第16話 ただの門番、人妻ロリババアエルフに兄様呼びされる

「――ビビットの森にようこそ!」


 俺の力のはいった門番台詞が、ビビット族の集落にひびいた。


 大樹のド真ん中。

 下界へとつづく螺旋階段の出入り口で、俺はにこやかに立っていた。


 周りのエルフからは白い目で見られたが。


「なんだあの人間……」

「メメナ様が雇った門番だそうよ」

「…………なぜ人間に我らの門番を?」

「さあな。……なんにせよ、メメナ様の望みであれば叶えたい」


 ヒソヒソ話が聞こえてくる。

 あの少女は、みんなから慕われているようだ。


 無罪放免となった俺たちだが、すぐには帰れなかった。

 どうやらビビット族は、現在とても大事な儀式の最中らしく、外界との交流を完全に断っているらしい。エルフが村の外に出ることすら禁じられているようで、掟であれば俺たちも従うしかなかった。


 メメナの水浴びも、神聖な儀式だったとか。

 メメナが俺たちに寛大な処置をしたのだと、あとで知った。


 ちなみに門番の仕事は、俺から少女に頼んだことだ。


『仕事とな? ふむ。儀式が終わるまで、客人としてもてなす気でおるのじゃが』

『迷惑をかけておいて、なにもしないわけにもいきませんし……』

『殊勝な心がけじゃな。それでは、武術講師など――』

『そんな大層なものではなく、門番の仕事でもあれば』

『門番? お主、そもそもボロロ村でも門番じゃったようだが、まことか?』

『え? はい、そうですけど……?』

『はははっ! 門番……! お主ほどの男が門番か……!』


 なにがおかしいのか、メメナはけらけらと笑った。

 とにかく気に入られたようで、俺は門番のお仕事にありつけたわけだ。


「ビビットの森にようこそ!」


 俺は一生懸命、門番の仕事に励んでいた。

 まあ誰か来るわけでもないので暇なのだが。声出しは門番アピールだ。


 エルフからは奇異の視線で見られるし、サクラノはつまらなそうに俺の袖をひっぱってくる。


「師匠ー、なにもまた門番の仕事などしなくてもー」

「俺、気づいたんだ。俺はどこにいても門番をするのが運命じゃないかって。それが運命ならば従おう」

「師匠は門番ではなく、わたしの師匠です!」


 サクラノはぷーっと片頬をふくらました。

 修行を付き合うといった手前、俺の時間が仕事で割かれるのは不満らしい。


 正直、師事する相手を間違っているとは思うのだが。


「仕事が終わったらいくらでも付き合うよ」

「……はいっ!」


 満面の笑みを前に、無下にはできんよなあ。

 ちゃんとした師匠を見つけることも、きちんと考えなければいけないか。


 俺がうーんと考えこんでいると、ケタケタと笑い声が聞こえてきた。


「おうー。門番仕事に精をだしているようじゃなー」


 メメナだ。

 俺たちを見つけるなり、嬉しそうに手をふってくる。


「メメナ様」


 俺が様づけすると、メメナは思いっきり目を細めた。


「様?」

「メ、メメナ……」

「うむ。メメナじゃよー」


 メメナはころりと機嫌よく笑った。


 メメナは俺たちに『様づけ禁止。敬語禁止』と命令をだした。

 不敬すぎないかと思うのだが、従わねば迷いの森に追いだすとも脅されたので、俺は気軽に(気軽に?)接する他なかった。


「メメナ、どうしたんだよ」

「どうしたもなにも、お前たちと楽しくお話しにきたに決まっておろう。

 ビビットの森に、外の者なんて滅多にこんからのー」

「といっても、俺はド田舎出身で……たいした話なんて」


 俺はサクラノをちらと見る。


「わたしも似たようなものですしー。

 それより師匠、また下水道の話をしてください!」

「おおっ、その話はワシも気になるぞ」


 サクラノとメメナが、俺に詰めよった。


「そんな面白い話だったか……?」


 王都での話がそうなくて、下水道のことをちょっと語ったのだが、二人は興味を持ったようだった。


 雑魚狩りの話なんて面白いかな……。

 まあお望みならば。


 俺が話そうとすると、モルルが血相を抱えて飛んできた。


母様かあさま……っ! また人間なんかと一緒に……!」


 モルルはメメナをかばうように俺たちの前に立ちふさがる。

 そんなモルルに、メメナは厄介そうにした。


「あーあー、うるさいのう。ワシの好きにさせんか」

「神聖な儀式の前です……! 母様もご承知でしょう!」

「だから好きにしておる」


 メメナが真顔でそう告げると、モルルは押し黙った。


 なんだ?

 儀式の前なら好きにするのか?


 というか、だ。


「なあ、母様って……?」


 メメナはしまった、といった表情をした。


「……モールールー。お前のせいじゃぞー?」

「な、なにも隠す必要はないでしょう! いつかはバレるのですから!」


 なにも隠す必要。いつかはバレる。

 小さな女の子にたいして母様呼び。


 俺はぴーんときた。


「あんた」

「なんだ人間。ボクに話しかけるな」

「小さな女の子相手に母なんて……。自分の性癖に素直なんだな……」

「はあ……⁉」


 モルルは困惑した表情を浮かべた。


「いや誤解しないでくれ、決して馬鹿にしているわけじゃない。

 むしろ自分の性癖を恥じることなく、大っぴらにしていることに尊敬している」

「待て! 人間! なにか勘違いしているだろ⁉」


 小さな女の子相手に、母のように接したい性癖があるとは聞く。


 以前、兵士長が『オレがそうだ』と、酔った勢いでぶっちゃけていた。

 特殊すぎて俺には理解できなかったが、『人の性癖をとやかくいうものではない』と、兵士長から教わっている。


 ちなみに俺は熟女好きだ。

 そのせいか、兵士長とは真にわかりあうことはできなかった。


「人間! やめろ! その生温かい目線は!」


 モルルが顔を真っ赤にして怒っている側で、メメナが腹を抱えて爆笑した。


「ぶははっ! そーなんじゃよ! こやつは甘えん坊でなー」

「母様⁉」

「こーんな小さな女の子を母などと! 

 いい加減、一人立ちして欲しいものじゃ! なあ兄様もそう思わんか?」


 兄? 

 誰のことだ?


 ワンテンポ遅れて、俺のことだと気づく。


「……兄って、俺?」

「うむうむ! ワシは小さな女の子ゆえなー。

 頼りがいのある男は兄呼びしたくなるのじゃよー♪」


 メメナはケラケラと楽しそうに笑う。

 モルルはなんだか恥ずかしそうに、さらに顔を真っ赤にしていた。


「おやめください! 母様! おやめください!」

「いやじゃよー♪ ワシは小さな女の子じゃもーん♪」

「もーんって、母様……!」


 なにをやっているんだろーなーと、サクラノに視線をやれば。

 サクラノは『マジで言っています?』と信じられなさそうな視線で返された。


 うん?

 メメナが寂し我がり屋だってことはちゃんと察しているぞ。

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