第4話 ただの門番、弟子ができました

 次の日。

 安宿のベッドで目覚めた俺は、剣と鎧がないことに気づいた。


 まさか泥棒かと思ったが、売ってもたいした金にならない装備だ。わざわざリスクを背負って盗むわけがない。


 俺は疑問に思いながら、宿屋の廊下にでる。

 廊下の隅っこで、サクラノが俺の装備を持って立っていた。


 サクラノは俺と目があうなり、首をかしげる。


「……?」


 彼女はしばらく考える素振りをみせたあと、俺だと気づいたようだ。


「おはようございます! 師匠!」

「……ああ、おはよう。なんで廊下に立ってんの?」

「弟子は師匠より先に起床して、目覚めを待つのものですから!」


 愛らしい笑顔でそう言ってはくるが、最初俺だとわからなかったくせに。

 まあ俺の印象は薄いから仕方ないか。


「なあ、その師匠呼び、まだつづけるのか?」

「師匠は! 師匠です!」

「俺、ただの門番なんだがなあ……」

「それでは、わたしは師匠の初弟子というわけですね!」


 昨日、彼女を倒してからずーっとこれだ。


 サクラノは俺を超強い兵士だと勘違いしているようで、師匠呼びして付きまとってきた。

 邪険に扱うのは可哀そうだと、強く突っぱねることはなかったが、さすがに疲れてくる。


「師匠! こちら師匠の装備です!」

「あ、ああ……ありがと。なんで俺の装備持ってんのかわからないけど」


 サクラノから剣と鎧を受けとる。

 うっ。


「装備が生温かい……」

「わたしが人肌で温めておきました‼‼‼」

「え……なんで……………………?」


 俺が多少引いていると、サクラノは照れながら答えた。


「はいっ! 倭族には主君のお召し物を懐で温めて、忠誠心を示すしきたりがあるのです!

 師匠にはわたしの忠誠心をぜひ知ってもらおうと、さっきまで温めておりました!」

「……忠誠心は十分伝わったから、もう二度としないでね」

「……もしかして余計な心遣いでしたか?」


 サクラノが寂しそうに眉をひそめた。


「い、いや、温かい。実に温かいぞ。う、うん、春先だから余計にヌクヌクするな……」

「ですか! なら良かったです!」


 サクラノは嬉しそうに微笑んだ。

 彼女は獣人じゃないが、犬耳や尻尾が生えている幻覚を見た。


 うーむ。

 俺、とんでもない子に懐かれてたな。


 あのとき、橋を迂回すればよかったと後悔していれば、不審な視線を感じとる。


 他の宿泊客が俺たちのやりとりを聞いていた。


「な、なあ、アイツ、あんな可愛い子に鎧を温めさせていたらしいぞ」

「どんな変態プレイなんだよ……」

「モブみてーな顔で、どんだけ業の深い奴なんだ」


 ぐっ!

 思いっきり誤解されている!


 サクラノはおバカな印象が全面にでているが、それでも美少女だ。

 たしかに、モブみたいな俺と一緒にいれば悪目立ちもするか。


 やっぱり、この宿屋で別れよう。


 俺は、お褒めの言葉を待っているサクラノを見つめると、彼女の武器がカタナだけなのに気づいた。


「あれ。サクラノ、武器はカタナだけ?」

「他の武芸者から奪った武器はすべて商人に売りました」

「そうなの……?」

「はい! 師匠の旅のお役にたてればと思い! 路銀に変えました!」


 笑顔でぺかーと言い放ったサクラノに、俺はほだされかける。


 ……旅のお供がいたら色々折半できるし、路銀は助かるな。

 まだ仕事先が見つかってもいないし、いっそサクラノを弟子に。


 いや。いかんぞ。


 俺は武芸者でもなんでもない。

 ただの元門番なのだ。

 彼女の未来を思えばこそ、断るべきだ。


「なあ、サクラノ。俺以外に師匠を持つ気はないのか?」

「ありません。師匠以上に強い人を見たことがありません。

 わたしは狡嚙こうがみ流の末席ではありますが……誰よりも強くありたいという志は、他の門徒と変わりありません。

 目指すべき目標があればこそ、お側にいたいのです」

「王都に行ったことは?」

「ありません」

「……今までどこで武者修行をしていたんだ?」

「南部の港です。長い船旅でやってきたもので、まずこの国の生活に慣れながら、武芸者を襲っておりました」


 なるほど。


 南部は内乱もなかったし、平和な場所だ。

 平和な場所にいる武芸者なんて、たぶん強くないだろうから、サクラノは連戦連勝したのだろうな。


 このまま彼女が王都に行って、鍛え抜かれた兵士を前に、辛い現実を知れば……。


 俺は、サクラノが子供みたいに泣いた姿を思い出した。


「うーん……」


 俺は深く考えこむ。

 お節介かなあ。

 余計なお世話な気もする。


「それで、師匠、そのぅ……。実は、狡嚙流は超武闘派集団でありまして……」


 どーしたものか。


「一人一人が一騎当千……も、もちろん、し、師匠に比べればたいしたことありません。

 あ、あと、狡噛流を迎えいれた者は城を手に入れたに等しいと、倭族で言われまして……。

 でもちょっと、血の気の多さから……な、なにかと厄介ごともあるかと……」


 遠路はるばる王都までやってきて、現実を知って挫折するのは……俺だけでいい。

 少しずつ、世界の広さを知るのも、悪くないと思うんだ。


「師匠?」


 っと、考えこんでいたので話を聞いていなかった。

 どういった話だったか聞きかえすように、サクラノの瞳をまっすぐに見つめる。


 彼女はおそるおそるたずねてきた。


「わたし、狡嚙流ですが、大丈夫でしょうか……?」

「? サクラノはサクラノだろう」


 狡噛流がなにかよくわからんが。


「っ……」

「まあ、しばらく一緒に旅をするか」

「は、はい……! 師匠! よろしくお願いします!」


 サクラノは花のように微笑んだ。


 俺が師匠であることは絶対のようだ。

 仕方ない。

 元門番がどこまでできるかわからないが、俺ができる範囲で手助けしよう。


 こうして俺に、弟子ができた。

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