第8話 ただの門番、勘違いさせる

 日が西に沈む。

 空は、カクテルが沈殿したような濃い紫色となっていた。


 俺とサクラノは、大森林を歩いていた。

 鬱蒼とした森の中、キノコの湿った匂いがする。腐葉土をザクザクと踏みぬきながら、奥まで進んでいく。


 エンシェントタランチュラが住むという禁忌の洞窟とは、方向は逆だが。

 こうやってわざと音を出して、囮になっていた。


 今ごろ、他の村人たちも松明を持ち、ボロロ村裏門で蜘蛛の注意を引いているだろう。

 陽動しながら、女子供を先に逃がす作戦だった。


 この作戦はうまくいくと思う。


 敵は、まっさきに偵察を送ってくるような用心深い蜘蛛だ。

 俺が敵陣地近くでこうして囮になれば、次々に先兵を送ってくるはずだ。


 事実、俺は気配を感じとる。


「サクラノ」


 俺の背後……俺の影を踏まない距離にいたサクラノに、声をかける。

 サクラノは、ちゃきりとカタナを抜いた。


「師匠! きます!」

「ああっ! わかっている!」


 俺もやっすいロングソードを抜く。

 蜘蛛モンスターが太い木の枝を飛び移りながらやってきたので、睨みあげた。


 その数16体。

 全長は1メートルほどだ。


 どうやらエンシェントタランチュラは、俺たちの相手なんて雑魚でいいと思っているらしい。

 さっきから小型の蜘蛛ばかりに、こうやって何度も襲われていた。


 見くびられて腹は立つが、好都合だ。

 その油断、突いてやる。


 俺は吐きだされる糸をかいくぐり、蜘蛛の群れにつっこむ。


 ジュバッ、と神速の剣技を繰りだした。


 まあ神速だと勝手に思っているだけだが、雑魚モンスター相手に俺の剣技は十分通用するようで、13体の蜘蛛がバラバラになった。


「さすが師匠です! あっというまに13体もバラバラに!」


 サクラノは自分のことのように嬉しそうだ。

 彼女の足元には、3体の蜘蛛が転がっていた。


「サクラノもお疲れさま。3体、楽に倒せたようだね」

「えへへ……師匠に比べれば全然ですが……! 

 師匠の剣技はまさしく神速の域で……惚れ惚れしますね!」


 はは、よいしょされてるなあ。

 大袈裟な子だ。

 俺もちょっと師匠っぽいことを言ってみようかな。


「俺が教えたこと実践できていたようだね。すごいぞ」

「ありがとうございます! 師匠の教えが良いからです!」


 サクラノは笑顔でそう言うが、才があるのだろうな。

 蜘蛛と戦いながらサクラノを見ていたが、俺が以前口で教えたことを、簡単にやってみせていた。


 この調子じゃあ王都の兵士……いや、俺ぐらいすぐ追い抜きそうだ。

 ま、しょせん俺はただの門番。

 才能ある子にはかなうわけがない。


「ところでサクラノ。そろそろ本格的に暗くなるが、大丈夫か?」


 王都の下水道は管理しやすいよう、要所要所で灯りが設けられていた。


 それでも、灯りはすべての闇をはらえない。

 俺は夜目だけで戦えるよう訓練したし、そんな自分をちょっと誇っていた。


「暗くても問題ありません! なんてことないです!」


 そっかー。

 暗闇の中で戦えるのは、なんてこともないものらしい。

 俺は自信を失った。

 や、元からたいしたもんはないがさ。


「しかし、師匠。なかなかに手ごわいモンスターですね」

「そうか?」

「まー、師匠からすれば雑魚もいいところでしょうが。

 木の反動を利用した、蜘蛛の高速軌道は……実に……実に……」


 サクラノは言いよどむ。


「苦労する?」

りがいがありますね!」


 サクラノは我慢しきれずに、ふっはーと興奮したように息を吐いた。


 があるのはいいことだが、力が入りすぎじゃないか?

 おや?


「サクラノ……。目が赤くなってない?」

「え? あ、赤くなっています……⁉」


 サクラノは血のように赤くなった瞳を、慌てて両手で隠した。


「す、すみません! 狡嚙こうがみ流の人間は興奮すると……瞳が赤くなる特性がありまして……! 

 ほどよい緊張感のある戦いに、つい、ムクムクとる気がふくれあがってきまして……!」

「なにも目を隠さなくても」

「さ、さすがにうら若き乙女が、殺る気満々なのは恥ずかしいと言いますか……!」


 乙女ときたか。

 狂犬っぷりを披露しておいて、やる気があるのを見られるのが恥ずかしいらしい。


 可愛いところがあるな。

 ……いや、可愛いところなのか?


 俺はうーんと考えこむ。


「こ、こんなだから、狡嚙流は血も涙もない殺戮集団と呼ばれるんですよね……。

 わ、わかってはいるのですが、やはり殺気が張りつめたイクサバは心地よく……」


 ん?

 サクラノはごにょごにょとなにか言っているな。

 そんなに赤い瞳を気にしているのか?


「綺麗な瞳だったぞ」

「え……? え?」


 サクラノの耳が赤くなる。

 やる気がふくれあがると、耳まで赤くなるらしい。


「そう、でしょうか……?」

「ああ。だから両手を離して、ちゃんと見ていて欲しい」


 いつ戦闘になるからわからないし、危なっかしい。


 俺がそう言うと、サクラノはおそるおそる両手を離して、それから、えへへーと頬をゆるませた。


「は、はい! 師匠がちゃんと見えます!」


 そりゃまあ見えるだろうさ。

 どうも集中できていないようだな。

 一応確認しておくか。


「サクラノ、そろそろ陽動から奇襲にきりかえるぞ。

 エンシェントタランチュラが住む洞窟に向かうけれど……」

「任せてください! わたし、今、殺る気満々ですから!」


 サクラノの紅い瞳がギンギラギンに光っていた。


 ううむ、肩肘はりすぎというか。

 やる気がみなぎりすぎているような。


「……途中、蜘蛛の巣には気をつけるように。

 触れたら、偵察蜘蛛がすっ飛んでくるからね」

「鳴子みたいなものなんですね! わかりました!」


 サクラノは即座に蜘蛛の巣を突こうとした。


「待て待て待て⁉」

「どうされましたか?」

「なんで蜘蛛の巣を触ろうとしてんの⁉」

「おびき寄せた蜘蛛すべて、皆殺しにしようと!」


 サクラノは物騒な台詞を、愛らしい笑顔で言い放った。

 彼女の全身から、褒められたいー、褒められたいー、とオーラが滲みでている。


 な、なんでこんなにやる気になっているんだ? 

 むしろ殺る満々みたいじゃないか。


 うーん……。


「サクラノ」


 俺は手を差し出した。


「……なんでしょう? 師匠?」

「俺と手を繋ごう」

「え? え? えええええええええええっ⁉」

「俺の側から離れないように」

「わ、わた、わたし、粗忽な狡噛流ですけど⁉ よろしいんでしょうか……!」


 側にいてもらわないと正直危なっかしいし。

 俺だってただの門番なわけだから、今から強敵相手するのに、気をまわす余裕があるかどうか。


「サクラノはサクラノだ」


 手繋ぎ=犬のリード代わりとは黙っておこう。


「はい! はい……! はい……!」


 サクラノは顔を真っ赤にしながら微笑んだ。

 それから俺の手をゆっくりと握ってきて、さらに顔を赤くさせた。


 どうやら、やる気が余りまくっているようで、サクラノの気が落ち着くまで時間がかかりそうだ。

 サクラノもまだまだだなー。 

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