第7話 ただの門番、絶賛勘違い中

 村の講堂には、100名余りの村人が集まっていた。

 俺とサクラノは入り口で門番のように立っている。


 女子供が多くて、不安げな顔で身を寄せあっていた。

 どうやらボロロの村は出稼ぎの労働者が多いらしい、戦える者が少ないな。武器をもった者は半分にも満たないぞ。


 村の男たちは青ざめた表情で、なかばパニックになりかけていた。


「なんでエンシェントタランチュラが⁉」

「禁忌の洞窟から、離れることがないはずだろう⁉」

「エンシェントタランチュラは今どこにいるんだ⁉」

「わからん! 見張り塔の奴も見失ったと!」

「縄張りには誰も侵入しなかったのに……!」

「どうして! 今までちゃんと共存できていたじゃないか!」


 彼らの恐怖がヒシヒシと伝わってきて、俺は思わず固唾をのんだ。


 きっと恐ろしく強いモンスターなんだ。

 王都の下水道で雑魚モンスターばかり狩ってきた俺は、凶悪モンスターの恐怖をはじめて肌で感じとった。


 王都グレンディーアは、勇者と魔王の激戦の地に建国された。

 それ以前は、この地方は魔の大地だったらしい。

 だから、まだまだ危険なモンスターが潜んでいるとは聞いている。


 みんなの動揺を前に、講堂の奥にいた村長が、重いため息を吐く。


「魔物と共存できるなど、しょせん人間の傲慢だよ」


 村長の言葉に静まりかえった。


 凶悪で強いモンスターは縄張り意識が強く、巣から動かない習性がある。

 こちらから仕掛けない限り、襲いかかってこないのだ。


 だからボロロ村のように、近くに凶悪なモンスターがいるとわかりつつ、集落を築くこともある。他のモンスターが襲ってこないからだ。


 鍬をもった村人が、村長に大声でたずねた。


「村長! それで、助けはいつやってくるんですか⁉」

「冒険者ギルドに早馬をやった。その内、手練れの冒険者か、王国兵がやってくるだろう」

「そ、その内って……そんな悠長な!」

「俺たちになにができるというのだ」

「村の周りに罠をしかけるとか……! いやそれよりも、急いで逃げよう!」

「女子供を連れてか?」


 村長は講堂をゆっくり見渡すと、戦えない者たちが身体をこわばらせた。

 凶悪な蜘蛛が近くに迫っているのなら、村から一歩も出たくない。

 そう顔に書いてあった。


「ひ、ひとかたまりになって逃げれば……!」


 俺はそこで口を挟む。


「今、逃げるのはやめたほうがいいですよ」

「お前は……え? 誰?」


 誰。まじで誰。ほんと誰。

 すっげーモブっぽい奴いるな。

 村人からのそんな視線が突き刺さる。


 俺はちょっと申し訳なさげに、ぺこりと頭を下げた。


「も、門番です。今日から村の一員になりました」


 門番。なんでこんな小さな村に門番が。

 あやしくね?

 村人からのそんな視線がガシガシ突き刺さる。


 村長は妙な不和をおこすんじゃないと、わかりやすくため息を吐いた。


「はあ、村長の俺が許可したんだ。それで、どうして逃げるのはやめたほうがいいんだ?」

「偵察の蜘蛛が、村の近くまで迫っていました」


 ザワザワとどよめきが大きくなる。

 子供たちは今にも泣きだしそうだ。


 俺はみんなを変に不安にさせないよう、できるだけ、ゆっくりと話す。


「大丈夫です。偵察蜘蛛はたいして強くありませんでしたので、倒しておきました」

「おおっ! ほんとか⁉ それは朗報だな!」


 村長は表情を明るくさせたが、俺は真面目な表情でいた。

 なぜなら、今から厳しい現実をみんなに話さなければいけなかったからだ。


「……ただ、偵察蜘蛛がやってきたということは、そのエンシェントタランチュラは、どこかに隠れ潜んで村の様子をうかがっているかもしれません」


 可能性はかなり、いや極めて高い。

 断定は避けたが、俺は確信していた。

 直感だ。間違いない。


「な、なるほど……。村から逃げ出している最中を襲われるかもしれんな……」


 村長は現実を噛みしめるように、唇を噛んだ。


 村長が沈黙したので、講堂のいたるところから声があがる。


「だったら大蜘蛛と戦うのか」

「30メートルを超える大蜘蛛に勝てると思っているのか」

「籠城しよう」

「村の周りに罠をしかけよう」

「いつまでだよ。蜘蛛の群れに襲われたらどーするんだ」


 村人たちは恐慌状態に陥りかけている。

 迫りくる脅威を前に、プレッシャーに潰されかけていた。


 俺はといえば、迷っていた。


「…………あのっ!」


 迷っていたが、考えるよりもまず声がでた。


 戦闘経験なんて雑魚モンスターばかりの俺だが、それでも兵士の自覚をもって、俺は下水道で戦いつづけていた。


 ……クビになっても、その心意気はまだあるのか? 


 そう己に問うてから、俺は言いきる。


「俺が……時間稼ぎをします!」


 全員の視線が、俺に集まった。

 自分でもこんな勇気があるとは思わなかった。

 ビックリだ。


 村人たちは今日出会ったばかりの俺がこんなことを言いだして、驚きを隠せないのか、言葉を失っている。


 村長もしばし呆けていたのだが、我に返って、大声をあげた。


「し、しかし、時間稼ぎといっても……⁉ どうやって⁉」

「蜘蛛モンスターとの戦いは慣れているんです。

 俺の気配を悟らせずに、こちらから奇襲してみます。正面からの戦闘を避けて、持久戦に持ちこめば……助けがやってくる時間や……みんなが逃げる時間を確保できるかもしれません」


 実は雑魚専の兵士だとは、言わなかった。


 みんなを不安にさせる必要はない。

 それに実際正面からやり合わなけば、なんとかなる気もしていた。


 あとは、俺が勇気を出すだけだ。


 村長は俺のそんな言葉に戸惑いを隠せないようだ。


「……今日、村に来たばかりなのに、どうして君はそこまで?」

「俺はこの村の門番ですから」


 門番として、王都の兵士として、民を守る。

 仕事を失っても、プライドだけを失いたくなかった。


「すまない……。正直、厄介な連中がきたと嘆いていたよ……」

「いやまあそれは」


 サクラノの狂犬っぷりは俺も擁護しようがないな。


 って、サクラノはどうする気だろう?


 ついてきかねないな。

 ついてくるだろうなあ。

 でもさすがに、怖がっているんじゃないかな。


 俺は、彼女に顔を向ける。


 サクラノはキラキラとした眼差しを俺に向けていて、視線が合うなり、勢いよくぶんぶんと首を縦にふった。


 凶悪モンスター相手にするというのに、めちゃ来る気だ。

 肝の据わった子だ。


 しかし、エンシェントタランチュラ、か。

 30メートルは超える蜘蛛らしいが……偵察蜘蛛とはまた違うのかな。

 いったいどれほど凶悪なのか。


 くっ……想像するだけでも武者震いしてきた。

 俺にとって一世一代の死闘がはじまるかもしれないな。


 だけど、俺は強がって笑ってみせた。

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