第13話 ただの門番、知らずに精霊王を倒す

《キサマラ……大概にせいよ……》


 おどろおどろしい声がして、開拓された森の空間が円を描いたように歪む。


 湿り気のある風が吹きすさび、空間が縦に裂けた。

 そうして、空間の裂け目から青い手が伸びてきて、ヌッと、全身青白い男があらわれる。


 呆気にとられていた俺たちに、青白い男が告げた。


《おのれえ……ただの人間ごときが……》


 青白い男は俺たちを睨む。

 絶対に殺してやる。

 そんな青白い男のいわれもない殺気に、俺は急いで弁明した。


「ま、待ってくれ! なにかしらんが誤解だ!」

《この森を荒らしたのはキサマラではないか》

「……すまん、誤解ではない!」


 俺はなぎ倒された木々を前に、正気に戻った。


 もしや大森林に住まう精霊の類いか。

 俺が恐れ敬うとする前に、サクラノが突撃した。


「おのれえ! 怪しい奴が!」


 しかしサクラノのカタナが空を切る。

 青白い男に斬撃はとおっていたのだが、まるで霞を切ったようにすり抜けたのだ。


《ふはははは! 人間ごときの刃が我にとおると思うてか!》


 青白い男は高笑い、サクラノに指先を向ける。 


《どれ、しばし苦痛に悶えてもらおう――》

「狡嚙流! 梳き噛み!」


 ガビュッと、空気を噛むような音が聞こえた。

 青白い男の身体がわずかに斬れる。


《ぐわあああああ⁉⁉⁉ わ、我の身体があああ⁉⁉⁉》

「ふむ。やはり無形のものであったか。であれば、無形斬りがよく通るな」


 サクラノは得意げにカタナを再度構えた。


 いかん。

 このままではよくわからんものを、よくわからんまま倒してしまう。

 こっちが悪いようだし、なにもわからず一方的な加害者にはなりたくない。


「待て待て待て待て待て‼」


 俺何度この台詞を言えばいいんだ。


「わかっています師匠! 次はしっかり首を落としますゆえ!」

「ゆえじゃない! 話を聞く前に斬りかかるんじゃーないの!」

「しゃべれる程度には生かしておけと! さすが師匠!」


 さすが師匠じゃないわい!

 俺はサクラノを遮るように立ち、青白い男に申し訳なさげに語りかけた。


「あ、あの……大丈夫ですか……?」

《大丈夫なわけあるか! 我はな! 斬られたのだぞ!》

「ですよね……。斬られましたよね。

 それでその……いまさらなんですが、私たちになにかご不満をもっていたようですが……?」


 俺は門番らしく、苦情を聞く姿勢になる。


《見てわからんか! この森を!》

「開拓されていますね……」

《誰のせいだ! 言うてみろ!》

「私たちのせいですね……」


 やはり精霊の類いだろうか。

 森を荒らす不届き者にブチきれて、こうして排除しにきたと。


 謝ってすみそうにないな……。


「一応、弁解させていただきますと……実は私ども数日前から森で彷徨っておりまして……。

 森から出たくても出られなく、こうなればと乱暴な解決策を……」

《はっ! 当たり前だ! 我の術で彷徨わせていたからなっ!》


 あん?


「えーっと……貴方が俺たちに術をかけて、数日間彷徨わせたと?」

《そう言っておるだろうが! クサレ脳みその人間がわずかな言葉も覚えられんか!》

「…………なにか、怨まれることでもしたでしょうか?」

《お前らだろうが! 気色の悪い蜘蛛どもを大森林に解き放ったのは! 

 蜘蛛め、ずっーーーと洞穴に閉じこもってればいいものを……!

 しかも外からからかうこともできなくなって、つまらなくなったではないか!》


 俺はスンッと真顔になる。


「……理由はわかった。ちなみに、どうすれば許してくれたんだ?」

《許すわけがないだろうがバーーーーーカ!

 お前たちは一生森で彷徨いつづけて死ぬのみだ! ブハハハハハハハッ!》


 俺はサクラノに目をやった。


「斬るぞ、サクラノ」

「その言葉まっておりました!」


 サクラノは目を爛々と輝かせた。


 精霊だろうがなんだろうが、邪悪は邪悪。

 それに見逃しておけばボロロ村にも災厄がふりかかるだろう。


 離れていても俺は門番なのだ。

 仕事をしなければ。


《はっ! やはり人間どもは野蛮だな! 我のように遊び心がない!》

「遊び心で死ぬまで森で彷徨わせつづけるんじゃねーよ!」


 俺が斬りかかろうとすると、青白い男が空中に浮かび、周囲を漂いはじめる。

 すると青白い男の身体がブレはじめ、10体に分身してみせた。


《ふははは! 力づくは芸がなくて面白くないが……我の魔術で肉片のこらず消し飛ばしてくれるわ!》


 分身した青白い男たちは、両手をかざす。

 そして俺たちに向かい、魔術を一斉に放ってきた。


 火炎魔法、雷撃魔法、氷結魔法、光撃魔法、多種多様な魔法の嵐。


 俺は魔術の一斉放射に目を大きく見開いた。


 懐かしい。

 王都の下水道でも似たようなモンスターが湧いたなあ。


 青白い男とはちがって、姿は丸っこくてふよふよ浮いているモンスターだ。

 分身するし、魔術をガシガシ放ってくるわで……。


 しかも、こっちの攻撃がマトモに通じない。

 何度も焼かれたり、電撃でシビシビしたり、氷漬けになったりもした。

 あまりにも難敵すぎて、どうやって他の兵士たちは攻略しているんだろうとわからず、聞いたものだ。


『はあー? 下水道のモンスターを倒すにはどうすらばいいか、だ?』

『んなもん、今より強くなって物理で斬ればいいだけだろ』

『なんかごちゃごちゃ難しいことでも考えてんじゃねーの?』

『おいおい、そんなんで王都の兵士がつとまるのかよ』


 なるほどな、と俺は思った。

 難しく考えず、シンプルに。


 火炎魔法が襲いかかれば、速く斬ればいい。


 霊撃魔法が襲いかかれば、もっと速く斬ればいい。


 氷結魔法が襲いかかれば、とにかく速く斬ればいい。


 光撃魔法が襲いかかれば、それより速く斬ればいい――そうすれば、ぜんぜん問題なかった。


 俺は、青白い男たちの魔術をすべて斬りふせる。


《バカな⁉ 我の魔術が斬撃でかき消されただと⁉》


 取り乱した青白い男たちに、俺は間合いを詰める。


《ふ、ふんっ! 我が本気になれば、お前たちの攻撃などいっさいとおらん!》


 そうなんだよなー。

 こういう実態をろくにもたない系、倒すのに最初ほんと苦労した。

 なにをやってもスカるし、あっちは一方的に攻撃するしで……一時期はストレスすぎて、十円ハゲすらできたものだ。


 対処方法がみつかったら、あとは楽だったが。


「せやああああああっ!」


 とにかくめっちゃ速く斬ればいい。

 俺は分身した青白い男たちをまとめて斬り伏せた。


《うそだ……。わ、我が、人間ごときに……うそだああああああ………》


 青白い男たちは断末魔をあげて霧散する。

 俺は残心のち、ロングソードを納刀すると、サクラノがぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてきた。


「師匠! 師匠! 師匠!」

「お、おう、どったの?」

「無形斬りをあんなにも素早く、それでいて精度も高く……!

 わたし、師匠には毎度驚かされてばかりで、常に感服が更新しております……!」


 サクラノの尊敬のまなざしに、俺はうろたえながら答えた。


「ああ、あれな。なにも考えずに、とにかく速く斬ることを重視したらできるぞ」

「そうなのですか! 精進いたします……!」


 同僚のアドバイスだし、そう感心されると心苦しい……。

 難しいことを考えずに無心で斬れば、あーゆー実態持たない系斬れるんだよなー。


 ん?

 森の様子がおかしいな?


「……なあサクラノ、森の気配が変わったか?」

「そういえば……どこかズレるような感覚が消え失せておりますね。

 術が解けたのでしょう。

 さきほどの青白い男、もしや高位の精霊だったのでは?」


 サクラノの疑問に、俺は青白い男を思い出した。


 悪戯にしては度が過ぎているし、青白い男というビジュアルも可愛げがない。

 常に人間を見下していた態度は、傲慢が形になったかのようだ。


「ないない。精霊ってもっと可愛い容姿じゃないの?

 きっと大森林限定の雑魚モンスターだよ」

「そうですか、師匠が言うのであればそうなんでしょうね」

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