第15話 ただの門番、エルフの長に尋問される

 パルバリー神聖国は多民族国家。


 氏族がそれそれで集落を築いていく、国家体制である。

 氏族の長は他集落との橋渡しとなり、年に数回ほど、国中央にある世界樹でサミットを行うらしい。


 小さな集落であっても氏族のおさ

 言わばコミュニティの顔であり、絶対君主だ。


『氏族の長に会うことがあれば、決して失礼のないよう』にと、俺も兵士長に教わっていた。


 まあ王都では会う機会がなかったが。

 そして、俺が今どうしてこんな話を思い出したかといえば……。


 水浴びしていた、小さな女の子。

 その子が、ビビット族の長だった。


「――して、モブっぽい愚かな者よ。申し開きはあるかえ?」


 大きなツリーハウスの中。


 この氏族を象徴するような置物やら祭壇が創られた、あきらかお偉い人が会議する場所。

 俺とサクラノは、部屋中央に座らされていた。


 部屋の両端には、武装したエルフたち。

 そして上座には、あの女の子――メメナ=ビビットが正座している。


 メメナの高級感ただよう服は、少女を高貴な者と悟らせるには十分だった。


「ははあ……! 私どもは、怪しい者の術により、森を十数日も彷徨っていたのでございます……!」


 俺はつい仰々しい台詞になる。

 下っ端根性が染みついていたのだ。


「ほう、精霊に目をつけられたと申すか?」


 メメナは、ギラリと俺を睨んだ。


 あまり殺気はぶつけないで欲しい。

 隣のサクラノの瞳がうっすら赤くなっているから。


 書物や話で見聞していた、エルフの里。

 大樹と大樹にあいだには吊り橋が縦横無尽に張りめぐらされていて、エルフは大樹のうえで生活していた。


 その幻想的な光景に、俺は連行されながらも興奮していたが。

 サクラノは別の意味で興奮していた。


『師匠、師匠。……殺陣たてりますか?』

『た、たて? ……そのタテりってのは、どういう意味?』

『敵陣深くでバッサバッサと斬りながら、暴れまわる行為です!』


 と、サクラノは連行されながらも周囲に剣気を飛ばしていた。


 サクラノはエルフたちの敵意を前にして、戦闘態勢に移行しつつある。

 俺がメメナへの返答を間違えば、エルフと敵対しかねない状況にあった。


「精霊ではございません。もっと邪悪な者でした」

「邪悪な者? たとえそうであっても、そうそうは目をつけられんぞ。

 お主、なにをしたんじゃ?」

「……禁忌の洞窟から、蜘蛛を解き放つことに関わりました」


 メメナは片眉をあげた。


「ああ、ボロロ村の件か。伝わっておるぞ。

 なるほど。蜘蛛たちを嫌う、精霊や浮遊霊はおるじゃろうなあ」

「私は両者の調印式に立ち会いました。それで、目をつけられたようです」

「ふむ? お主、立場のある者かえ?」

「いいえ、ボロロ村の門番でございます」

「……ただの門番が立ち合い人になったのか?」


 メメナはせなさそうな表情をした。


「成り行きで……」


 そう答えるしかなかった。


 俺の返答に、メメナが武装したエルフたちに目配せする。

 武装したエルフたちは、剣をいっせいに抜いた。


「ま、待ってください!」

「命乞いか?」

「ここで私たちを斬り捨てようとする……り、理由をお話しください!」


 サクラノの瞳が赤く染まっている。

 ウキウキとしたサクラノの表情に、俺は冷や汗を流した。


「お主が立ち入った湖は、ビビット族の聖域じゃ。

 しかも精霊王ブルービット様が術で結界はっておるゆえ、普通の人間は入れん」

「え? け、けれど……」

「ああ、お主たちは嘘をついておる。あるいは、なにか隠し事があるかじゃ」


 なにか目的があって、侵入したのではないか。

 メメナの瞳がそう語ってきた。


「お主、精霊王ブルービット様にお会いしなかったのか?

 精霊王様は人間を特に嫌っておるお方じゃ……。湖に近づけば、必ず姿をあらわすはずじゃがのう……」


 俺は思い返してみるが、心当たりがない。

 邪悪な青白い男とは戦ったが、精霊なんて可愛らしい存在はいなかった。


 どうする?

 話を誤魔化すか……?


「…………会いませんでした」

「ふむ」


 ここで嘘をついても仕方ない。

 せめて敵対する意思はないと、誠意が伝わるように頭を下げた。


 すると、メメナから殺気が消える。


「――お前たち、武器を下げてもよいぞ」

「えっ⁉」


 俺が驚いて顔をあげると、メメナは温和な笑みを浮かべていた。


「脅して悪かったのう。

 なにか隠し事があるのではと探ってみたが……本当になにもしらんようじゃな」

「そ、それでは……!」

「無罪放免じゃ。ま、ワシの半裸をみたことは、まだちょーっと怒っておるがな」


 メメナはケタケタと笑う。

 ついでにサクラノのほらみたことですかーという視線が俺に突き刺さった。


「本当に申し訳ありませんでした……」


 反省します……。

 ひとまず、俺が安堵の息をつくと、エルフの青年が叫んだ。


「いけません! かあ……メメナ様!」


 これぞ美エルフといわんばかりのエルフが俺をにらんできた。

 モブっぽい俺とは対照的なイケメンエルフに、俺はちょっと引け目を感じる。


「……どうしたんじゃ。モルルよ」

「こやつはかあ……メメナ様の半裸をのぞ……いいえ、エルフの聖域にズカズカと立ち入ったのです!

 このまま無罪放免は、他の者に示しがつきません!」

「ならばどうせいと言うんじゃ……?」


 メナナはちょっと呆れたように言った。


「この場での決闘をお許しくださいませ!」

「……お前、それ私闘ではないのか?」

「いいえ、公明正大な決闘でございます! なにもせず無罪放免とはいきません! 

 こやつも剣を携える者であれば、腕に自信があるのでございましょう! 

 己のプライドに賭けて戦うことで、他の者も納得するはずです!」

「モルル……お前に剣で勝てる者などそうおらんじゃろ……」

「ははは、ボクもそこまでうぬぼれてはおりませんよ!

 しかし、あの、いかにもモブっぽい者よりは、強いでしょうな!」


 どうやらモルルと呼ばれた青年は、相当剣の腕が立つらしい。

 みんなのまえで俺を痛めつけることで、ケジメをつけさせたいようだが……。


「師匠ー、手加減してあげてくださいねー? 圧勝では可哀相ですし」


 サクラノが聞こえるように大声で言った。


 なにを言いだすかと思ったが、サクラノの笑顔はなんだか怖い。

 あのモルルの言動が気に食わなかったようだ。


 モルルが俺をにらむ。


「人間、ボクに手加減をすると?」

「え、いや、俺は……」

「師匠はー『お前をボッコボコに泣かしてやる』と言っておりますー」

「サクラノ⁉」


 サクラノの言葉に、モルルが剣を構えた。

 俺のボロいロングソードより、ずっと立派な白銀の剣を突き出して、まっすぐに突貫してくる。


「いざ尋常に勝負だ! 人間!」

「いきなり勝負をはじめて、いざもねーよ⁉」


 俺は正座したままロングソードを抜く。

 ガキンッと、お互いの剣が重なりあった。


「……?」「こ、この人間……⁉」


 やけに、ゆるい斬撃だな?

 本当に腕の立つ者なのか?


 正座したまま、何回か打ちあう。


 あれ?

 かなり手加減されている……?


 俺を大勢の前で痛めつけるつもりのくせに、この情けない剣技。

 なにか意図があるのか?


 もしや……俺に花を持たせようとしている、とか?


 たしかに、このエルフの青年のいったとおり無罪放免では示しがつかないだろう。

 だからこうして戦たってみせてはいるが、部外者の俺に配慮もしてくれている……?


 な、なんて……。

 なんて良い奴なんだ!


「き、貴様! なにをニヤつているか!」


 モルルは剣速をあげたが一撃一撃が軽い。

 サクラノよりも、ずっと貧弱な斬撃だ。


 座ったままでも余裕でいなせるな。


 えーっと、これはまさか早く攻撃を当てて、勝負を決めろってことか?

 それならばと、俺はちょっとだけ力をこめる。


「せいっ」


 相手を傷つけないように剣の腹を使い、モルルをふっ飛ばす。

 モルルはまっすぐにふっ飛ばされていき、そのまま棚につっこんだ。


 静寂が場を支配して、他のエルフたちはぽかんと口をあけている。

 サクラノはドヤ顔でいた。


「うむ! 勝負ありじゃな!」


 そして、なんでだか、メメナが一番嬉しそうにしていた。

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