第3話 ただの門番、女武芸者に出会う
ポカポカ温かい街道を、俺は職を探して歩いていた。
王都で仕事も望めないのなら他で探すしかない。
他の大陸に行きたくてもまとまった路銀はないので、ひとまず王都から離れた村で小銭を稼ごうとした。
「……仕事あるかなあ」
遠方ならまだあるかもしれない。
西側はグレンディーア王国の領地がつづくので、根無し草の冒険者稼業をやりたくても、ケビンの野郎が手を回しているのでたぶん無理。
北の山脈を越えれば、獣人が多く住まうダビン共和国。
あそこは、人間が住むには気候がちとキツイ。
東に進めば、精霊とエルフの住まうパルバリー神聖国。
あそこは、よそものに厳しい。
南は大海だ。船代が払えないので南は却下。
「……手に職系を持っていれば良かったな」
悔やんだところでなにも変わらない。
行動だ。
ひとまず国境付近の村を目指して歩んでいくと、前のほうが騒がしいことに気づいた。
「なんだ?」
旅人や商人たちが、橋の前で集まっている。
誰も向こう側に渡ろうとせず立ち往生していた。
俺は人ごみの後ろからつま先立ちをして、いったいなんだと確かめる。
橋のど真ん中に、女武芸者が立っていた。
「ふーはっはっは! 誰か私に挑む者はおらんのか!
この大陸は腑抜け者ばかりだな! まったく、これでは修行にならんではないか!」
真っ黒い長髪の女の子。
10代後半ぐらいか。
着物姿の可愛らしい子で、背中にカゴを背負い、カゴには大量の武器を詰めこんでいた。
倭族だ。
はるか東の島国に住まう民族で、戦闘民族とも聞く。
どうやら倭族の女の子が、橋で通せんぼしているようだった。
俺の前で、旅人たちがコソコソと話し合っている。
「なあなあ、あの子なんなんだよ?」
「倭族の武芸者が腕試しだとさ。
女子供に関係なく、手当たり次第に喧嘩売っているから、だーれも近づけないんだよ」
「なんで女子供まで?」
「……『喧嘩を売っているわたしに堂々と近づくからには、きっと強いのだろう』だと」
「……あの子、バカなのか?」
「春先だもんなあ」
春先だもんなあ。
厄介な子が湧いたものだと、俺は迂回しようとするが、旅人がふりむいた。
「ん? あんた憲兵さん?」
「いや、俺は……」
「ちょうどよかった。あの子をなんとかしてくださいよ」
「ま、待ってくれ、俺は……」
「言ってわからん奴には国家権力です。さあ、存分に見せつけてやってください」
元国家権力であって、今は名もなき旅人なのだが。
そう言おうとしたが、旅人たちに期待の眼差しで見つめれてしまう。
まあ心意気まで失ったわけではないかと、倭族の女の子を言い聞かせるために、俺は歩んでいった。
「ほう、お前が次の挑戦者か!」
倭族の女の子は嬉しそうに言った。
間近でみると、すごく可愛い子だな。
でもなんだだろう。どこか、すごくバカっぽい。
「……お前、なんだかモブっぽい奴だな」
「よく言われるよ」
「む。わたしが侮辱したのに怒らないのか? 気骨のない奴め」
「お互いに失礼なことを思ったわけだから、まあいいさ」
「?」
あどけない表情で首をかたげた少女は、まだまだ幼く見えた。
非常識な子だが、まだ常識がのこっていそうだなと、俺は説得にかかる。
「君、修行中らしいけどさ。なにも往来のど真ん中でやらなくてもいいだろう?」
「ふふっ、人が多ければその分強い奴が集まる。道理だろう?」
「得意げな顔で言われてもな……。
しかも戦えない女子供まで襲わなくてもいいじゃないか。みんな迷惑しているぞ」
「倭族は、女子供でも武器を持つし、みな戦えるが?」
倭族どーなってんだ。
仕事に困っても東の島国は絶対行かないでおこう。
俺がそう決めていると、倭族の女の子が腰のカタナを引き抜いた。カタナはよく切れる、倭族の武器だ。
って、なんで抜いてんだ。この子。
「……なんでカタナを抜いているんだ?」
「わかっておる。わかっておるぞ。
そーやってわたしを油断させておいて、不意打ちを狙っているんだろう?
わたしは騙されんぞ。なぜなら鍛え抜かれた武芸者だからな!」
「君、やっぱりバカだな⁉」
「バカ⁉ バカだと⁉ お前もわたしをバカだと言うのか⁉」
くっ!
バカ呼ばわりされるのを、かなり気にしているみたいだな⁉
倭族の女の子は顔を真っ赤にしながら、カタナを突き出してきた。
「
ピリピリとした剣気が伝わってくる。
サクラノと名乗った女の子の気迫に、俺もなんとかそれっぽい台詞で応えようとした。
「ぶ、武器をたくさん持っているようだが、ちゃんと装備しないと意味がないぞ!」
「なんだそのモブっぽい台詞は! バカにしているのか!」
サクラノが怒り顔で、ダンッと踏みこんだ。
「狡噛流! 下噛み!」
俺の鎧を切り裂かんと、下段斬りが襲いかかる。
ひょいと、俺は一歩下がって避けた。
っと、危ないなー。
「なっ⁉ こ、狡噛流! 噛みしぐれ!」
今度は牙のような軌跡を描いた乱撃だ。
俺は、ちょいちょい、ちょいちょい、と身体をふって避けてやる。
下水道に湧くスライムが、だいだいこんな乱撃してくるんだよなあ。
最初は動きに慣れなくてボコボコにされまくったものだ。顔を腫らした俺を、だーれも気にしてくれなかったけど……。
「……よかった、全然たいしたことない相手で」
俺はうっかり口を滑らしてしまう。
「た、たいしたことがないだと⁉」
「あ……いやっ」
「狡嚙流に生を受けて16年!
一度たりとも鍛錬を忘れなかった、このわたしが、たいしたことがないと⁉」
やべっと口を閉じるが、サクラノはわかりやすく殺気を放ってきた。
下水道で湧く、牛頭のモンスターもこんな感じの殺気を放つ。
たぶん、マジで俺をヤる気だ。
ビュンビュンと加速度を挙げてきた斬撃を、俺はかわし続ける。
「貴様! そのモブっぽさは、やはりわたしを油断させるためのものか!」
「いや、そもそも戦う気がないんだが……」
「やかましい! 油断ならぬ奴め! 次の一撃で決めてやる!」
サクラノは腰を落として深くかまえた。
俺はわずかに片眉をあげる。
「狡噛流! 脇砕き!」
二連撃。
しかし左右同時に襲いかかってくるような高速の斬撃に、俺は驚いた。
ああ、この動き。下水道の蟹モンスターでみたなあ。
あの蟹ばさみには、最初慣れなくて戸惑ったものだ。
王都での思い出をふりかえりつつ、俺は斬撃ではなくて、攻撃の起点――サクラノの手を蹴り飛ばして、カタナを空中に跳ね上げた。
「え?」
サクラノは空手のまま、立ち尽くした。
カタナがガランッと地面に落ちて初めて、己の敗北を悟ったようで、少女は膝をつく。
「まさか……わたしが負けたのか……? こんなにもアッサリ……」
サクラノは俺の顔をまじまじと見つめてくる。
これが現実なのかわからないといった表情だ。
わかる。
若者が己の身の丈を知ったとき、すぐには現実を受けとめきれないものだ。
俺も王都に住んでから、自分がぱっとしない人間だと認めるのに、だいたい3ヵ月ぐらいはかかった。
「な、なあ、貴殿。モブっぽい出で立ちだが……。じ、実は、さぞ、名のあるお方なのだろう?」
「いや、ただの門番だ」
元門番だが。
「嘘だ! ただの門番じゃないだろう⁉ な⁉」
サクラノは懇願するように言った。
俺はコホンと咳払いしてから、わかりやすく証明してやる。
「――ようこそ、王都グレンディーアへ!」
「なっ⁉ その板についた台詞っぷりは……!」
俺の門番らしい台詞に、サクラノは愕然とした様子でうなだれてしまう。
「嘘だと言ってくれ……。わ、わたしの技は、門番に負けるのか……?
先代から受け継がれた狡噛流は……た、ただの兵士の剣に……」
なんか気の毒になってきたな……。
どうしたもんかなあ。
周りに迷惑をかけていたのはたしかだし。
と、サクラノがボロボロと泣きはじめてしまう。
「うう~~……」
「な、なにも泣かなくても……!」
「うえーーーーーーーーーーーん!」
「お、おい……」
ワンワンと泣きはじめたサクラノに、旅人が集まってくる。
「どったのどったのー?」
「よーわからんかったけど、お嬢ちゃん負けたみたいやなあ」
「あー……負けたら悔しいもんな。ほれ、リンゴあげるから泣きやみな」
サクラノの両手にリンゴが受け渡される。
通行人に優しくされて、彼女はさらに大声で泣きはじめた。
「うえええん~~……! あでがどう~~~~~……!」
人の優しさが身に染みるようで、サクラノは子供みたいに泣いていた。
どうやらこれで一件落着といったようで、周りの人たちは彼女を許す気らしい。
なら。憲兵に突き出さなくてもいいか。
あとはだが……うーん。
身の丈を知るのは良いことだと思うが。
自分が今までがんばってきたことが否定されるのは、可哀そうだ。
そう思った俺は、サクラノの前で膝をつく。
「俺はたしかに門番だが、実は結構鍛えているんだ。モブっぽいけどさ」
王都の下水道、雑魚モンスターが湧くところでだが。
まあ苦労したのはたしかだ。嘘じゃない。
王都では、その下水道のモンスターを倒せる人が他にもいることは……黙っていよう。
「ホントか……?」
サクラノは泣きやんで、俺をじーーと見つめてくる。
俺は笑顔でうんうんとうなずいた。
「そうそう。人知れず、鍛えていたんだ。いーっぱい努力した」
「そうでしたか……やはり。あの動き、ただ者ではないと思ったのです」
急に敬語だな?
「だからさ、気に病むことはないって。君はまだまだこれから強くなるよ。うん」
「はい! 師匠がそう言うのならば!」
サクラノは笑顔でそう答えた。
師匠?
誰のことだ?
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