第11話 ただの門番、門番らしく見守る

『なにせ、俺は門番だからな!』


 と、かっこうはつけたが。

 いやかっこうつけられたかわからないが、俺のやることはいたって単純なものだった。


 大森林のひらけた広場。

 見わたしのよい場所には、暖かな日差しが差しこんでいる。

 花畑が美しい森の休憩所で、ボロロ村の人たちと、蜘蛛たちが集まっていた。


 お互いに近づきもせず、おっかなびっくりといった様子だ。

 両種族はそれでも逃げ出そうとはせず、広場中央の切り株で執りおこなわれている、調印式を見守っていた。


 ボロロ村の村長が、羊皮紙を見つめながら、こくんとうなずいた。


「――これで、無事調印が終わりましたな」


 スタチューも同じようにうなずく。


「新たな条約がこれで結ばれましたね」


 村の人たちと蜘蛛たちから、同時に、安堵の息が漏れた。


 俺がやったことは本当になんでもない。

 話の場をもうけて、種族同士で話してもらう。


 それだけ。


 兵士の仕事には、トラブルの仲裁もあるので、俺はそれを実践しただけだった。


 蜘蛛の意思はまとまっていたので、説得が必要だったのはボロロ村の人たち。

 最初俺たちは洗脳されたのではと、村人に疑われたが、スタチューがたった一匹で村までやってきて無抵抗の意思を貫いたので、どうにか話しあいの場を設けられた。


 一応武力として、俺とサクラノが木の影で待機してはいるが。

 まあ、両者戦う気はないのはわかっていたので気楽なものだ。


 こうして無事に調印が終わり、スタチューは明るい声をあげた。


「私たちの提案を受け入れていただき……本当にどう感謝を伝えればよいか。

 一族の滅亡を覚悟していたところでした」

「いえいえ、お互いご近所さんなわけですし、困ったときはお互い様です」

「……今度こそ、共存していきたいものですね」

「ですなあ」


 村長は羊皮紙をもう一度改めながら、スタチューに言う。


「勇者様との約束に関しては『外』の定義づけが曖昧でしたので、王都も強くは言えないでしょう。

 これからは大森林も『中』扱いで問題ありませんよ」

「本当にありがとうございます。これで食糧に悩まされることがなくなります」


 今回の調印。

 ようは、蜘蛛の生存圏拡大を認めるものだ。


 勇者との約束は公式文書として残っているようで、一方的な破棄は村が国に睨まれる。

 しかし、文意はゆるいものらしく、村長曰く『拡大解釈が十分可能』とのこと。


 これによって、蜘蛛の生存圏が大森林まで広がった。


 細かい調整は色々あったようだが、村長とスタチューでよく話しあったらしい。

 これからはお互い、持ちつ持たれつの仲になる。


 蜘蛛からは――村人は絶対に襲わない。他のモンスターから村人を守る。


 村人からは――洞穴に侵入しない。蜘蛛に食料を融通する。


 などなど。

 今後トラブルもあるだろうが、両者にとって前向きな取り決めとなった。 


「師匠ー。これも門番のお仕事なのですか?」


 俺の隣にいたサクラノが、興味深そうに聞いてきた。


「まあね。王都はいろんな人が集まるからトラブルも多い。

 彼らの話を聞いたりして、仲裁するのもお仕事かな」

「それで強くなれるのですか?」


 まーたそんなことを、と思ったが。

 サクラノはいたって真剣な表情だ。


 平和を望む者たちもいれば、彼女のように戦いの中で生きる人がいる。

 まがいなりにも師匠なら、それを忘れてはいけないか。


「強くなれるかわからない……けど」

「けど?」

「自分を支える誇りにはなっていた、かな」


 ただの門番として過ごした、王都の3年間。

 なにもないと思っていたが、民を守る気持ちはしっかりと養われていたようで、その誇りが俺を蜘蛛との戦いに赴かせて、こうして比較的平和的な解決手段をとれた。


 まあ、あいかわらず影は薄いけどさ。

 俺はそう苦笑していたが。


 村人たちが俺に手をふってきた。


「門番さーん!」

「門番さん、今回はありがとー!」

「今度、あんたたちの歓迎会を盛大にひらくよ! 楽しみにしてくれよ!」


 俺はボンヤリと、彼らの笑顔を見つめていた。


「師匠! 歓迎会だなんて、楽しみですね!」


 サクラノも嬉しそうに笑っている。

 俺は久々の充実感に、自然と笑みがこぼれた。


「ああ、楽しみだな」


 新しい新天地。

 そしてちょっと血の気が多いが、可愛い弟子ができた。

 とりあえず、仕事にはありつけたなあと、俺はうーんと背筋を伸ばした。



 ――しかし、その数日後、俺とサクラノは失踪する。



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ここまでお読みいただきありがとうございます!

だいたいこのノリが加速していく、盛大勘違い英雄譚です。

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