第18話 ただの門番、巣立ちに付きそう

 俺とメメナが大樹の麓まで駆け降りると、すでに小規模な戦闘が行われていた。


 かがり火が灯された中で、数十ものエルフたちが、白銀の剣を煌めかせている。

 ビィンッと矢が放たれる音が無数に聞こえる。

 怒声と叫び声がいたるところから届いてきた。


 エルフたちはバラバラになりながら戦い、ジリジリと押されている。


 奇襲に、統率がとれていないんだっ。


 と、俺は奇妙な圧を感じとる。


「なにか、くる……!」


 俺はロングソードを抜く。


 すると、骸骨が闇の中からまるで扉をくぐるように、ヌッとあらわれる。


 鎧と剣で武装した骸骨戦士ボーンウォーリアだ。

 俺の視界に入るなり襲いかかってきた。


「ちっ!」


 骸骨系か。面倒だな。


 奴らは群れるし、再生力がある。

 頭や部位を失っても、他の骸骨モンスターの骨を接いで襲いかかってくる、厄介さんだ。


 そんな相手には、これ。

 頭から背骨にかけて、一直線に叩き割るような斬撃。


 背骨を粉砕すれば奴らは身動きとれなくなり、二度と再生してこない。

 ね? 簡単でしょ。


「サクラノ! どこだ!」


 この手の騒ぎ、彼女が大人しくしているわけがない。


 やはりというか、闇夜で赤い線が奔った。

 興奮したサクラノの瞳だ。


「師匠ー! あなたの弟子はここにいますー!」


 サクラノがカタナを手に、闇からあらわれる。

 いつになく溌剌とした表情だなあ。


「師匠ー! 師匠ー! 倒しても倒しても再生するモンスターは初めてですー!」

「骸骨系は背骨を狙え! 身動きとれなくなるぞ!」

「なるほど! ひたすら砕きまくっておりました!」


 それはそれでシンプルな解決策ではあるが。


「しかし師匠! モンスターの夜襲とは……!」

「ああサクラノ、大変だと思うが――」

「実に滾りますねっ! 今宵は骸骨共を砕く音を、子守唄代わりにしましょうぞ!」


 サクラノの瞳がギンギラギンに赤く輝いている。

 モンスターと間違われて、エルフに攻撃されるんじゃないかちょっと不安になった。


 興奮したサクラノには気を付けるよう、メメナに注意しおうとしたが。


「メメナ?」


 側にいたメメナがどこにもいない。


 いや、いた。

 30歩ほど先。

 10数体の骸骨戦士が、奇襲に混乱しているエルフたちに襲いかかろうとしている。


 メメナはそこ向かい、駆けていた。


「メメナッ! 危ない!」


 俺は叫びながら駆けていくが、メメナは止まらない。


 少女の右手には、小弓が握られていた。

 不思議なことに、弓には弦がない。

 というか、矢すら持っていない。


 まさか慌てるあまり、壊れた弓を持ちだしたのではと思ったが、それは俺の杞憂だった。


 メメナが小弓に指をかけると、小弓に光の弦があらわれる。


「――光陰五月雨アローレイン!」


 小弓から光の矢が骸骨戦士の数だけ放たれる。

 骸骨戦士の頭蓋骨がいっせいに射抜かれると、奴らは光に包まれて蒸発した。


 魔導弓だ……! 初めて見た!


 幼くても氏族の長。

 戦えて当たり前なのだと、俺は感心した。


「皆の者! 誰も怪我しておらんな!」


 メメナがそう叫ぶと、慌てていたエルフたちが表情をひきしめる。


「はっ! 負傷者はおりません!」

「骸骨どもの数は⁉」

「ざっと100体ほど! まだ大樹の麓で押しとどめております!」

「女子供はどこじゃっ?」

「集会所に避難させております!」

「わかった! ひとまず奴らを押しかえすぞ!」


 メメナが頼りにされていることがよくわかる。

 エルフたちは混乱からたちなおり、闇夜から襲いかかってくる骸骨戦士をあっというまに押しかえしていた。


 状況が一旦落ち着いてから、メメナが再度叫ぶ。


「誰ぞ! この状況を詳しく知る者はおらんか⁉」


 と、モルルが剣を抜いたまメメナに駆け寄ってきた。


「――母……メメナ様! この骸骨ども! 深淵の森のモンスターです!」

「なっ⁉ まことか⁉」

「はいっ……! 斥候部隊の報告によれば間違いないと……!」


 モルルも、メメナも、他のエルフたちも顔が青ざめていた。


 深淵の森。

 たしか、メメナが精霊王を支えるために還る場所だ。


 どうして、そこからモンスターが?

 精霊王ブルービットが邪悪なモノを退けていたんじゃ?


 俺ですらそんな疑問を抱くのだ。

 エルフたちにとってはかなりの動揺となったようで、表情を強張らせて立ち尽くしている。


「メメナ様……⁉ いったいどういうことなのでしょう⁉」

「メ、メメナ様、精霊王様になにかお考えがあるのでしょうか……?」

「メメナ様……わ、我々はどうすれば……!」


 誰も彼も少女にすがるような瞳を送っている。


 メメナは視線に応えず、下唇を噛んでいる。

 きっと答えはでているんだ。

 けれど長としての責務が、そう告げることが難しいのだろう。


 なら、部外者の俺が代わりに言うしかない。


「なあ、その精霊王さ。……モンスターに負けたんじゃ?」


 俺の言葉に、モルルが怒鳴る。


「き、貴様! 不敬にもほどがあるぞ! 精霊王様が負けるはずがないだろう!」

「だったら、この森から去ったんだろうな」


 モルルはたじろぐ。


「そ、そんなわけ……」

「……メメナが水浴びしていた湖、ホントなら、精霊王の術で人間は近づけないんだろ?」

「そ、それは……。だが、精霊王様がなにも言わずビビット族を見捨てるなど……!」


 ざわざわと、不安と恐怖が入り混じった声がした。

 エルフたちは家から放り出された子供のように、泣きそうな顔になっている。


 精霊王がなぜいなくなったのかはわからない。

 けれど守護者がいなくなり、住み慣れた家が脅かされて、不安になる彼らの気持ちはよくわかる。


 俺だって、王都を出るしかなかったときは悲しかった。

 生まれ故郷をド田舎だと言っているが、寂しくなるときだってある。


 慣れ親しんだ土地のありがたみは、俺にもよくわかっていた。


「深淵の森ってのは、どっちにあるんだ?」


 俺の問いに、モルルがまばたきした。


「どっちとは?」

「そこからモンスターが湧いてくるんだろ?

 ビビット族のみんなが状況を立てなおすまで、俺がなんとか時間を稼いでくる」


 俺が壁代わりになる。

 俺のそんな台詞に、モルルは目を丸くした。


「人間……どうして、エルフのために……?」

「俺はビビットの森の……門番だからな」


 みんなの居場所を守るために門番は存在するもんだ。

 俺の力強い笑みにモルルはぽかんと口をあけて、メメナが爆笑した。


「ふふふ……ふははははははっ!」


 急に笑い出したメメナに、エルフたちがあわあわと取り乱す。

 メメナは乱心ではないと言いたげに胸をはり、彼らによく聞こえるように告げた。


「ふふっ……! いないものを当てにしても仕方がないのう!

 精霊王様が我らを見捨てたのであらば素直に受け入れようぞ!」

「で、ですが、メメナ様……精霊王様がいなければ……」


 屈強なエルフの声は今にも消えそうだ。


「なにもできぬと申すか?」

「それは……」

「その図体は飾りか? まさかお主、あとは人間に任せて自分は安全なところで引きこもりたいのか?」


 メメナにほくそ笑まれ、屈強なエルフは瞳に力を宿した。

 勇ましい戦士の顔だ。


 メメナはエルフたちの顔を見渡しながら叫ぶ。


「皆の者! 巣立ちのときぞ!

 ここは我らの地! 我らの故郷! 我らの手で守らねばな!」


 すかさずモルルが拳を高らかにあげて叫ぶ。

 エルフたちも、うおおおと叫んで呼応した。


 親離れのときがきたと言わんばかりに、彼らは闘志を燃やしていた。


「師匠! 今宵は鏖殺ですね! 鏖殺!」

「……嬉しそうだなあ。ま、頼りにしてるよ」

「はい! お任せください!」


 サクラノがいてくれてよかった。

 彼女の旺盛な戦意は、俺に勇気を与えてくれる。


 さあ!

 みていろ、精霊王!

 お前が見捨てたエルフたちの絆がここにあるぞ!

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