第14話 ただの門番、エルフに出会う

 さあ謎モンスターの術も解けて、大森林を脱出できたかといえば。


 …あいかわらず出られなかった。

 俺たちはパルバリー神聖国の深いところまで侵入していたようで、帰り道がとっくにわからなくなっており、歩けど歩けど見たところがない場所にでる。


 率直に言えば、遭難だ。


 とっくに夜は更けており、俺とサクラノは月明かりを頼りに森を歩きつづけていた。

 ホーホーと梟の鳴く声や、ウオオオンと狼に似たモンスターの雄叫びが聞こえてくる。


 サクラノはダラダラと歩きながら俺に提案してきた。


「師匠ー、やっぱり森を切り拓きながら進みましょうよー」

「それはもう諦めて。精霊どころか、パルバリー神聖国のエルフに睨まれたくない」


 とっくにパルバリー神聖国領内だ。

 ガシガシ森を切り拓いている人間を、エルフたちはどう思うか。


 不審者で終わればいいが、まず間違いなく穏便にはすまないだろう。


「俺はまた、門番の仕事をクビになるわけにはいかないんだ」

「それはもう諦めたほうが」


 ええい、10数日無断欠勤したぐらいなんだ。俺は諦めんぞ。


 というか、心配して捜索してくれてもおかしくないとは思うが……。

 まさか俺の印象が薄すぎて、忘れられたってことは……ないよなあ。


 ないよな……?


 不安になっていた俺に、ついついとサクラノが服を引っぱってきた。


「師匠、人がいます」

「ほんとか⁉」

「はい、そこの湖に」


 茂みの奥に目を凝らすと、月光でぼんやり光る湖畔に、人がいた。


 小さな女の子だ。


 月光浴をしているのか、長い銀髪を湖につけながらチャプチャプと全身に水をかけている。布の服がべったりと身体に張りついていて、蠱惑的……でもないか。子供だし。


 けど、やけに大人びた表情をする子だな。

 と、少女の耳がとんがっていることに気づいた。


「サクラノ。あの子、エルフだよ。初めて見た」

「みたいですね。あれ? 師匠、エルフを見るのは初めてですか? 

 王都にいれば見る機会が何度かあったでしょうに」

「貴族はかかわりあるよーだけど、俺は末端だし。

 そもそも王都で兵士やっていたけど、実はド田舎出身でさ。

 こっちの事情はそこまで詳しくないんだ」

「では、わたしとそう変わりませんね」


 と、なぜかサクラノは嬉しそうだ。

 遠方出身同士、仲間だと思われたのか。

 いうても俺の地元、ほんとびっくりするぐらいなにもないド田舎なんだがな。


「まあ、近くにエルフの村がありそうだな。俺、声をかけてくるよ」

「え?」


 サクラノが信じられないといった顔をした。


「師匠。あの子、水浴びをしていますよ?」

「しているが?」

「女の子ですよ?」

「女の子だが?」


 なにを言いたいのかわからず俺が困っていると、サクラノが呆れたように告げてきた。


「女の子の水浴び中に近寄ってはいけませんよ」

「ははっ、まだ小さな子じゃないか。あの子もそんなこと気にしないって」

「しーしょーうー」

「なにもやましいことをするわけじゃないし」

「じー」


 サクラノが物言いたげに見つめてくる。

 なにかあらぬ疑いをかけられているようだが、俺は笑顔で言ってやる。


「王都の噴水では、あれぐらいの子がひとめ気にせず遊んでいるよ」

「うーん、しかし……」

「大丈夫大丈夫」

「わたし、たまに思うのですが。実は師匠、天然ではないかと……」


 失敬な。

 勤務態度は真面目君でとおっていた門番だぞ。


 思いこみが強いところはあるって、評価に書かれたことはあるけど……。


「なんにせよ、俺は行くよ。さっさとこの森を抜けたいし」


 サクラノもさすがに同意見か、今度は異を挟まなかった。

 とりあえず、あの子を不安にさせるべきではないなと笑顔笑顔で茂みからあらわれ、湖にチャプチャプと入って行く。


「君ー、ちょっといいかなー? 俺たち道に迷っているんだけどー」


 笑顔の俺に、女の子がバッと顔を向ける。

 この世あらざるものでも睨むかのような目つきで、少女は叫んだ。


「貴様! 不敬であるぞ!」


 何百もの殺気が俺たちを取り囲む。

 湖の反対側から、数百人のエルフたちが弓で俺たちを狙っていた。

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