市長の言葉

 パーティー会場の中心部のステージには、大きなバースデーケーキがあった。その後ろには白い布に包まれた、絵らしき物が飾ってあった。

「みんなはボクの絵を見たら、どんな反応をするのだろうか?」

「胸の鼓動が収まらないよ……」

 レンは少し興奮していた。


「マヤお嬢様はただ今、皆様にお目にかかる為に装い中でございます」

「時間まで少しの間、しばしご歓談をお楽しみください」

 司会者がそう言うと、出席者は各々で散らばり始めた。立食式のテーブルには、様々な料理が並んでいた。

 レンは美味しそうなその料理を、一つも手を付けなかった。

「さっきの様子を見たら、ボクが触った料理は誰も手を付けなくなるだろうな…」

 先程の握手攻勢が終わると、レンに近づく人は誰もいなかった。レンは次第に部屋の隅の方へ移動していった。部屋の隅のドアは厨房へと繋がっていて、給仕達が忙しく出入りしていた。ある者は出来上がった料理を持って出て、またある者は食べ終わった空の食器を持って入っていった。


 レンは厨房へ続くドアの横に小さな机があるのに気が付いた。その机には絵が飾ってあった。いや、飾ると言うよりも無造作に置いてあった。

 その絵は、レンが描いたマヤの絵であった……

「なぜ、ボクの絵がここに?」

「マヤは絵をみんなに披露すると言っていたのに?」

「では、ステージに飾ってある絵は、誰の絵なのか?」

 レンは混乱する心を必死で抑えて、一生懸命に考えていた。


「まだこんな所にいたのか、君は!」

 背後から市長の声が聞こえた。出会った時とは違い、冷たく厳しい口調で市長は話し始めた。

「もう用は済んだはずだから、さっさと帰り給え!」

「『白金族』のパーティーに『玄武族』の君が出席するなんて、おこがましいとは思わんのか!」

「全く、娘が『玄武族』の男と親しくなるもんだから……」

「娘が君を『パーティーに呼ばないと出席しない』と言うから、仕方がなく呼んだだけだ!」

「さっきは支持者がいた手前、前途有望と褒めていたが、実際の君の作品は薄汚れて貧乏くさい物だ!」

「君の職場の粉砕機の中がお似合いだ!」

「出席者の目を汚す前に、汚い物を持って直ぐに出て行ってくれ!」

 レンは虚ろな表情で自分の絵を持つと、よろよろと歩き出した。


「君に一言、言っておく!」

 前よりもっと厳しい口調で、市長は言った。

「今後娘とは、一切の連絡を断つ事!」

「二度と娘の前に姿を現さない事!」

「娘に対して余計な事をすれば、今の職場から居られなくするぞ!」

「娘には、私から伝えておく」

「これは私からの、手切れ金だ」

 市長はレンに札束の入った厚い封筒と、沢山の色が入った絵の具セットを渡した。

「この金で同じ『玄武族』の仲間と楽しく遊んで行きなさい」

「『玄武族』同士で楽しくするのは、私は何も言わない」

「しかし、我々『白金族』の女性に手を出したら、命は無い物と思え!」

「君の家までは、セバスに送らせる」

「おいっ! セバス!」

「何でございますか? 旦那様」

「こいつを家まで送り届けろ!」

「旦那様、まだお嬢様のお披露目がまだですが……」

「うるさい! 今すぐ連れて行け!」

「わかりました、旦那様」

 セバスに引っ張られてレンは力無く歩き出した。

「永遠に、さようならだ!」

 レンの背後から市長の怒声が聞こえて来た。

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