第12話 ただの門番、門番なのに道に迷う
ボロロ村を離れて数日。
俺とサクラノは大森林を彷徨い歩いていた。
別に森で修行しているわけでも、森林浴が好きなわけでもない。
森から出られないのだ。
あれは、数日前のこと。
蜘蛛たちの様子をたしかめに森を歩いていると、そのまま出られなくなった。
……おかしい。
思いかえしても、なんらおかしなことはしていない。
森に差しこむわずかな光を頼りに、マジどういうことなのかと歩いて行く。
「師匠~。ここさっき通った場所ですよー?」
俺の前でトコトコ歩いていたサクラノがふりかえった。
「やっぱりそうか……」
「これも修行と耐えていますが、さすがに終わりが見えないのは疲れますね」
と言いつつ、サクラノはまだまだ平気そうだ。
俺はといえば、いつまでも出られない森に気が滅入ってはいる。
野営には慣れているし、森には果物があるし、動物もいる。食料には困らない。
小川もあるので生活水にも困りはしないが、限度がある。
「精霊の仕業だよなあ……」
「パルパリー神聖国にいる精霊は、悪戯で旅人を迷わせるとは聞きますね。
ですが、わたしたち、精霊に嫌われることなんてしましたか?」
「してないよな。国境をちょっと超えたかもしれんが……」
「困りましたねー」
「ほんとだよ。このままじゃ恐ろしいことがおきる」
「恐ろしいことですか?」
どうしてワクワクした表情なのか。
俺は深いため息を吐く。
「……無断欠勤で門番の仕事がクビになってしまう」
「えー、別にいいじゃないですかー」
サクラノがなんだそんなことと、明るい声で言ってきた。
俺にとって深刻な問題なんだがな……。
「サクラノ、仕事をクビになるのはキツイことなんだぞ。なにせ仕事を失う」
「師匠には師匠の仕事があるではありませんか!」
「……お賃金発生しないし」
俺は現実を叩きつけたが、サクラノはカラッとした表情でいた。
「師匠はいざとなれば、わたしの故郷に来ればいいのです!」
「……門番の仕事でもあんの?」
「門番どころか、国仕えの武官に……いえ、一国一城の主になるやもですよ!」
相変わらずよいしょするなあ。
俺のことを誰もしらない東の国か。
仕事はありそーな気もするが。
「うん、まあ、ちょっとね」
「師匠ー、曖昧な態度はいただけませんよー」
サクラノは唇をとがらせた。
いやだって女子供でも戦うことが当たり前で、サクラノのような血の気の多い者ばかりと聞いて、喜んで行く者はそういない。
よしんば門番の仕事にありつけとしても毎日トラブルの嵐。
俺の胃はズタズタにされるだろう。
サクラノはじーっと俺を見つめてくるが、だってさあ。
「……あっ! 師匠! 果物ですよ! 果物!」
俺がふりかえると、木の幹に大きなリンゴが生えていた。
カボチャぐらいの大きさのリンゴだ。
サクラノは興味をパッと変えたようで、タッタカと駆けていく。
「待て待て待て!」
俺は慌ててサクラノを羽交い絞めした。
「どうしてですかー?」
「どうしてもなにも、木の幹に大きなリンゴが生えるわけないだろ。よく見なさい」
大きなリンゴは、サクラノが近づかないとわかるや否や、横真っ二つに割れた。
リンゴは大きな牙をガシガシとかち合わて、悔しそうに唸っている。
フルーツマウスだ。
果物に擬態するモンスターで、わかりやすいぐらいに大きいので基本ひっかることはないが、ボロロ村近辺で湧くので一応気をつけるように、村長から注意されていた。
「村長から教わっていた例のモンスターだよ」
「残念ー。今晩のオカズになりそーでしたのに」
そのわりには、サクラノはたいして悔しそうには見えなかった。
俺に羽交い絞めにされてもいるのに、やけに機嫌がいい。
「なあ、サクラノ。もしかして、わざとやっていないか?」
「えっ……⁉」
サクラノは一瞬バレたかといった顔をした。
あやしい。
そもそもサクラノは魔の気配をある程度察せる。
お馬鹿な面があるが、あんなわかりやすいモンスターに騙されないはずだ。
「なあ……ついさっきも植物モンスターの罠に引っかかりにいってたよな?
俺が羽交い絞めして止めたけどさ」
「それは、その……」
サクラノは耳まで顔を赤くさせた。
あきらかに、なにかを隠している。
俺はしばらく無言の圧を与えていたが、サクラノが白状しなかったので、ちょっと搦め手を使う。
「おっかしいーなー。サクラノのような優秀な弟子が、こんな罠にひっかかるわけないのに……。
俺の見込みちがいだったかな?」
サクラノはびくりと身体をふるわせて、慌てて答えた。
「じ、実は! 師匠に羽交い絞めにされるのを待っておりました……!」
「俺に羽交い絞めに……? なんで?」
「し、師匠と、か、か、身体が触れあうわけじゃないですか……で、で、ですから!」
「なるほど」
修行の一種のようだ。
きっと俺に羽交い絞めされてから、なにかしら技を仕掛けようとしているのではないか。
今も俺の隙をうかがっているのだろうな。
察しの良い俺は、そう気づくことができた。
「も、申し訳ありません……もう二度といたしませんので」
サクラノは俺から離れて、しゅーんと肩を下げた。
彼女にもし犬耳が生えていれば、申し訳なさそうに垂れ下がっていたことだろう。
「まあ、今はそんなことをしている場合じゃないしな」
「で、ですよね…………」
「森を出てからだな」
サクラノはバッと顔をあげる。
「森を出たら……良いのですか?」
「そりゃあ良いだろう。いくらでも付き合うよ」
一応俺は師匠なわけで、サクラノは弟子なんだし。
それが修行ならいくらでも付き合うつもりだ。
「い、いくらでもですか……っ⁉」
サクラノは興奮したように前のめりになった。
ほんと強さに貪欲な子だ。そこは俺も見習わなければな。
「とはいえ、まずは森を出ないことには……」
「師匠! 実はちょっと考えがあるのです!」
サクラノは、ぐわっと俺に近づきながら言った。
いかにも素晴らしい案がありますよといった表情だが、ちょっと不安を感じる。
わりと脳筋思考だしなあ。
「……聞くけど、どんな方法?」
「下手に道を歩くから迷うのです! まっすぐに、道を切り拓けば迷いません!」
サクラノは森を指さしながら言った。
褒めてー褒めてーと言いたげな彼女に、俺は言ってやる。
「天才か……」
天才か。
道がなければ、道をつくればいい。
下手に歩くから迷うのだ。
たしかに!
「そ、そうでしょうか?」
「サクラノは天才だよ!」
「え、えへへ!」
「よーし! そうと決まれば森をガシガシ切り拓いていこー!」
「はーい!」
俺とサクラノは、二人で笑顔になりながら武器を抜いた。
サクラノがまずは一閃。
大木が、ずずーんと綺麗に倒れる。
次に俺の一閃。
大木がドドドーンッとまとめて10本は倒れた。
「師匠! すごーい! すごいです!」
「いやいやサクラノの天才っぷりに比べれば、どーってことないない」
「え、えへへ! あ、岩がありますね! どうしましょう!」
「岩はね! こうやって柄で殴れば壊れやすいぞ!」
「民家ぐらいの大きさの岩があっさりと! さすが師匠! 師匠は最高の師匠です!」
「はっはっは! ほめ過ぎだ! 可愛い弟子め!」
「か、かわいい⁉ え、えへへへへ!」
喜んだサクラノが、バッサバッサと木をなぎ倒す。
俺もハイテンションで、木や、岩や、滝をぶっ壊していった。
あとになって思えば、数日間も森を彷徨いつづけていて精神がくたびれていたのだろう。
脳も精神も疲れていたときに、今までの鬱憤を晴らすような超強引な解決案。
思わず飛びついてしまったのだ。
そうして森を開拓しつづける俺たちに、超不機嫌な声がひびく。
《キサマラ……大概にせいよ……》
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