第10話 ただの門番、エリアボスを倒していたことに気づく

「――私たちは争うつもりはありません。

 どうか、私の話を聞いていただけませんか?」


 黄金蜘蛛は人語をかいした。

 しゃべれるモンスターはいると聞いたことはあるが、それは、おとぎ話の類いだと思っていた。


 しかも、あの黄金蜘蛛は俺たちの気配を察している。

 高位のモンスターだと、俺の全身が怖気立つ。


「私には戦う意思もありません。

 もし私の話を聞いていただけるのであれば……お話のあとに、殺していただいてもかまいません」


 黄金蜘蛛の声は穏やかだが、覚悟を感じとれた。


 ど、どうする?

 奇襲は失敗。

 罠っぽく思えるが、あの蜘蛛からは強い対話の意思が感じられる。


 俺は隣のサクラノに目をやる。

 サクラノは瞳を赤く輝かせながらカタナを抜いていた。


「モンスターでありながら良い覚悟だっ! その命もらいうける!」


 サクラノは乾坤一擲とばかりにカタナを上段で構える。

 そして、タッタカーと駆けていった。


「待て待て待て待て⁉」

「ガルルルルルルッ」


 この狂犬ちゃんはホントさっ!

 俺は慌ててサクラノを羽交い絞めにした。


「サクラノ! あの蜘蛛の話をまず聞こう!」

「聞いてから殺すのですね⁉」

「一度殺すのは忘れよう! な⁉」

「グルルッ⁉︎」

「あの蜘蛛もそうだが、広間に隠れている蜘蛛たちに戦闘の意思はない!

 邪悪な気配を感じとれないんだ!」


 俺がそう言うと、サクラノはくんくんと鼻をかいで眉根をひそめた。


 広間の影に、ざっと100体ほどの蜘蛛が隠れていることに気づいたらしい。

 サクラノの剣気にあてられたのか、隠れている蜘蛛たちの怯えの感情が伝わってきた。


 俺の台詞に、黄金蜘蛛は驚いた声をあげる。


「す、すごい……! 仲間はきちんと隠れていたのに……!

 私も気配察知は得意ですが、驚きました……! あなたたちは、さぞ名のあるお方なのでしょうね!」


 俺は首を左右にふる。


「いや? ただの門番だが」

「ただの弟子だ! ガルルルッ」


 黄金の蜘蛛はちょっと困ったようにたじろぐ。


「そ、そうなんですか……?

 ただの門番と弟子が、わざわざ危険な蜘蛛の巣に……?」


 うっ。

 なんか俺たちのほうが常識ないみたいになっている……。


 黄金蜘蛛の視線が、まるで残念コンビでも見ているようで辛い。


「ま、まあ、あなたたちが何者であれ、剣で斬りつかないでいただきありがとうございました。

 もしもの場合、私がまず自害することで信頼を得ようとも考えておりました……」

「俺が剣を抜くことはないさ。お前から邪悪な念は感じないしな」

「……あの、やはり、名のあるお方なのでは?」

「いや、ただの門番だ」

「ですが――」

「門番だ」


 正直に答えなくていいかもしれんが、自分を強く見せる気はあまりない。


 しかし、この蜘蛛も世界の広さをしらんようだ。

 基本ずっと、この洞窟にいるみたいだしな。ここの蜘蛛。


「それで、話ってのはなんだ。えーっと……」

「スタチュー、とお呼びください」


 スタチューは恭しく地面に這いつくばってみせた。

 蜘蛛流のお辞儀らしい。


 スタチューの穏やかな物腰に反して、サクラノはまだガルルッとうなっている。


 これじゃあ、どちらが人間でモンスターかわからんな。

 同じ人間として恥ずかしくなってきたぞ……。


「それで、私どもの話なのですが……」

「うん」

「村の人たちとは戦う気がない、そのことを知ってもらいたかったのです」

「……戦う気がない?」

「はい、私たちは降参する準備ができております」


 サクラノが「敗北を認めたのならば、首魁らしく自害せよ!」と吠えたので、俺はまあまあと宥めておく。


「……わからんな。あれほど好戦的だったのに、どうして突然?」

「もとより戦う気が最初からなかったのです。この洞窟にいる者は」

「この洞窟にいる者?」

「はい。今、この洞窟に残っている仲間たちは、人間の村を襲おうなど考えておりませんでした」


 スタチューは、洞窟の影に視線を向けた。


 無数の複眼が光っている。

 どうも俺たち(特にサクラノ)に怯えきっているようだ。

 まるで、ボロロ村の女子供のように。


 そこで俺ははたと気づく。


「もしかして、仲間内で意見が対立していたのか?」

「……そのとおりです」


 スタチューは懇願するように前足を合わせた。


「この洞窟の蜘蛛たちは、大昔『勇者様を素通りさせることで、討伐を見逃してもらえた』者たちの子孫です。

 勇者様の『外にでなければ危害を加えないし、こちらからも危害を加えない』。

 その約束をずっと守り続けていました。ですが……」


 スタチューは重々しくつぶやく。


「…………洞窟内で、仲間の数が増えすぎたのです」

「……なるほど」


 スタチューの言いたいことはわかった。


 この洞窟が、どれほど広いかはわからない。

 しかし大勢の蜘蛛を養うには、食糧に限界があるだろう。


「外に行きたがる蜘蛛が増えたわけだな」

「はい……。『勇者様との約束は大昔のこと。なぜ、まだ守る必要があるのか』と、異議を唱える仲間があらわれはじめました」

「だからって村を襲えば、冒険者たちに討伐されかねないだろう」

「私……いえ現状維持派は、もちろん反対いたしました。

 ですが……力をもった蜘蛛たちは次々に強硬派に鞍替えしていき……そして、事件が起きたのです」

「事件?」


 スタチューは少し迷いながら言った。


「……この禁忌の洞穴に、人間たちが侵入しました」

「……本当か? ボロロ村の人たちはそんなことは一言も」

「おそらく冒険者たちです。洞窟内の秘宝を狙ってのことでしょうね。

 追いはらうことはできたのですが……。

 エンシェントタランチュラ……私たちの主様が『人間どもは不可侵を破った』とお怒りになられまして、強硬派を止めることができくなり……」

「そんなことが……ん?」


 エンシェントタランチュラ様?

 私たちの主?


「スタチューは……エンシェントタランチュラじゃないのか?」

「め、滅相もございません⁉ わ、私はただのトークスパイダーです!」

「黄金色なのに?」

「色がなにか関係あるんです?」


 別にないな。

 黄金色って強いイメージあるからてっきり。


 いや、だったら、その、エンシェントタランチュラはどこに?


「なあ、そのエンシェントタランチュラはどこに行ったんだ?」

「わかりません……。

 主様は強硬派たちといっしょに洞窟を飛びだして、それっきり……」

「森に隠れているとか?」

「主様は豪気なお方です!

 襲うと決めたのならば、まず真っ先に村へ襲いかかるでしょう!」


 サクラノがちょっとわかるわーみたいな顔をしていた。

 そこで同調するんじゃない。


 しかし、エンシェントタランチュラは、なぜ消えた?

 どこに行ったんだ?


 ……もしかして、俺は、なにか勘違いしているのか?


「なあ、そのエンシェントタランチュラの特徴は……?」

「30メートルを超える大蜘蛛です。私たちの中で、一番大きな蜘蛛でございます……」

「……そして怒り狂っていて、村を真っ先に襲いにかかったはず、だと」


 心当たりがある。

 もしかして、あのときの巨大蜘蛛?


 そーだよ。

 あのとき、俺が正門で倒したのは、エンシェントタランチュラだったんだ!


 なんっつーことだ。

 俺はずっと勘違いしていたのか!


 村人が恐れる洞窟のボスとも知らず、倒していたなんて……!


 俺が沈黙したので、スタチューは不思議そうにした。

 周りの蜘蛛たちも少し落ち着きがない。


 うー……なんという盛大な勘違いだ。

 自分の勘違いっぷりが恥ずかしくなってくる。


 でも。

 だからこそ俺は、

 蜘蛛にとって酷な話になるかもしれないが……伝えなければいけないだろう。


「エンシェントタランチュラは、俺が倒した」

「なっ⁉ あなたが⁉⁉⁉」


 他の蜘蛛たちの動揺が伝わってくる。

 サクラノが「やっぱり! 師匠は最強――」と叫びかけたので、手で口を塞いでおく。余計なイザコザは避けたい。


「や、やはり、あなたは名のあるお方なのですね……⁉ 

 でなければ、主様を倒せるはずがありませんもの……!」


 スタチューは心中複雑そうだ。


「いや、俺はただの門番だ」

「けれど、ただの門番が主様に勝てるわけが……」

「だろうな。しかも、一太刀だ。

 ただの門番が、村人が恐れる巨大蜘蛛を一太刀で倒したんだ。

 そんなことあるはずがないよな」

「……あの、なにをおっしゃりたいので?」


 モンスターの境遇に、同情したわけじゃない。

 しかし、エンシェントタランチュラの真意は、正しく伝えなければいけない。


 自己犠牲の精神に、人もモンスターも関係ないのだから。


「エンシェントタランチュラは、

「そ、そんな⁉ 主様が⁉」

「ああ、だから俺は一太刀で倒すことができたんだ」

「し、しかし、エンシェントタランチュラ様は常日頃から『人間なんてゴミ。人間なんてクソ。どうして俺さまが人間の約束なんぞに従って、洞窟にこもらなきゃいけねえんだ。あいつら殺しちまおうぜ。絶対楽しいって』とおっしゃっていた方ですよ⁉」


 くっそガラの悪い蜘蛛だな。

 討伐されて当然では?


 いやその言葉すら、真意を隠すためかもしれない。


 すれ違いや勘違いは誰にだっておこることだ。

 もしかしたら俺も、とんでもない勘違いをしているかもしれないのだから。


 蜘蛛の頭数が減れば、食糧事情は解消されるだろう?」

「で、では、主様が強硬派を連れて飛びだしたのも、人間たちに殺されるために⁉

 そうすることで私たちの負担を減らそうと……⁉」

「間違いない」

「あなたがおっしゃるとおり、強硬派がまとめて亡くなったことで、問題は解決されましたが……」

「やはりな……」


 人間の村を襲えば、冒険者に討伐依頼がだされるだろうが。

 スタチューを信じて、あとの交渉を任せたのだろうな。


 ふっ、今日の俺は冴えている。


「あの……。実は、あなたがめちゃくちゃ強い可能性は……?」


 やれやれ。

 またそれか。


「ただの門番が、めっちゃ強いモンスターを倒せるわけがないだろう?」

「た、たしかに、あなたのモブ臭は半端ないですが……」


 それで納得されるのはちょっと傷つくが。

 まあ事実だから仕方がない。


 サクラノは『あの巨大蜘蛛、絶対に本気でしたよ。師匠の実力ですよ』と目で訴えてくるが、そんなわけないだろう。まったく。


 信じられない事実を前に、スタチューは力なくうなだれた。


「主様……申し訳ございません……」

「まあ勘違いやすれ違いは誰にだってあるって」

「主様の真意がわからなかった愚かな私も……すぐにあとを追いましょう……」

「ちょっ⁉」


 いや、なにも、俺はそこまで追いつめる気は……。

 どうしよう。

 モンスターだからといって、このまま死なれては後味が悪いぞ……。


 俺がううんと悩んでいると、サクラノがスタチューの覚悟に感動していた。


「立派な心意気だな! よかろう! わたしが介錯たてまつる!」

「待て待て待て待て⁉ 後追いも介錯もストップ!

 今よりマシな状況、お、俺がなんとかするからさ!」


 サクラノやスタチューや、蜘蛛たちの視線を感じとる。

 俺は洞窟いっぱいに叫んでやった。


「なにせ、俺は門番だからな!」

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