Sideザマァ:かん違い
「くそが! くそが! くそが!」
ケビン――門番をクビに追いこんだ剣士は、不機嫌そうに大森林を歩いていた。
ケビンは苛立つあまり、木の根っこに足をとらわれそうになり、さらに「くそがくそが」と連呼する。
彼の背後からは魔法使いの少女――グーネル。
そして大盾を持った男———ザキが、つかずはなれずで付いてきていた。
有名な冒険者パーティー『悠久の翼』の3人組だ。
もっとも、有名といっても悪名でだが。
実力はそこそこのくせに、態度が悪い。
さらには仕事も雑。
仕事でトラブってはギルド側に責任をなすりつけると、本来ならブラックリスト入りしてもおかしくない連中だ。
しかし、ケビンの父親は、王都の治安組織をまとめる大貴族。
彼に睨まれたら仕事を失うどころか、この地方にすらいられなくなる。
事実、つい最近もケビンは面白半分で、門番を追放していた。
まさしく唯我独尊な彼は、子供のように癇癪を起こしていた。
「ケビンー、まだ怒っているのー?」
グーネルがニヤニヤ顔でたずねた。
「当たり前だろ! このオレ様がわざわざ出向いてやったのに! あの村の奴らめ!」
ケビンは、さっきまでボロロ村を訪れていた。
蜘蛛襲撃の伝令が王都に届き、冒険者ギルドに依頼がまいこんだので(ケビンが無理やりもぎとった形だが)やってきたのだ。
しかし事件は無事解決。
あろうことか蜘蛛と共存するとも聞いて、暴れることができなくて苛立っていたのだ。
「どーするのー? ケビンのパパに連絡して、村の連中を怒ってもらうー?」
「……勇者が残した文書があるからな。迂闊にさわれねーよ」
「なーんだ。残念」
グーネルは心底つまらそうに言った。
グーネルは自分より立場の弱い者をいじめるのが大好きだった。
「ふんっ……くそが」
ケビンはイライラがおさえきれなかった。
なにも肩透かしを食らったから、機嫌が悪いのではない。
その程度で機嫌を損ねる人間ではあるが、他にも理由があったのだ。
狡噛流。
倭族の武闘派が王都周辺で暴れているらしく、指名手配されていた。
なかなかに面倒な奴らしく、ケビンはいっちょ自分がぶった倒して名声を得てやるかと考えていたのだが。
『おやめください、ぼっちゃん』
大盾の男、ザキが止めたのだ。
ザキは、シャール公爵に仕える武家だ。
ケビンが冒険者になると聞き、シャール公爵が息子を支えるよう頼んでいた。
いわばお守り役であるため、ケビンは彼のことが好きではない。
普段も「オレのやることに口出すな」と命令しているのだが、そのザキが止めたのだ。
『ぼっちゃん。狡嚙流の人間とは、決して面倒を起こしてはなりません。
彼らは命を奪うことになんの躊躇いもせず、強くなるためであれば身内も殺す、狂犬の一族です』
『あん……? お前、オレに口出すっての?』
『はい』
『そのこーがみ流ってのに、オレが負けるとでも?』
『お父上も同じ判断を下すでしょう』
ザキが必死で止めてきたので、ケビンもしぶしぶ従うしかなかった。
だが、面白くない。
どいつもこいつも自分を見くびっている。
冒険者ギルドの連中も、腹の底では侮っているのがわかる。
だから、良い依頼を回してこないのだ。
彼は、己を過大評価していた。
「ケビンー。このまま進むと洞窟だよー? いいのー?」
「いいんだよ。あのモブ野郎のズルを、今から暴きにいくんだ」
さらに面白くないことは、ボロロ村の事件に、あの門番がかかわっているらしいこと。
事件解決の立役者は、お供といっしょに姿を消したらしく、直接会ってはいないが。
『あまりにもモブっぽい、王都の元兵士』と聞いてぴーんときた。
門番とのいざこざは、ここ最近の一番笑える話として、何度もグーネルと馬鹿にし合っていたからだ。
無様に国から出て行けばいいものを、どうやらまだウロチョロしているらしい。
しかも奴は村の連中から賞賛されていて、ケビンは面白くなかった。
その賞賛はオレのものだ。
オレよりしょぼい野郎が、賞賛を得るんじゃない。
彼は苛立つに苛立っていた。
「まー、あのザコおにーさんが、どーにかできるとは思わないけどさー」
「はっ、当たり前だろ」
「そもそもさー。この蜘蛛騒動、ケビンのせいじゃないの?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねーっての。
オレは、夢にうかれた新人冒険者をそそのかしただけだ。
『禁忌の洞窟には、すげえ財宝が眠っているぞ』ってな」
「蜘蛛の巣だと黙ってでしょ? うっわ、悪い人~」
グーネルはゲタゲタと笑った。
禁忌の洞窟に冒険者が侵入したのは、ケビンの退屈しのぎが原因だ。
蜘蛛退治も尻拭いからではなく、『蜘蛛狩りついで、財宝を漁ってやろう』とぐらいしか彼は考えていなかった。
「ったく、どいつもこいつもバカばかりで嫌になるぜ」
「……ぼっちゃん、お下がりください」
「あんっ?」
ザキがケビンの前に立ち、大盾を構えた。
どうしたのかと目を凝らす。
すると、黄金色の蜘蛛———スタチューが森の影からあらわれる。
「……冒険者がやってきたと思い、監視していれば」
人語を
「うっへ、まじで蜘蛛が人間様の言葉をしゃべってやがる。きもっー」
「キャハハッ、最悪だねー」
彼らの不遜な態度にもスタチューは声を荒げず、冷静に対応した。
「洞窟に侵入した冒険者。まさか貴方たちが原因だとは……。
どおりで、あの冒険者たちは禁忌であることを知らないはずです」
「蜘蛛ごときが人間様の話を盗み聞きしているんじゃねーよ」
「………………仲間たちが死んだことで、食料も生活圏の問題も解消しましたが。
はたして、貴方に感謝すべきなのか」
「そりゃあ感謝すべきだろ」
「皮肉もつうじませんか」
「皮肉とわかって煽ってんだ。ボーケ」
ケビンはへらへらと煽った。
どうやらこいつが噂の蜘蛛らしい。
あのモブ野郎と結託してなにを企んでいるのかわからないが、ここはいっちょとっちめてやろう。
不慮の事故でぶっ殺すかもしれないがな。
そう、ケビンはほくそ笑んだ。
しかし。
「見くびられたものですね」
「はーあ?」
「こうも露骨に侮られるとは」
「はいはい、なんでもいいからかかってこいや。
今なら、足の8本切るぐらいで許してやるぜ?」
「…………調印が終わったばかりです、まあ手加減はしてあげますよ。
死なない程度の手加減はね」
「ぐだぐだ言ってねーで、さっさとかかってこいや雑魚が!」
ケビンが吠えると、森の濃度が一気に増した。
赤色の点々がケビンたちをとりかこんでいる。
こいつが、こいつだけは、絶対に逃がさない。そう無数の複眼がとらえていた。
〇
――十数分後。
ケビンもまた勘違いをしていた。
穏健派で人との共存を選んだ相手だからとはいえ、弱いわけではない。
エンシェントタランチュラをボスとしていたのも、豪胆タイプのほうが群れがまとまりやすいと、スタチューが知っていたからこそ。
ザキもグーネルも、地面で気絶していた。
傷一つ負っていないスタチューが淡々と言う。
「私は優しいですから、手足を4本切るぐらいで許してあげますよ。
貴方が望んだよりは少ないでしょう?」
「ゆ、ゆるしてくだしゃい…………」
「聞こえませんね」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「私はモンスターなのでね。モンスターの言葉でお願いします」
「ひっ⁉」
ケビンは鼻水を垂らし、泣きながら土に額をこすりつけていた。
彼は知らなかったのだ。
温和な者ほど怒らせたら怖いこと。
謝っても許してもらえない存在がいること。
そして、命が助かるのならば、しょんべんを垂らしながら自分は謝ることができるのだと、ケビンは知らなかった。
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