第2話 ただの門番、門番をクビになる

 屯所の応接間。

 お偉い人しか利用できない部屋で、俺の上司がぺこぺこと謝っていた。


「まっっっっことに申し訳ありませんでした‼‼‼‼‼‼」


 ケビンはソファでふんぞりかえり、魔法使いの少女はゲラゲラと笑っている。

 大盾の男は無言で壁際に立っていたが。


 ケビンが、兵士長をまるで自分の奴隷のように問いつめる。


「なあ、おたくの教育どーなってんの? 

 オレさ。ガキにジュースぶっかけられたのに、こいつはオレが悪いとか注意したんだけど?」

「申し訳ありません! わたくしの教育不足でした!」

「お前の謝罪になんの価値もねーよ」


 信じられない光景に、俺は呆然と立ち尽くしていた。


 ケビンは勝ちほこった笑みで、俺を見つめてくる。


「ったく、こーんな質の悪い兵士がいたら、親父も気苦労が絶えねーだろうな」


 唖然としていた俺に、魔法使いの少女は「だから言ったのにねー?」と嬉しそうに笑っていた。


 このケビンという男。

 シャール公爵の子弟らしい。


 シャール公爵は、国の治安部隊をまとめている大貴族。

 つまり、こいつは俺のもっともエライ上司の息子になるわけだ。


 冒険者である息子の存在は、噂で聞いたことがある。

 過保護なシャール公爵の威を借りまくって、評判は最悪だとも聞いていたが……。


「で? モブくせー兵士さんよ。オレはあんたの謝罪を聞きたいわけだが?」

「……俺は子供を恫喝するから注意しただけだ」

「はあ? つまりオレに謝らねーと?」

「ああ」


 俺はなにも間違っていないと胸をはるが、代わりに兵士長が頭を下げた。


「ほんとうにほんとうに、申し訳ありませんでした!」

「……ま、おたくの部下が仕事をしたって言うのならそれでいいんだけど? 

 この教育の悪さは、まー、親父に伝えておくしかねーな?」


 兵士長は、ビクリと肩をふるわした。


「なあ、わかりやすい処分があんだろ。な?」


 兵士長は顔を青ざめながら、俺を申し訳なさそうに見つめてきた。


 くそう……。

 兵士長、子供が生まれたばかりなんだよな……。


 俺は拳を固く握りしめながら、兵士長に目で『かまいませんよ』と伝えた。


 兵士長は唇を噛んでから、弱々しくつぶやく。


「こいつを………クビにします………」


 ケビンはぶひっと笑い。

 魔法使いの少女はゲラゲラと笑った。大盾の男はずっと無言だが。


 このドラ息子を怒鳴ってやりたいが、俺は必死で堪えた。


 田舎から出てきたばかりの頃、兵士長にはお世話になったんだ。

 兵士長の家族に迷惑はかけられない。


「ぶははっ! モブ兵士さん、お勤めごくろーさん!」


 ケビンはついに腹を抱えて、笑い出した。

 縄で縛って川に沈めたろかと怒りを堪えつつ、俺は兵士長に告げる。


「兵士長、今までお世話になりました……」

「うん……」

「仕事の引き継ぎなんですが......。下水道でモンスターがちょくちょく湧くので、俺の代わりを誰か送ってくださいね......」


 俺の言葉に、ケビンがめざとく反応した。


「なにお前? くっさい下水でモンスター退治してたの?」

「やめたげなよ、ケビンー。キャハハー」


 ブチ切れそうになるも俺は耐えた。

 奴らの傲慢っぷりに、兵士長が怒りで拳をふるわしていたのに、気づいたのだ。


「王都の治安維持は、私ども兵士の仕事です……。

 下水道のモンスター退治は、冒険者もやりたがりませんので……。兵士が代わりにやっとります。

 こいつは……一番汚い場所を率先してやっていた奴で……」

「はー、下っ端は大変だなー?」

「…………仕事ですので。……ただ、嫌がる仕事を代わりにやる者はそう見つかりません。

 こいつは仕事熱心な奴で」

「あー、いいぜいいぜ。

 退

 くっさい仕事を、オレたち『悠久の翼』がやってやるんだ。兵士長さんラッキーだったな?」


 ケビンは親指で首を切るジェスチャーをしながら言った。


「お前は大人しくクビになってやがれ」


 俺はとっくに我慢の限界は超えていた。

 兵士の職務を忘れて殴りつけたかったが、兵士長がオレの仕事っぷりを見ていてくれたことに、どうにか理性を保っていられた。


「おにーさん。次の仕事、見つかるといいねー?」


 魔法使いの少女はそう嘲るように言ったが、俺は怒りで言葉が耳を素通りしていた。


 一週間後、俺は言葉の意味を味わうはめになる。


 〇


 一週間後、俺は国を出ることになった。


 どうやらケビンが俺のことを親に伝えたらしく、貴族に睨まれたくないと、王都での就職先が見つからなかったのだ。


 ご丁寧に、流れ者すら雇う、冒険者ギルドですら門前払いだ。


 王都に住んで早3年。

 ろくに顔を覚えてもらえないまま門番としてがんばってきたが、門番としての居場所すらなくなってしまい、もう街を去るしかなかった。


 退職金代わりに、安い剣と鎧はもらったが。


 それと丈夫な腰カバン。

 見た目より容量があるようで、特殊な魔術が施されたものだ。

 相当高価なものだろう。

 これは兵士長がこっそり渡してくれた。


 着の身着のまま旅立つには、ちょうどいいかもしれない。


 その前にと、俺は下水道でモンスターを狩っていた。


 おそらくすぐには後任者が見つからないだろうと、下水道のモンスターがしばらく湧かないように徹底的にお掃除だ。


 しかしいつものことながら、さすが王都の下水道。

 モンスターの湧きもバリエーション豊富。

 牛頭のモンスターや、獅子に翼が生えたモンスターや、霧のモンスターなど色々いる。


 モンスターには詳しくないので名前はあまり知らんが。

 

 そして、俺は、100体目のモンスターを切り倒してみせる。

 ドドーンと、の巨大蛇は倒れて、黒い煙となって消えた。


「こんなもんでいいかな……?」


 下水道のチェックを任されたばかりの頃は一匹倒すだけでも大変だったが、今ではちょっと苦労するぐらいだ。

 ちょっと湧きすぎ強すぎだと思い、以前、俺は下水道のモンスターについて同僚たちに報告はしたのだが。


『下水道のモンスターに苦戦する奴はいねーよ。おおげさ』

『どーしても倒せなかったときは手伝うけどさー』

『そんなんじゃ王都での兵士の仕事、ろくにつとまらないよ』


 さすが王都の兵士たちは戦い慣れているらしい。

 下水道のモンスターを雑魚と言いきった、あの死ぬほどムカつくケビンたちでも、楽々倒すのだろうな。


 まあ、俺の王都での仕事は終わりだ。

 他の町で仕事を探そう。


 できれば、今度は、誰かに顔を覚えてもらえる仕事がいいな。



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門番の盛大な勘違いストーリーのはじまりです。

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