『虹』を描いたレン

 帰りの車の中では、レンとセバスは一言も喋らなかった。

 レンは必死に唇を噛んで堪えていた。

「泣くのは一人になってからだ……」

 堪えれば堪える程、目から熱い物が溢れて来た。それでもレンは「泣くまいと」頑張っていた。


 寮に車が到着する少し前にセバスが話しかけた、

「わたしは、マヤお嬢様とレン様の味方です」

「お嬢様はレン様の部屋へ伺う時、とても楽しくしていました」

「お屋敷に帰る時には、お嬢様はレン様の事をいつも嬉しそうに話をしていました」

「わたしは、お嬢様が悲しむ顔を見たくはありません!」

「微力ながらわたしは、お嬢様とレン様の為に尽くして行きたいと思います」

「もしもの時は大声で呼んで下さい、すぐに助けに参ります」

「ありがとうセバス、でもそんな事にはならないよ」

 レンは軽くお礼を言うと車から降りた。


 部屋に戻るとレンは、毛布に包まって泣き始めた。

「畜生! 畜生! 何が『白金族』と『玄武族』の融和だ!」

「ただ選挙の為の絵空事じゃないか!」

「ボクは得票を得るための道化役ではないか!」

「『白金族』なんて、糞食らえだ!」

「あのマヤも美しい笑顔の下で、ボクの事を汚らわしく思っていたんだ!」

「畜生! 畜生!」

「何時かはボクの描いた絵で、奴らを黙らして見せるぞ!」


 一頻り泣いたレンは、机の上に置いてあった大金の封筒と絵の具セットに目を向けた。

「でも、ちっぽけなプライドと引き換えに、大金と沢山の色が入っている絵の具を手に入れたんだ」

「これで念願の、あの『虹』の絵を描こう!」

 奮起して安心したレンは、やがて眠りに落ちていった。


 次の日からレンは平日は仕事に、休日は『虹』の絵を描く事に全力を尽くしていた。無我夢中に働いて、無我夢中に筆を動かしていた。

 まるでマヤの姿を忘れる為のように……


 何週間が過ぎたある日、

「よし! 出来た!」

 ついに、『虹』の絵が完成した。確かにあの時に見た、『虹』そのものであった。レンは自分の思っていた色がそのまま、カンバスに表現出来た事に満足していた。


 しかし、レンは何か物足りない感じがしていた。『虹』の絵その物はとても満足していたのに……

レンの頭の中にある考えが浮かんだ。

「そうか! ボクは『虹』より美しい物を知ってしまったのだ!」

「『虹』より美しいマヤの姿を!」

「この絵の具で美しいマヤの絵を描く事が出来れば……」

「でも、もう不可能だな、諦めよう……」

「また別の美しい物を探して、絵に描こう!」

 レンは新たな志を抱いていた。

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