビビットが、会議テーブルに腰をかけている。


 年老いた外交官が対面しながら、モルルの話を熱心に聞いていた。


 グーネルやザキは、テーブル脇で歓談を見守り中。

 ケビンだけが邪なことを考えていた。


(へへっ、田舎育ちの女なんて世間知らずもいいところだろ。

 いっちょ貴族様が遊んでやるとするか)


 ケビンは下卑た視線をモルルに送る。


 モルルはわずかに眉をひそめた。ケビンの邪な視線を感じとったのだ。

 だが今は外交中だと、モルルは話をつづけた。


「――そういったわけで、ボクたちは脅威を退けることができたのです」

「それはご苦労なさりましたな。して、その勇猛な戦士殿は?」

「……残念ながら、先代と共に旅立ちました」

「ふうむ、ビビット族の人間のかけ橋となった方と、ぜひお話ししたかったのですが……」

「彼はまだ無名ですが、いずれお耳に挟むかと」

「ご期待されているのですな。一体どのような方なのですか?」


 年老いた外交官の問いに、モルルがちょっと言いづらそうにする。


「? どうされましたか? ビビット殿」

「いえ特徴なのですが……」

「そんなに目立つお方なのでしょうか」

「むしろ逆で。

 その……あまりにモブっぽいといいますか。印象が薄いといいますか……。

 そこも含めて、魅力的だと思っているのですが」


 その言葉に、ケビンが反射的に声を出した。


「――あの門番野郎か⁉」


 一瞬で、場の空気が凍りついた。


 年老いた外交官は唖然としているし、モルルの瞳は険しいものになった。

 あの門番が関わっていると知って、ケビンは叫ばずにいられなかったのだ。


 ザキが小声で告げる。 


「ぼっちゃん、おやめください」

「うるせえええっ! 親父の腰巾着は黙っていやがれっ! 

 おい! あの門番野郎がここに来たんだろ⁉ 

 お前ら騙されているぜ! あいつはなっ、ろくでもない奴なんだ!」


 ケビンは興奮気味にまくし立てた。


 モルルは冷たい表情になる。


「それで、君はどこの誰なんだ?」

「シャール公爵の息子だ! しらねーのか田舎娘!」


 どれだけ自分の立場が偉くて優れているか、ケビンは言ってやったつもりだった。


 モルルは嘲笑した。


「……はははっ。まさか、親の名前を持ちだすとはね」

「んだてめぇ⁉ お前もオレをバカにしやがるのか⁉」

「シャール公爵の子弟か。知っているよ。

 君のせいで、あの方は王都を追いだされるハメになったと聞いている」


 モルルは笑顔でそう言ったが、目が笑っていない。

 このあたりの圧力は、母親のメメナ譲りである。


「だ、だったら、なんだってんだ……」


 もちろん、モルルは婚姻の約束などしていない。

 だが親友とは一生付き合うものであり、それはもはや婚姻したに等しいとモルルは考えていた。


 そうとは知らないケビンのプライドは傷つけられた。


 なんであんなモブ野郎が、こんな美女と。

 あんな一生下働きが栄光をつかむな、と。


 ふーふーっと鼻息荒いケビンに謝る意思はないなと、モルルは悟った。


「……話は、もう終わりにしましょう」


 年老いた外交官が真っ青になった。


「そ、それは、わたしどもと交遊は結べないと……⁉」

「いいえ、きちんと対話をつづけていきたいと思っております。

 ですが、その、偉大だろうシャール公爵に関わる者とは同席したくありません。

 また、シャール公爵の息のかかる者とはこれ以上お話をつづける気はございませんので、あしからず」


 モルルの作り笑みに、年老いた外交官はうなだれた。


 おそらく、これからビビット族との外交は非常に難しくなる。

 しかも王都側が一方的に喧嘩を売った状態だ。

 他国と外交で大きく離されるだろう。


 外交の場をめちゃくちゃにされて、年老いた外交官がケビンを睨む。


「ケビン殿! このことは上にご報告させていただきますぞ……!」

「はっ、好きにしろよ! っつーかこんな田舎部族と付き合う必要ねえっての!」


 上には、オレのオヤジがいる。

 なにを報告したって無駄だがな、とケビンはヘラヘラ半笑いでいた。 


 〇


 ケビンがことの重大さを知るのは、他の貴族たちから父親共々糾弾されたときになる。


 シャール公爵も発言力を大きく削がれ、さらには子弟の素行も晒されてしまい。

 ケビンは、親の威光すら失うことになった。


 そんな彼を誰も見逃すはずがなかった。


「よう、しょんべんたれのケビン」

「父親にオムツを履かせてもらったか?」

「おやっ⁉ 冒険者パーティー『悠久のしょんべん』じゃねーか!

 今日も元気にモンスターに命乞いしてるかー?」


 と冒険者たちに煽られても、ケビンはやりかえすことができず。


「くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! 

 オレは! お前らとは違うんだ……!  お前らバカ共とは違って……! オレは……!」


 誰もいない路地裏で、壁に向かって、吠えるしかなかった。

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